01.グリーンヒル専属剣士隊練習生
齢十四。
あまりに若すぎるその年齢は、瞬く間にイシュタリア王国首都グリーンヒルを中心に、国中へと広まっていった。
わずか十四歳の少年による、守護剣士の誕生である。
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――話はひと月前に遡る。
「守護剣士?」
まだ声変わりも迎えていない少年は、訝しげに眉を寄せた。前髪だけを赤く染めた金髪が、汗で額に張り付いている。
「なにそれ? 偉いやつ?」
「ウィル……お前、グリーンヒルの剣士を目指しているくせに、そんなことも知らんのか」
少年をウィルと呼んだのは、彼の父親ほどの年齢の男だった。片手に木剣を握ったその男は、呆れたように息を吐く。
場所はこぢんまりとした稽古場。男を中心に、ウィルを含めて木剣を手にした若者が二十人ほど、滝のような汗を拭いながら呼吸を整えていた。打ち込み訓練後の休憩時間である。
「部隊長。どこから来たのかもわからない、それも親に捨てられたガキの知識なんざ、たかが知れてますよ」
「アイザック」
静かに諌める部隊長を、アイザックは鼻先で一蹴した。そしてウィルを見下ろす。ただでさえ小柄なウィルは、自分よりはるかに背の高い彼を、精一杯の眼力で睨み返した。
「誰が親に捨てられたんだよ! 稽古のし過ぎで頭沸いてんじゃねぇの?」
「クソガキが! それが年上に対する口の利き方か!?」
「はぁ? それが年下に対する年長者の態度かよ」
アイザックはウィルより五は年上だろう。ここにいる者もほとんどが二十歳前後で、ウィルだけが際立って若い。いや、幼い。
二人以外の若者たちは、もはや見慣れた光景に苦笑しながら成り行きを見守っている。
「お前がもう少しでも可愛げのあるガキだったら、こっちだって優しくしてやるよ!」
「きっしょ! 顔だけじゃなく発想まで気色悪ぃな! ……あー、そっか。俺がてめぇよりイケメンだから僻んでんのか! 顔の造りだけは稽古じゃどうにもならねぇもんなぁ」
アイザックの顔が、みるみる紅潮していく。
「その自慢の顔、ボコボコにしてやろうか? あぁん?」
「出来るもんならやってみろよ、オッサン」
木剣を握るアイザックの右手に力がこもる。振り上げようとした瞬間――部隊長の右膝が彼の鳩尾にめり込んだ。
「私闘は厳禁だ、アイザック」
「ず……ずびばぜん……」
膝から崩れ落ちるアイザックに、舌を出して中指を立てるウィル。そのウィルの横っ面を、部隊長の右脚が打った。
「煽るな、阿呆」
部隊長は仕切り直すように咳払いを一つする。
「――で、だ。話を戻すが、ひと月後に我がグリーンヒル専属剣士隊の入隊試験がある。お前たち練習生は全員、これを受けてもらう。試験は基礎知識の筆記と対人戦だ。勝敗は合否に関わらないから、持てる力を出し切ってもらいたい」
「その対戦相手が、先ほど部隊長殿の仰っていた守護剣士……ですか?」
地面をのたうつウィルの代わりに、別の若者が尋ねた。
「いいや。……ウィルのために説明しておくが、我が専属剣士隊には守護剣と呼ばれる特殊な剣が存在する」
守護剣は選ばれし者のみが所持を許され、所持者の意のままに操れるという。刀身は羽のように軽く、決して刃こぼれせず、岩をも砕く――と、伝えられている。
「チートじゃん。お伽話かよ」
「いや、マジらしいぜ? 既にある三本のうち二本は、所持者が決まってるんだと」
ウィルの呟きに、近くの若者が答えた。
「そうだ。残る一本、実技試験でお前たちの誰かが選ばれるかもしれんな」
「選ばれる基準は?」
「知らん」
部隊長はきっぱりと言い切った。
「剣そのものが所持者を選ぶ。他の二人の守護剣士も、それぞれの剣に選ばれた。基準は剣によって違う」
「なんかよくわかんねぇけど、そのチートソード手に入れたらどうなんの?」
部隊長は口の端をわずかに上げて笑った。
「かっこいい。そして給料が少し上がる」
☆
イシュタリア王国は、大陸のおよそ三分の一を領土とする王政国家である。王の座す首都はグリーンヒル。
その名の通りなだらかな丘の上に白亜の城が聳え、その背後にはエメラルドグリーンの大海原が広がっている。城の足元から連なる家々は白と青で統一され、遠目にはいっそう街の美しさが際立って見えた。
イシュタリアは隣国ティルア帝国との戦争終結から百年、平和を保ち続けている。
「小さな内乱はちょこちょこ起きているけれど、今わたしたちが目指す専属剣士の仕事は対人ではなく、民間人を魔物から守ることだ。魔物に効く攻撃手段は、鍛冶屋の打った鉄か魔法だけ。魔法使いは希少だから、この国では剣士が重用されているんだよ」
――その日の夜。
ウィルは、剣士隊練習生に割り当てられた宿舎の一室で、同室のカストから入隊試験対策を聞かされていた。あくまでも、一方的に。
「なぁ、おっちゃん。別に教えてくれなくていいってば」
簡素なベッドに横たわり、ウィルは辟易した顔で欠伸する。
「そう言われてもねぇ……部隊長に君を任されているから」
