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I'll  作者: ままはる
第四章
38/56

吉良


⭐︎


弥月の手の中に、淡く光る球が握られていた。

その光があるだけで、周囲には何もない。

深い闇。

天も地もない深淵に、弥月は立っている。


光の球を覗き込むと、万華鏡のように色々な景色が見えた。

弥月ではない、誰かの目を通して見える景色、声ーー


「ふぅん」


それらを眺めながら、弥月は口元に笑みを浮かべた。

この光の球は、リズの頭の中から取り出したもの。映像は、彼女の記憶。

彼女自身も覚えていないような一番古い記憶から、順番に辿っていく。

弥月はそれを映画でも観ているように、鑑賞した。

とても、興味深い。


「可哀想な子だね、由利」







蒼風国では異質な見た目の由利は、物心ついた時から異端児として扱われていた。

白い肌に、宝石のような紫の瞳。ガラス細工のような銀の髪。

他国の情報がほとんど入ってこない閉鎖的な国の田舎だからこそ、由利の見た目は特異であった。


同世代の子供たちからは見た目を揶揄され、大人たちからは不吉を呼ぶ忌み子と疎まれた。

それでも中には、赤子のまま捨てられた彼女を憐れむ人、優しい人も勿論いて、彼女は疎外感という感情を常に抱きながらも成長した。


しかし由利が八歳まで過ごした孤児院が火事で消失する事件が起きて以来、やはり呪われた子供だという烙印を押され、更に人々は彼女から遠ざかっていった。

他の子供たちは方々に引き取られたのに、由利だけはなかなか行き場が決まらない。


たらい回しの末ようやく引き取られたのが、海斗のいる孤児院。

初老の院長と、母親代わりの職員が日替わりで三名。子供の数は十人ばかり。


そこでも由利は仲間に入ることができず、勉強を教えてくれる寺子屋も由利を歓迎しなかった為、日中はひとりで本を読む生活をしていた。

仲間には入れて貰えないが、衣食住は与えられていたので、生きていく上で困ることは特に無かった。


そんな孤独だけの毎日に歪な亀裂が生じたのは、由利が十二歳を迎えた頃。


「由利。熱いお茶を一杯運んでくれるかな」


消灯時間になると、院長はそう言って彼女を部屋に呼びつけるようになった。

言われた通りお茶を運ぶと、今度はお茶が冷めるまで、院長室の布団に横になるように言われる。


初めは添い寝だけ。

由利が孤児院の誰にもそれを言わないのを見ると、少しずつ院長の手は由利の身体に触れるようになった。そして程なくして、一線を超えた。


(……馬鹿みたい)


自分の肌の上を這う舌も、荒くなっていく院長の息遣いも。知らない男がいる時もあった。

身体の痛みが慣れていくにつれて、気持ちはどんどんと冷めていった。


(いつまでこうやって生きていくのかな)


誰にも受け入れられず、性欲の捌け口となるだけの毎日。


(死んだら楽になれるかな)


行為の最中は、そんなことばかりを考えた。

そんなある夜。


「おい、クソジジイ」


突然襖が開いて、男が部屋に入ってきた。


吉良(きら)……! お前、なんでここに」


「久しぶりに弟の顔を見に来てやったんだよ。客間借りようと思ったら、随分楽しいことしてるじゃねーか。あぁ?」


吉良と呼ばれた青年は、裸の院長の背中を踏み付け、由利を覗き込む。


「ガキじゃねーか。救いようのねぇクソだな! 二度とその汚ぇもん使えねーようにしてやろうか」


「ま、待て! 待て! ワシに何かすれば、海斗だってもうここにはおれなくなるぞ。それでもいいのか?」


「知ったこっちゃねーな。ーーおい。あんたは、どうして欲しい?」


「……え?」


「お前だよ。殺して欲しいなら殺してやるし、役所に突き出すなら呼んできてやるよ」


金と黒のまだら髪を掻き上げながら、吉良は由利に尋ねる。


「殺すか?」


由利は首を横に振る。


「じゃあ、通報するか」


これにも首を横に振った。


「院長先生がいなくなったら、他のみんなが困るもの」


吉良は大きな口を開けて呆れた。


「すげーお人好し」


それから、襖の隙間から差し込む月の明かりに照らされた、由利の髪に触れる。


「何だコレ。金……銀髪?」


由利は、また奇異なものを見る目で見られるのだろうと思った。

だが吉良の反応は違った。


「すっげー綺麗だな!」


「え……」


「おい、ゲスエロジジイ。こいつ、ここのガキか」


「……そ、そうだ」


「ふぅん」


吉良は由利に着物を被せると、抱き上げて院長室を出て行く。


「あの……?」


「オレは吉良。霜月吉良(しもつききら)。五年前までここにいたんだよ。海斗ってのがいるだろ? あれ、オレの弟」


「海斗……」


誰のことかはわからなかった。


「ひでーことするよなぁ。この時間じゃ風呂も湧いてないし、身体拭いてやるよ」


「……大丈夫。慣れてるから」


「アホか。こんなもんに慣れちゃダメなの」


吉良は客間に入ると由利を下ろした。


「待ってな」


そう言ってどこかへ行き、お湯を張った桶と手拭いを持って戻って来た。


「そういや、名前は?」


「……由利。如月由利」


「由利ねぇ……」


固く絞った手拭いで由利の身体を拭きながら、吉良は首を傾げる。


「由利って感じじゃねーな。こう……エリザベス、みたいな」


「エリザベス……?」


「よし。お前、エリザベスな。だから、リズって呼ぶわ」

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