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I'll  作者: ままはる
第二章
12/14

ラリィ=バイオレット

少ない荷物をまとめ終えたウィルは、半年以上寝起きしていたベッドに腰を下ろした。

硬くて少し湿っぽい布団。歩くと軋む床。過去の練習生たちが残した落書きが刻まれたデスク━━

それらを漫然と眺めながら、次にやることは何だったかと、ぼんやりと考えていた。


(剣士の訓練場に行って、入隊の説明会だっけ……? 配属の話とか、書類の話とか……その後も何か話があるって言ってたような……話ばっかで面倒臭ぇな)


そろそろ宿舎を出ようと思うのに、なんだか立ち上がる気になれない。

手足に錘がついているようで、ひどく体が重たいのである。


カストが使っていたベッド。

掃除されているものの、薄らと残っている床や壁に飛び散った血液の染み━━


あの事件以降、ウィルは寝起きする為に別の部屋を用意されていた。だからこの部屋へ入るのは、荷物を取りに来た今日が初めてだった。


(早く部屋を出ねぇと……)


余計なことを考えて、立ち上がれなくなってしまう。

インクを一滴こぼしたように、じわじわと澱んだ思考が広がっていく。


もっと早く異変に気付いていれば……

同じ部屋で過ごしていたのに。

体調が悪い事も知っていたのに。

カストは望まなかったけれど、誰かに不調を伝えておけば良かった。

あの朝、もっとしつこく声をかけていれば、アイザックまで死ぬことはなかったはず。


(なんでそんな簡単なことも出来なかったんだ……)


「ウィル!」


「っ!」


ゆっくりと深いところに落ちていっていた気持ちが、突然降ってきたイアンの声によって引き戻された。


「大丈夫か? やっぱり途中まで一緒に行ってやろうか?」


「いらねぇよ」


イアンの手にも、荷物を詰め込んだ鞄が握られている。しかし彼が向かう先は訓練場ではなく、実家。


「せっかく合格したのに、本当に辞めるのか?」


実技試験の時━━あの場から逃げ出した者たちは、全員不合格となった。ただその場に立ち尽くしていた者、腰を抜かしていた者でも、そこに残ってさえいれば合格。結局剣士隊に入隊するのは、練習生からはウィルを含めて五人。外部受験生から十三人と、歴代最小人数となった。


イアンは困ったように笑う。


「やっぱり俺には無理だよ。情けないけど、あれから夜眠れないんだ」


あの日から二日。イアンの顔は憔悴し、目の下のクマがはっきりと見てわかる。


「それは……」


ウィルも同じだったが、言うのはやめた。


「そう言えばまだ、お祝いを言ってなかったな。守護剣士、おめでとう。同期として鼻が高いよ」


「……やめろよ」


嬉しくなんかなかった。

守護剣士になってしまったせいで、剣士を辞められなくなってしまったのだから。

それにイアンはそう言ったが、心の奥ではウィルを軽蔑している━━と、ウィルは思っている。

模造刀とは言え、ウィルはカストに迷いなく剣を向けた。仲間であっても、いざとなればアッサリと斬り捨てる冷たい奴なのだと、実際にそう言った練習生の声を聞いた。イアンだってそう思っているに違いない。


「……今日の午後、アイザックの葬儀だって。カストさんは明日。お前も行くだろ?」


ウィルは無言で視線を床に落とした。

ややあってから、ポツリと言葉を漏らす。 


「そんな辛気臭ぇもん、行かない」


「ウィル……」


「じゃあな」


イアンの隣を通り抜け、部屋を出る。


他の練習生や寮母、師範たちに挨拶もせずに、ウィルは宿舎を発った。

剣士寮に向かい、石畳をひたすら歩き続ける。


(葬儀なんて……)


ネックレスを握り締めた。

ウィルの脳裏に、十ヶ月前のことが蘇る。グリーンヒルに来てからは、思い出さないように固く蓋を閉じていた記憶。


(親の葬儀にも出なかったのに、行くわけねぇだろ)


周りの人間が何度も何度も説得したが、ウィルは逃げた。葬儀が終わるまで、村の外れの森の中に隠れていた。


(どいつもこいつも、勝手に死にやがって)


両親も。カストも。アイザックも。

これからもみんな、自分を置いて死んでいくのだ━━そう思うと、悲しさよりも、無性に腹が立って仕方がなかった。


「くそっ!」


「ひゃぃっ!?」


思わず悪態をついたウィルのすぐ横で、なんだかよくわからない悲鳴がした。


「あー、ビックリしたぁ。どした? なんかヤなことでもあったのか?」


ウィルは足を止めないまま、声の主を一瞥する。

金髪の若い男だ。雰囲気でわかる。きっとヤンキーだ。カツアゲに違いない。……と、ウィルは推測し、ひとまず男を無視した。


「ちょいちょい! 金髪で、前髪だけ赤色のちびっ子! ウィル=レイトだろ?」


「あ? だったら何? 文句でもあんの?」


男は大きな目をキラキラと輝かせ、ウィルの両手を掴んだ。


「やっぱりー! 待ちきれなくてさぁ、迎えに行こうと思ってたんだよ! あ、オレはラリィね。ラリィ=バイオレット! 噂通りちっせぇなぁ! 可愛いなぁ! あ、実技試験の話は聞いたぞ。第二部隊の剣士相手に圧倒的だったって? それになんかすげー大変だったって━━」


「うるさい、うるさい! なんだよ急に! あんた誰!?」


馴れ馴れしくウィルの頭を撫でたり、肩を組んだりしながら、止めどなく喋るラリィ。ウィルはその手を振り払い、一歩下がって距離を取った。


「だから、ラリィだってば」


「言葉が通じねぇ……」


げんなりとするウィル。

やはり無視して逃げてしまおうかと考えた時、ラリィは両手をぽんっと合わせた。


「あ。『ラリィ先輩』って呼んでいいぞ」


「先輩って……」


もしかして、そういうことか。


「剣士……?」


笑顔でうんうん、と頷くラリィ。


「後でちゃんと話があると思うんだけど、ウィルの配属はオレと同じ第三部隊一班な。オレの方が一年先輩だから、『ラリィ先輩♡』って呼んでいいぞ」


「呼ばねぇし、なんでハートマーク付いてるんだよ」


「呼ばない……の……?」


心底意外だったのか、本気でショックを受けている。


「……ま、いっか。それよりほら、入隊式の会場まで案内するぞ!」


「訓練場だろ? 試験の時も行ったし、案内なんか━━」


「まぁまぁまぁまぁ」


強引にウィルの背中を押して歩き出すラリィ。


「入隊式が終わったら、寮の中を案内してやるからな。他のメンバーの紹介もしたいし、他の班の連中にも会わせたいし、食堂のおばちゃんにも━━」


「あのさぁ! 一人で勝手に話を進めるなよ! いいから放っておいてくれ!」


ただでさえ虫の居所が悪いのに、付き合っていられない。

ウィルはラリィをその場に置いて、急ぎ足で訓練場へと向かった。

ポツンと残されたラリィは、遠ざかっていく小さな背中を見送る。


「反抗期か。可愛いなぁ」

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