カストは人の好さそうな顔で苦笑した。アイザックよりさらに十か二十は年上で、部隊長とほぼ同世代。ウィルとは逆に、他の練習生より飛び抜けて年嵩である。
「それに、君が寝るまで見張っていろとも言われてる。この間みたいに無断外泊されたら、こっちも困るんだよ」
練習生の宿舎は消灯後の外出、無断外泊を禁じられている。見つかれば連帯責任だ。ウィルの外泊が発覚した時は、全員でシャトルラン五十本を課せられた。
「ちなみにあの時、どこへ行ってたんだい?」
「あー……」
問われてウィルは、あの日のことを思い出す。思わず目元と口元が緩んだ。
「女のとこ」
「……は?」
「ほら、たまに事務室で見かける女いるじゃん。城の関係者だか事務員だか知らねぇけど。あの人に誘われて、そのまま――」
「あー! あー! 聞かなかったことにする! 何を考えてるんだ、君は! いや、あの女性もそうだけど、何歳だと思って……!」
「スケベな妄想すんなよ、気持ち悪ぃな」
「……へ? あ、あぁ……悪い。そうだよな。何かあったわけじゃないよな。あははは」
「ってことにしといてやるよ」
カストは絶句する。親子ほど歳の離れた子供に完全に翻弄され、大きなため息を吐いた。
「頼むから、せめてあとひと月。試験が終わるまでは大人しくしていてくれ。君が苦手な基礎知識の勉強くらいなら、わたしも手伝ってやれるから」
「別に俺、ここならタダ飯食えるからいるだけで、どうしても剣士になりたいわけじゃねーし。落ちたらまた来年受ければいいと思ってる」
「ウィル君。剣士になりたいのでないなら、もっとまともな仕事を探した方がいい。国を守る、人を守ると言ったところで、所詮は無数に湧いて出る魔物を討伐するための捨て駒なんだから」
「捨て駒だからこそ、俺みたいなガキでも就ける仕事なんだろ」
「ウィル君……」
カストは痛ましげな面持ちで、まだ幼い少年を見つめる。
半年前だったか――部隊長がウィルをここへ連れて来たのは。
整った顔立ちの、しかし暗い目をした少年というのが第一印象だった。噂では出張先で拾われたとも聞くし、アイザックは親に捨てられたと言うが、家出してきたとも、売られたところを助けられたとも聞く。真相は本人が語らないためわからないままだが、剣士を夢見てここへ来たのではないことだけは、初対面の表情から確かだった。
「剣士になれたら給料も出るし、もう少しマシな寮にも移れるからそれも悪くねぇかなって。何より練習生のままじゃ外泊禁止だの消灯だのって規則がうぜぇし」
「少なくとも人並みの生活はできるだろうな」
「守護剣士に選ばれたら、さらに給料上乗せだろ? おいしいよなぁ」
「そう簡単に選ばれるものじゃない。今残っている守護剣の所持者は、二十年は現れていないらしいよ」
剣士の入隊試験は毎年行われている。ウィルたちのように練習生として集められ訓練を受けてから試験に臨む者もいれば、飛び込みで受けに来る者もいる。受験者は毎年五十人ほどで、合格するのは半数程度。
「千人受けても、守護剣士には選ばれなかったのか」
ウィルの中に、わずかに守護剣への興味が芽生えた。千人の中には剣の腕が確かな者、屈強な男たちもいたはずだ。あの部隊長でさえ、試験を受けて選ばれなかったのかもしれない。
「なぁ。残りの二本の所持者って、どんなやつ?」
「一人は魔剣士。もう一人は女性だね」
「女ぁ!?」
ウィルは思わずベッドから上半身を起こした。
「確か二年前だったと思う。当時はずいぶん話題になったんだが……知らないか」
守護剣そのものを知らなかったのなら当然かと、カストは話を続けた。
「わたしも直接見たわけじゃないが、剣士とは思えないほどの美人だそうだよ。当時十六歳だったから、今は十八歳かな」
ウィルの脳裏に、筋骨隆々な美女が思い浮かぶ。果たしてそれは美女と呼べるのだろうかと、軽く頭を振って想像を打ち消した。
「もう一人が魔剣士だっけ?」
「その人もまだ若かったはずだよ。二十歳かそこら。魔剣士なんて出されたら、勝てる気がしないよなぁ」
魔剣士とは、攻撃魔法を使える剣士の呼び名である。ただでさえ魔法使いの数は少ない上に、攻撃魔法は扱いが難しい。生まれ持った魔力と、それを具現化させる素質、操るための知識が要る。その上で剣を振るう筋力と体力まで兼ね備えねばならないのだから、並大抵のことではない。
「やっぱ守護剣士ってすげぇんだな」
お伽話のように、平凡な人間が選ばれるものではなさそうだと、ウィルは漠然と思った。
「けど守護剣士になったらモテそうだよなー」
「発想が子供らしいんだか、そうじゃないんだか……」
「おっちゃんはモテたくねぇの? ジジィになると性欲ってなくなるもん?」
「だれがジジィだ――」
「うるっせぇぞ、てめぇら! マジでぶっ殺すぞ!!」
カストが反論しかけた時、隣室との壁を思い切り殴る音と、アイザックの怒声が響いた。宿舎は古く、狭く、壁が薄い。
「っんのクソ野郎……! 殺せるもんなら殺して――」
「ウィル君! いいから! ほら、もう寝るよ! 明かり消すから、放っておきなさい!」
本気で殴り込みに行きかねないウィルを何とか宥め、その夜は更けていった。




