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I'll  作者: ままはる
第四章
37/56

頭のおかしな民間人?

「あ。先輩。あいつです」


ウィルが指を差したところにいたのは、ラリィに地面に押さえつけられながらも暴れる、黒髪の男だった。


「魔物の駆除をしててあぶねーって言ってんのに、なんかユリがどーのこーのって、言う事きかねーの」


「何かを……探しているらしいが……」


ゼンも困惑した様子で、男を見下ろしている。


「放せっ! お前ら、緑国(りょくこく)のサムライだろ!? これだから外国人は野蛮で嫌いなんだ! ユリを知らないかって聞いてるだけじゃないか!」


男の言い回しに、リズの眉が跳ねた。


「あなた、蒼風国(そうふうこく)の人?」


「ああ、そうだ! ちょっと、痛いって……」


顔を上げてリズを見上げる男。そしてそのまま、ピタリと動きが止まった。

リズの顔を凝視し、口を開けたり閉じたりしている。


「あ、か、かみ……髪……え……?」


「ほら、頭がおかしいでしょ?」


「だな」


囁くウィルに、頷くセイル。


「ゆ……由利?」


「え……?」


如月由利(きさらぎゆり)! 俺……覚えてないかもしれないけど、海斗! 霜月海斗(しもつきかいと)!」


リズは目を大きく見開いた。


「ラリィ、放してあげて。この人、私の知り合いだわ」


「リズの?」


ラリィが力を弱めると、海斗と名乗った男は慌てて立ち上がった。


「海斗……なんでこんな所に……」


「由利に会いに来たんだ! 由利だよな? 間違いないよな!?」


「え、えぇ? ちょっと、海斗!?」


と、興奮気味の海斗は、リズを思い切り抱き締める。


「おい、コラてめぇ! 気安くリズ先輩に触るな!」


「リズ……?」


海斗はリズを放すと、その顔を覗き込むように、もう一度よく見た。


「リズって……名乗ってるの?」


「……うん」


「嘘だろ……」


「リズ? どゆこと? ユリって?」


疑問符だらけのラリィ。

リズは、自分でもよくわからないこの状況をどう説明しようかと思案する。


「取り敢えず、街に戻りましょうか」







「私、蒼風国出身なの」


樹海の外で待たせていた馬車に乗って、滞在中の街へ戻る一行。その馬車の中で、リズが口を開いた。


「『如月由利』は、そこでの私の名前。蒼風国の孤児院で育ったんだけど、その孤児院で一緒だったのが、彼。霜月海斗」


海斗は憮然とした顔で小さく頭を下げた。


「でもリズ先輩って、蒼風国の人っぽくないですよね?」


蒼風国の人間は、そのほとんどが海斗のような黒髪で、肌の色も少し違う。小さな閉鎖的な島国で、着る物や家屋など、独特の文化を持った国である。


「蒼風国の血は入っていないのだと思う。生まれた時に捨てられて、父親も母親も誰なのか知らない。ただ『由利』って名前が書かれた紙だけが、一緒に置いてあったらしいわ」


両親に関しては、どんな人たちなのか興味はあるが、特段会いたいと思ったことはない。


「あの国にいたのは、四年前の十四歳まで」


「ある日突然、急にいなくなったんだ。みんな由利のこと探したんだよ」


「みんな……ね」


リズの呟きに、海斗は一瞬だけ目を逸らした。


「そ、それで、一年前くらいだったかな。風の噂で、緑の守護剣士? とかいうサムライが、紫の目をした綺麗な女だって聞いて」


蒼風国では、他国を色で呼ぶことが多い。イシュタリアは『緑』、ティルアは『(せき)』、自国のことは『(せい)』と言う。


「そう言えば昔、緑のサムライになるって……『あいつ』が言ってたのを思い出して。だから、まさかと思ってダメ元で来てみたんだ」


船で海を渡り、グリーンヒルに向かう途中で、近くに剣士がいるという話を聞いた。


