謁見②
「ウィル。元気にしてる? 大丈夫?」
キリーはふわりと旋回して、ウィルの頬に沿わせるように手を伸ばした。その手に触れようとウィルも手を動かしたが、指先はキリーの手をすり抜けて空を切る。
「げ!?」
「精霊は実体を持たぬ。キリーに触れることは出来んよ」
そう言ってからアレクシスはリズに視線を向ける。
「村雨もここへ」
「はい」
リズが短く返事をすると同時に、彼女の目の前に長い黒髪の女が姿を現した。イシュタリアではあまり見かけない服装、着物に袴を身に纏った女である。
「村雨……」
確かリズの守護剣の名前だったはずだと、ウィルは思い出す。つまりこの女が、リズの守護剣の精霊なのだろう。
「お呼びでしょうか、リズ様」
村雨はその場に膝をつき、両手を合わせて頭を下げた。
「村雨、もういいよ。顔を上げて」
「は」
「相変わらず堅苦しいな、村雨」
「……イシュタリア王か」
それ以上は語らず、村雨は静かにリズの後ろに控える。
「村雨、ひさしぶりぃ! 元気にしてた?」
「我々に不調があるわけがないだろう、ヴァルキリー」
「あは。それもそっか」
一気に賑やかになった部屋の中で、アレクシスは上機嫌に笑っている。
「それにしてもキリーよ。若い男を選んだものだな」
「元帥ちゃんに、すごく嫌な顔をされたわ」
「……まさかヴァルキリー。そなた、その童を主人に選んだのか?」
ウィルを見遣り、目を見開く村雨。
「そ。とっても可愛いでしょ? 可愛いだけじゃなくて、ちゃんと強いし。剣を振るってる姿はカッコいいの♡」
「そなたの選抜基準は、いつも不純すぎる……っ!」
「何よぉ! 村雨だって、可愛い女の子選んだじゃない?」
「我が主人は、全てに無駄の無い剣捌き、水の流れるが如く涼やかで滑らかな動き、男に引けを取らぬ……いや、それに勝る剣士だ」
リズは照れ臭そうに頬を掻く。
「シュイ=メイ殿においても、才ある魔剣士を選ばれた。それなのにそなたは……」
「私が誰を選ぼうと、私の自由でしょ? 私は自分のご主人様はイケメンじゃなきゃ嫌なの!」
「……そなたとは分かり合える気がしない」
村雨はキリーから顔を背け、キリーは大袈裟にため息をついてみせた。
「どうだ、ウィル。彼女たちは面白いだろう?」
高らかに笑うアレクシス。
「えーと……つまり俺が守護剣士になれたのって……?」
「顔だ」
アレクシスは笑いを噛み殺しながら言葉を続けた。
「由緒正しき守護剣士。それが顔採用だなどと公には出来まい? よってこれは絶対に他言無用である」
「あ、ちゃんと強いってところも重要よ。すぐに死んじゃったら嫌だもの」
「それから、彼女たちが守護剣の精霊であることも公言してはならん。村雨はともかく守護剣の……我が国の威信に関わるからな」
守護剣士たち以外に精霊のことを知っているのは、今のところ歴代王家と剣士隊元帥のみ、ということになっている。
「秘密保持の為にも、基本的に守護剣士たちはまとめて同じ班に配属となっているのだ。建国祭や神事の際など、出席してもらわねばならない式典もある為、遠征はあれど地方の配属にはならない。私としてはグリーンヒルから動かない第一部隊が望ましいのだが、なんだかんだと反対の声があり、当面は第三部隊で頑張ってもらいたい」
部隊は実力とキャリアで構成されている。守護剣士と言えど、入隊して間もない新人が第一部隊に上がることは、余計な反発を生む。それは第一部隊長ブラッドフォードの態度を見ても明らかだ。
「ウィル」
「はい」
改めて名を呼ばれ、ウィルは顔を上げた。
「キリーを頼んだぞ」
そう言ったアレクシスは、まるで娘を嫁に出す父親のような顔をしていた。
⭐︎
翌日。
カストの葬儀に出たウィルは、ラリィに借りた黒いネクタイを緩めながら教会から出て来た。
(……俺もあんな風だったのかな)
カストの棺に縋り付き、大声を上げて泣いていた彼の娘の姿を思い出す。
