ふたりの将来
ーーそれ以来、数日置きに吉良は孤児院へ顔を出すようになり、院長はすっかり大人しくなった。
吉良が来るのは、専ら夜。昼間はどこで何をしているのかは知らない。
「……おい」
「え?」
夕暮れ時、縁側で本を読んでいた由利は、横手から声を掛けられて顔を上げた。
孤児院の子供だとは分かるが、名前は知らない少年だ。ただ、時折睨むようにこちらを見ていることは知っている。
「お前、兄貴と仲良いの?」
「兄貴……」
「吉良だよ」
「あぁ……吉良さんの弟。海斗?」
海斗は赤くなった顔を見られないように、そっぽを向く。
「あんまり、あいつに関わらない方がいい。あいつは、悪い奴だから」
「どうして?」
「だって……多分あいつ、ヤクザとつるんでる」
「そうなんだ」
「ゆ、由利のことも、何か悪いことに利用しようとしてるかもしれない!」
「そっか」
「そっか、じゃなくて……とにかく! 俺は忠告したからな! 関わっちゃダメだからな!」
吉良がヤクザと絡んでいるのは本当だと思った。
吉良はいつも煙草臭くて、泥酔するほどお酒を飲んでいることもあるし、言動がおかしなことも度々あった。最初は酔っているだけかと思っていたが、腕にある注射痕を見て、クスリをやっているのだと気付いた。
「リズはここを出たら、どうすんの?」
「ここを……出たら?」
考えたことがなかった。
孤児院にいられるのは十八歳まで。
「どうしよう……」
「オレはね、緑国に行く。今、その為に金貯めてんの」
「緑に……」
由利の胸がチクリと痛む。
そんな遠い所に行ってしまったら、もう会えないかもしれない。
「緑に行って、剣士になりてーんだ」
「剣士って……サムライ?」
蒼風国にも妖と呼ばれる魔物がいる。それを退治するのは、刀を差した『サムライ』と呼ばれる男たちである。
「この国じゃダメなの? なんで緑なんかーー」
「リズも一緒に行こう」
「え……」
「リズはこの国に居たらダメだ。オレみたいに、腐っちまう。緑は豊かで、平和で、自由な国なんだってさ。こんないじけてつまんねー国、とっとと出て行こうぜ」
「私も連れて行ってくれるの?」
「リズが望むなら」
由利の体が熱を帯びた。
こんなに嬉しいと思うことが、生まれてきて一度でもあっただろうか。
「行きたい!」
吉良の大きな体に抱きつく由利。
吉良も由利を優しく抱き止める。
この時、吉良は二十三歳。由利は十四歳。
吉良が由利に手を出すことは無かった。会っている時はずっと肌を寄せ合っていたものの、髪を撫でたり、抱きしめたり、時々由利の胸元に顔を埋めて寝たり。
初めはそんな吉良に安心していたが、次第に由利に不満が募った。
「院長先生がおかしいの? それとも吉良さんがおかしいの?」
そう言って吉良に詰め寄ったことがある。
「あのな……ガキに手ぇ出すわけねーだろ。ジジイの頭がおかしいに決まってる」
「私は、吉良さんなら嫌じゃないのに」
「ダメ! ダーメ! オレなんかが汚しちゃダメなの!」
「私は吉良さんの、何?」
「リズはオレの……?」
吉良は考える。
まだら髪をくしゃくしゃと掻き回し、天井を見上げ、考える。
考えて、考えて、考えてーー
「緑に行って、オレが剣士になって、リズが十八になってもまだオレの事を好きでいてくれたらーー」
由利の細い髪に指を通し、瞳を見つめる。淡い紫の双眸は本当に宝石のようで、美しい。
吉良は、由利の白い額に唇を当てて小さな声で呟いた。
「ーー結婚しよ」