「あの樹海で妖狩(あやかしが)りをしてるサムライがいるって聞いたから。サムライたちに直接聞けば、由利のことがわかるかと思ったんだよ」


「だからって、丸腰でのこのこ入って来られたら迷惑なんだよ」


「それは後先考えて無かったと思う。迷惑をかけて悪かった」


ジト目でウィルに言われて、海斗は頭を下げる。


「本当に出会えるなんて思ってなかった。だって、由利がサムライだなんて……それに、髪……」


リズの紫の髪を、哀しげな目で見つめる。


「そんな髪、由利らしくないよ」


「そう? じゃあ次は黒にしてみようかな」


「じゃなくて! 由利は、何もしないままが綺麗……なんだ」


「ありがとう」


ニコリと微笑むリズ。

海斗は赤くなる顔を両手で押さえた。


「海斗とこんなに喋るの、初めてね」


「……あの頃は、俺、ホントにガキだったから……でも、由利のこと本当に忘れられなくて……」


足元に視線を落とし、口を閉ざす海斗。

その横顔を見て、リズは突然心臓を冷たい手で掴まれたような、そんな妙な感覚を覚えた。


(……嫌な予感って、こう言う事か)


リズは何度か心の中で躊躇った後、口を開いた。


「……吉良さんは?」


「死んだ、よ」


「……そ」


静かに窓の外に視線を向けるリズ。

ガタガタと馬車が揺れる音だけが流れた。


「……え、何? 何でこんな暗い感じなの? 久しぶりの再会なんだろ? なんかもっと、明るい話題とかねーの?」


なんとか場の空気を良くしようと、ラリィが努めて明るい声で言った。

すると海斗は意を決したように顔を上げ、リズの手を取る。


「由利。結婚しよう」


「ぶっ……!」


水筒の水を飲んでいたゼンが吹き出した。


「違う違う! 明るい話題って言ったけど、いきなりプロポーズしろとは言ってない!」


「海斗、何を言っているの?」


「四年間ずっと、由利のことを考えてた。いや、由利がいた頃からずっと、由利のことが好きだった! 今すぐ結婚して欲しいとかじゃなくて、とにかく一緒に青に帰ろう!」


「無理よ」


「どうして!?」


「……こういう話は、二人きりでして欲しいものだな……」


「俺たちが見えていないんだろ」


呆れ返るゼンとセイル。


「私、守護剣士なの。自分の意思で辞められないのよ」


「じゃあ逃げよう!」


「頭のネジのぶっ飛び方が、ラリィ先輩以上だ……」


「海斗。お願い、やめて」


静かな声で言うリズ。

その頬に涙が一筋流れて、馬車内の全員がぎょっとする。


「ゴラァ! 土下座しろこの野郎!!」


「あ、えと、ご、ごめん! 悲しませるつもりはなくって……!」


「リズ? え? リズ? ど、ど、どした?」


「ち、違うの……これは……」


慌てて頬を拭い、顔を逸らす。

ーー馬車が街の入り口で止まった。


「由利……」


「ごめん、先に行って。あの人たちに泊まってる宿を教えておいてくれたら、後で訪ねるから」


「でも……っ!」


「ほい、海斗。しつこい男は嫌われるぞ? 折角だし、一緒に飯食いに行こうぜ!」


ラリィに背中を押され、馬車から引き離されていく海斗。


「俺たちも宿に戻るぞ。リズのことは放っておけ」


「はい……」


馬車から降りて力無くベンチに座り込んだリズを、ウィルは心配そうに遠目に見る。


「プロポーズされたのがそんなに嫌だったんですかね?」


「……誰か死んだと言ってなかったか」


ーー吉良さんは?

ーー死んだ、よ。

リズの頭の中で、この短い会話が何度も反芻する。


(……分かってた)


きっともう、生きていないこと。

分かっていたけど、足掻いていたかった。知りたくなかった。

リズは夕焼けに染まり始めた空を仰ぐ。


「私、何やってるんだろ……」


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