自分も両親の葬儀に出ていれば、あんな風に声を上げて泣いていたのだろうか。そうすれば、何かが変わっていたのだろうか、と考える。
今となってはもう、わからないけれど。
「ウィル、待て」
呼び止められて振り返った。同じく葬儀に参列していた、第三部隊長ライトである。
「午後からトレーニングに合流してもらう予定だったのだが、予定変更だ。リズには既に伝えてあるので、寮に戻り次第現場に向かってもらう」
「現場って……」
「初仕事だ。……行けるな?」
並んで歩きながら、ライトはウィルの頭に手を置いた。それをウィルは鬱陶しそうに振り払う。
「行けるに決まってるだろ。いくらでも働いてやるよ」
「頼もしいな」
小さく笑ってから、ライトはなんとなく空を見上げた。抜けるような真っ青な空だ。
「守護剣士になるとは、あまりにも予想外だった。……すまん」
「なんでおっさんが謝るんだよ?」
「……仮にも上司を『おっさん』と呼ぶんじゃない」
未開の村がある━━そう報告が上がってきたのは、一年以上前のことだった。
街から離れた、多様な魔物が出る高い山。その更に奥深い場所に、どうやら村があるらしいと、第三部隊に調査命令が下された。
半年かけて見つけた村が、ウィルの生まれ故郷〈リムの村〉。
数人の部下を連れてそこを訪れる数日前に、ウィルの両親が何者かに殺されるという事件が起きていた。ウィルが学校に行っている間の出来事だった。
「一応……感謝はしてる」
目を見て言うのは照れ臭くて、ウィルはあさっての方を見ながら言った。
「あの村から連れ出して欲しいって、俺の無茶な頼みをきいてくれたんだからな」
リムの村は非常に狭く、それ故に村人たちには団結力があった。当たり前のように、両親を亡くしたウィルを誰かが引き取るという話が出たが、ウィルが拒絶したのである。
「あの村はみんなが家族みたいなものだけど、だからこそ、誰かが親父たちを……殺したのかもしれないって考えたら、気が狂いそうだったし」
村の人間がやったのではないかもしれない。外からやってきた誰かかもしれないし、魔物の仕業かもしれない。しかしあの強い父親が、みすみす強盗や魔物に殺されるとは思えず、やはり村の誰かがやったのではないかと、疑心暗鬼に陥っていった。
そこに、調査の為にグリーンヒルから剣士たちがやってきたのだった。
「お前の頼みをきいたことを、後悔する日もある」
「なんで?」
「まだ十二歳だ。やはり一度孤児院に預けるべきではなかったのかとな」
「孤児院なんか吐き気がする」
ライトたちがグリーンヒルの剣士だと知ると、ウィルは自分を剣士にして欲しいと言ってきかなかった。
孤児院は嫌だ、と。
ライトの前で魔物も斬ってみせた。
「才能があることはすぐにわかった。だから練習生に入れてみたが……守護剣士になるとは……」
ライトは苦い顔で額を押さえる。
「とにかく、あまり目立たず大人しくしていろ。他の隊士たちに……特に上の人間に嫌われるようなことはするな」
「あのムカつく第一部隊長とか?」
「……」
ライトは否定も肯定もしない。
「守護剣士が亡くなると、新たな所持者選びが始まる。もう少しマシな守護剣士が良いと望まれぬようにな」
「さすがに暗殺まではされねーよ……な?」
「どうだろうな」
と、冗談めかした口調で脅してみたが、本心ではありえない事ではないと思っている。
実際、第一部隊長であるブラッドフォードが、第三部隊長を差し置いて第三部隊一班の遠征先を決める事がある。ライトが却下できないような、巧妙な口実を添えて。
今回のように。
(今回はウィルの実力を測りたいだけであろうが……ゼンとセイルの不在を狙っているようなこのタイミングが気に入らん)
言葉には決して出すことはないが、ライトの腹の中もウィルと同じである。
(いけ好かない男だ)
「それで、俺の初仕事の場所は?」
「幽玄の谷━━ロックウェル・バレーだ」