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9時間目 ユキvsシャルロット再び

 創立祭まで残り一週間。準備は大詰めに入り、午後の授業を休みにしての最終調整期間となった。

 やはり今年は創立祭の指揮を執るのがあのシャルロットというだけあり、メディアの注目度は例年にも増して高いようだ。何度かニュースで、彼女自ら創立祭の宣伝をしているのを見かけた。

 余計なことを。

 それが正直な感想。

 ここの創立祭は、他の高校のそれとは規模が違う。

 何せ世界にも名高いユリア高校の本校だ。その名に恥じぬよう、当日は卒業生の著名人による講習会や討論会がたっぷりと行われる。別にこれといった宣伝をしなくても、そういったイベントや創立祭と並行される進学説明会目当てに半端じゃない人数が訪れるのである。

 それに加え、今年は実行委員主催のファッションショーまであるというではないか。シャルロット目当てのファンがどれほど追加で来ることか。

 間違いなく、今年は過去最高の動員数を誇ることであろう。状況整備にあたる人々は本当に気の毒だと思う。

 そう。

 もう十分じゃないか。

 称賛されるに値するノルマはとっくにクリアしている。

「待ちなさいよ、ユキ!!」

 それなのに、どうしてシャルロットは未だに自分を追いかけてくるのだ。

「誰が待つか! オレは忙しいって言ってんだろ⁉」

 猛烈ダッシュで追いかけてくるシャルロットを後ろに、ユキはまだ作成中のシフト表をめくりながら校内を走り回る。

 ちょっと女子校舎に届け物をしに来たらすぐにこれだ。脱帽もののしつこさである。

 だが、彼女を足止めする方法はすでに見つけ出した。

 ユキはシフト表を小脇に抱えるとスピードを一気に上げた。

 目指すは校舎の一階。男女の校舎を繋ぐ唯一の渡り廊下だ。

「………っ」

 ユキがそこを駆け抜けて男子校舎の内側へ飛び込むと、シャルロットが悔しげな顔をして足を止めた。

 そう。男女校舎間の通行規制が解除されている今も、彼女は決して男子校舎には入らない。生理的に嫌なのか、それともモデルとしての何かが許さないのか。事情は知らないが、ここまで逃げてしまえばこちらの勝ちだ。

「あんたね…ちょっとは女の子に手加減しなさいよ……っ」

 シャルロットが肩で息をしながらそう抗議してくる。

「嫌だって言ってることを強制してくる奴に、男も女もあるかよ。全力でいかせてもらうに決まってんだろ。」

 額に浮かんだ汗を拭い、ユキははっきりと告げた。

 ご覧のとおり。彼女は創立祭に自分を使うという計画を諦めたわけではなかった。

『あんたの考えは認めてあげる。でも、それと創立祭の話はまた別よね?』

 自分がすぐ思い至っていたその事実に、シャルロットもまた気づいていたのだ。いやはや、下手に賢い奴はこれだから面倒だ。

「何よ! 一応あんたが嫌って言うから、広告塔の話は引いてやったじゃないの!」

「その代わりにファッションショーに出ろっていうのがおかしいだろうが! 無茶振り度としてはどっこいだぞ⁉」

「出番なんてたった五分くらいよ⁉」

「目立つことをやりたくねぇって言ってんだよ! いい加減分かれ‼」

 もうすでに、校内じゃ逃れられないレベルで目立っているのだ。そのせいで大学にもまあまあ名が通っているとも聞いている。さすがにこれ以上変なことをやらかして、また無駄な注目を浴びるのはごめんだ。

「うう…何よ、何よ……この私のオファーを…」

 シャルロットが苛立ったように爪を噛む。

「こんな上玉を泳がせたままなんて、私のプライドが許さないのよ。ブランド背負ってんのよ。見てる人がいっぱいいるのよ。完璧じゃなきゃ…完璧じゃなきゃ……」

 またこの流れか。

 ユキは思い切り口を曲げる。

 なんだって自分に迫ってくる奴らはこうもしつこいのだ。しかも皆見事にめんどくささの方向性が違う。

 こんなんだったら、単純なナギの相手をしていた方が何倍もましじゃないか。

「……はぁ。」

 溜め息を一つ。

 もういい頃合いだろう。

 彼女の性格や志向性も掴めてきたことだし―――そろそろ逃げから攻めに転じるとするか。

「あーあー、また始まった。こっちが渋りゃすぐ完璧じゃなきゃって。本当に視野狭いな。馬鹿なのかよ。」

「なっ…何よ! あんたなんかに何が分かるのよ‼」

 案の定、シャルロットは怒りを露にする。

「そうだよ。何も分かんねぇから、お前のことが馬鹿に見えるんだよ。」

 ユキは真正面からシャルロットをきつく見据えた。

「お前の完璧って何? それって、オレがいないくらいで崩れるようなちゃっちいもんなの?」

「なっ…」

「オレが参加しなきゃ完璧じゃないって理屈が分からねぇってこと。何、他力本願? それともお前が満足できないだけ? お前の完璧って、一から十までが全部自分の理想じゃないと成立しないの? んな独りよがりな完璧が認められるんだ?」

