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I'll  作者: ままはる
第四章
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ふたりの将来

ーーそれ以来、数日置きに吉良は孤児院へ顔を出すようになり、院長はすっかり大人しくなった。

吉良が来るのは、専ら夜。昼間はどこで何をしているのかは知らない。


「……おい」


「え?」


夕暮れ時、縁側で本を読んでいた由利は、横手から声を掛けられて顔を上げた。

孤児院の子供だとは分かるが、名前は知らない少年だ。ただ、時折睨むようにこちらを見ていることは知っている。


「お前、兄貴と仲良いの?」


「兄貴……」


「吉良だよ」


「あぁ……吉良さんの弟。海斗?」


海斗は赤くなった顔を見られないように、そっぽを向く。


「あんまり、あいつに関わらない方がいい。あいつは、悪い奴だから」


「どうして?」


「だって……多分あいつ、ヤクザとつるんでる」


「そうなんだ」


「ゆ、由利のことも、何か悪いことに利用しようとしてるかもしれない!」


「そっか」


「そっか、じゃなくて……とにかく! 俺は忠告したからな! 関わっちゃダメだからな!」


吉良がヤクザと絡んでいるのは本当だと思った。

吉良はいつも煙草臭くて、泥酔するほどお酒を飲んでいることもあるし、言動がおかしなことも度々あった。最初は酔っているだけかと思っていたが、腕にある注射痕を見て、クスリをやっているのだと気付いた。


「リズはここを出たら、どうすんの?」


「ここを……出たら?」


考えたことがなかった。

孤児院にいられるのは十八歳まで。


「どうしよう……」


「オレはね、緑国(りょくこく)に行く。今、その為に金貯めてんの」


「緑に……」


由利の胸がチクリと痛む。

そんな遠い所に行ってしまったら、もう会えないかもしれない。


「緑に行って、剣士になりてーんだ」


「剣士って……サムライ?」


蒼風国にも(あやかし)と呼ばれる魔物がいる。それを退治するのは、刀を差した『サムライ』と呼ばれる男たちである。


「この国じゃダメなの? なんで緑なんかーー」


「リズも一緒に行こう」


「え……」


「リズはこの国に居たらダメだ。オレみたいに、腐っちまう。緑は豊かで、平和で、自由な国なんだってさ。こんないじけてつまんねー国、とっとと出て行こうぜ」


「私も連れて行ってくれるの?」


「リズが望むなら」


由利の体が熱を帯びた。

こんなに嬉しいと思うことが、生まれてきて一度でもあっただろうか。


「行きたい!」


吉良の大きな体に抱きつく由利。

吉良も由利を優しく抱き止める。


この時、吉良は二十三歳。由利は十四歳。

吉良が由利に手を出すことは無かった。会っている時はずっと肌を寄せ合っていたものの、髪を撫でたり、抱きしめたり、時々由利の胸元に顔を埋めて寝たり。

初めはそんな吉良に安心していたが、次第に由利に不満が募った。


「院長先生がおかしいの? それとも吉良さんがおかしいの?」


そう言って吉良に詰め寄ったことがある。


「あのな……ガキに手ぇ出すわけねーだろ。ジジイの頭がおかしいに決まってる」


「私は、吉良さんなら嫌じゃないのに」


「ダメ! ダーメ! オレなんかが汚しちゃダメなの!」


「私は吉良さんの、何?」


「リズはオレの……?」


吉良は考える。

まだら髪をくしゃくしゃと掻き回し、天井を見上げ、考える。

考えて、考えて、考えてーー


「緑に行って、オレが剣士になって、リズが十八になってもまだオレの事を好きでいてくれたらーー」


由利の細い髪に指を通し、瞳を見つめる。淡い紫の双眸は本当に宝石のようで、美しい。

吉良は、由利の白い額に唇を当てて小さな声で呟いた。


「ーー結婚しよ」

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