謁見
埋葬を終え、明朝のカストの葬儀にも行くことをイアンたちに約束したウィルは、スッキリとした顔で墓地を出た。
「ちゃんとお別れできたか?」
墓地の出口にいたのはラリィ。
ウィルは目を見開く。
「あんた、まさかずっと待ってたのか?」
「おう、まあな」
「……仕事しろよ」
「だって今日は休みだもん」
ヘラヘラと笑うラリィ。
変な男だ。これからこのうるさい男と同じ部屋で寝起きしなければならないと思うと、心底ぞっとする。
だが━━葬儀に連れて来られて良かった、と思う。
「あー、そのー……あれだ。えっと……」
お礼を言おうと思うが、言い慣れていない言葉なのでどう切り出していいかわからない。
「なぁ、ウィル。昼飯食い損ねたし、腹減ってるだろ? 何か食いに行かねーか?」
ウィルが口の中でもごもごと言葉を選んでいると、ラリィがそう言った。
「……あんたの奢りなら」
「おう、いいぜ! あ、リズも呼ぶ? オレとふたりなら死んでも来ないけど、ウィルの歓迎会ってことなら来るかも」
「どれだけ嫌われてるんだよ」
ウィルは小さく笑った。お礼は言いそびれたが、まぁいいかと気を取り直す。
「オレは嫌われてねぇぞ?」
「虫ケラを見るような目で見られてたじゃねぇか」
「それは照れてるんだよ。リズってば照れ屋さがふぅっ!?」
突然前のめりに地面に倒れるラリィ。
「その口、縫い合わせてあげようか? まだ嫌われてる自覚が無かっただなんて驚きだわ」
背後からラリィを蹴り飛ばしたリズが立っていた。
「ウィル。ごめんね、ランチはもう少し我慢してもらえる?」
「何かありましたか?」
リズすらりと長い指を、丘の上の城に向けた。
「王様がお呼びよ」
⭐︎
(うわぁぁ……マジかよ、城の中ってやべぇな……!)
豪奢な調度品、天井が映るほど磨き抜かれた大理石の広い床、教育の行き届いた女中たちや、鋭い眼光を光らせる警備兵たち━━
ウィルとリズは、大臣に案内されるまま、謁見の間までの廊下を歩いていた。
(やべ、緊張してきた)
さすがに国の長に会うともなれば、不安になる。
普段着のまま、しかも葬儀に出たままの足で、本当に良いのだろうか。王の前では跪くものなのか。顔は上げても良いのだろうか。喋る時は誰かを通して喋るのだろうか。何ひとつ、マナーがわからない。
「リズ先輩……」
「大丈夫。怖い方じゃないから」
ウィルの不安に気付いて、リズは小さな声で言って微笑んだ。
やけに大きくて頑丈な扉の前で立ち止まり、大臣が扉の前の守衛に声を掛ける。
「守護剣士ウィル=レイトと、リズが到着しました」
「入れ」
中から返事があり、ゆっくりと扉が開いた。
ウィルが思っていたよりも、狭い部屋だ。窓は無いが、煌びやかなシャンデリアの灯りで暗くはない。
その部屋の中央に、中年の男性が立っている。
ウィルは一目でわかった。
彼が王だ。
「ゼン=ハーニアスはどうした」
「入院中だとか」
王の問いに大臣が答えた。
王は立派に蓄えた顎鬚を指先でしごきながら、大臣や守衛たちに命じる。
「全員退がれ」
自身の護衛すらも退室させ、部屋の中には王とリズ、ウィルの三人だけとなった。
「壮健そうだな、リズ。また一層美しくなったな」
「勿体無いお言葉、身に余る光栄です」
微笑んで一礼するリズ。
「ゼンの容態はどうだ。悪いのか」
「問題ありません。退院の目処もたっていますので」
「それなら安心だな」
リズと王のやり取りを見て、ウィルは少しだけ安堵する。王の謁見と言うのでもっと厳かなものだと思っていたが、そこまで気を張るものではなさそうだ。
「それで━━貴殿か」
王の目がウィルを映した。ウィルは姿勢を正す。
「ほう……なるほど、なるほど。ふっ」
好奇の眼差しを近付けて、ウィルの頭の上からつま先まで観察した王は、ふいに笑い声を漏らした。
そして次第に大きな声を上げて笑い出す。
「くっくっく……そうかそうか! はっはっはっはっ!」
「えっと……?」
「二十三年、持ち主を選ばなかった守護剣が選んだのが貴殿か。なるほど、他の剣士が選ばれぬはずだ。くっくっくっ」
ウィルには何がそんなにおかしいのかがわからない。一瞬馬鹿にされているのかとも思ったが、どうやらそうでも無さそうだ。
「ウィル。キリーを呼んでくれるか」
「は? 呼ぶって……?」
困った顔でリズを見る。
リズはウィルの左手に触れ、そこに刻まれた紋章を指差した。
「ここに意識を集中してみて。それからキリーを……ツインテールの女の子、覚えているわよね? あの子を呼ぶイメージを浮かべるの」
「はい……」
よくわからないが、言われたようにやってみる。
目を閉じて、キリーの顔を浮かべてみた。頭の中で、彼女の名を呼ぶ。
「おっっっそーい! なんですぐに出してくれないのよ!!」
「っ!?」
突然、つんざくようなキリーの金切り声が部屋の中に響き渡った。
「キリー。久しいな」
「アレクシス? やだ、暫く会わないうちに髭なんか生やしちゃって。似合わないわよ」
「あっはっはっはっ」
歯に衣着せぬキリーに、王アレクシスは豪快に笑う。
「どこから……? どう言う事?」
呆然とするウィルの目に映るキリーは、足が床についていなかった。ふわふわと、宙に浮いている。そしてやはり、影はない。
「キリーは守護剣に宿る精霊なの」
「精霊?」
リズは頷く。
「精霊が守護剣の所持者を選ぶ。ウィルはキリーに選ばれたのよ」