「なんですって…っ」

「違うってんなら、証明してみろよ。」

 カッと顔を赤くしたシャルロットに、ユキは高圧的な態度で言ってやる。

「オレの存在なんて霞むくらい完璧な舞台を、今ある手札で作り上げてみせろ。もう一度訊くぞ。お前にとっての完璧って何? 満足させるのは自分? ―――それとも客?」

「―――っ‼」

 その瞬間、シャルロットの中で何かが切れたことが分かった。

「……によ…」

 シャルロットの口からぐっと低くなった声が漏れる。

「何も分からないとか言っておきながら、全部見透かした顔して…っ。上等よ! 誰があんたの力になんて頼るもんですか! やってやるわよ!」

 一息に言い切った彼女は、勢いよく踵を返して女子校舎へと去っていった。

「―――さて、誘導完了っと。」

 ユキはふう、と肩から力を抜き、近くの壁に寄りかかった。

 ああいうプライドの塊みたいな人間は、とにかく自分を否定されるのが嫌いだ。そして自分の仕事に大きな誇りと強いこだわりを持っている彼女なら、部外者に知ったような口で語られることは癪に障るはず。その指摘が正論なら尚さらに。

 これでしばらく、自分には突っかかってこないだろう。

 タイミングもばっちり。創立祭一週間前という今は、彼女も忙しくて冷静に物事を考える余裕がないはず。ここで怒りを最大に煽っておけば、その怒りが落ち着いた頃には全てが終わった後。その頃には男女校舎間の移動は禁止されているだろうし、連絡先も交換していないので向こうは文句を言おうにも言えないという計算だ。

「まったく。ここまで付き合ってやった時間返せっての。」

 シャルロットといがみ合っていた時間があれば、シフト表なんてとっくの昔に完成していたはずなのに。

「さっさと戻ろ…」

 ユキはまたシフト表に目を落としながら進行方向を変える。

 すると、突然目の前に何かが立ちはだかった。

「わっ…⁉」

 まさか人がいたなんて思わず、ユキは慌てて一歩下がる。

「って、ガルム先生じゃないですか。」

 どうりで急に真っ暗になったわけだ。自分よりも身長が高くてがっしりとした彼が目の前にいたのなら納得。

「いや、すまんな。別に盗み聞きするつもりはなかったんだが……」

 ガルムはシャルロットが消えていった渡り廊下を、非常に複雑そうな目で見ている。

「お前って、本当に……いつも難儀な目に遭ってるな。」

 ただひたすらに同情する声が何とも言えない気分にさせる。

「ほんと、何なんでしょうね…」

 ユキも遠い目をするしかなかった。

 理事長の便利屋という共通の立場があるからか、ガルムはいつもこうして自分に気遣わしげに接してくれる。おかげで、教師たちの中では一番彼と仲がいい。ほとんどの生徒が彼のことを恐れて近寄らないので、本気で疲れた時は生徒指導室に避難させてもらうことも増えた。

「でも、綺麗に転がす辺りさすがだな。まだ知り合って一ヶ月も経ってないだろ。」

「そこはそれなりに調べさせてもらいました。対策自体はかなり前に構想ができてましたよ。我慢の期間が長くてめんどくさかったです。」

「おお、怖ぇ…」

「オレはこれ以上の面倒を避けて通りたいだけです。」

「まあ…確かに、おれがお前の立場でもそうしたくなるな。」

「でしょう?」

 理事長の駒にナギのお守り。

 面倒はこの二つだけで十分だ。

 そんなことを思ったのがいけなかったのかもしれない。

「ユキ……その、せっかく面倒事を避けたところ非常に悪いんだが…」

 ガルムにぽんと肩を叩かれた。

「理事長が、理事長としてお前を呼んでる。」

「……なるほど。」

 それは避けて通れない面倒だ。

 一難去ってなんとやら。結局のところ、自分に平穏の時など訪れないわけか。

 一体どうしてこうなった。誰か自分に普通を返してくれ。

 いやもう、そもそも普通ってなんだっけ?

 ずんと肩に疲れが重くのしかかってきて、ユキはまた大きな溜め息をつくのだった。


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