もふもふと出会いました。
走って、走って、ただ走り続けて。
息が苦しくて、もう一歩も動けない。
そうして座り込んだのは、どこか良く分からない路地裏だった。
自分の荒い呼吸音だけが響くそこで、膝を抱えて小さく丸まる。
心臓が今までにないくらい速く鼓動を打っている。
(こんなに走ったの………いつくらいぶりだろ?)
一生懸命にやったって、空回って迷惑そうな目を向けられるのを繰り返してれば、努力だってしなくなる。
体育をはじめとした体を動かす授業は基本見学か隅っこでボウっとしているのが常だった。
遠足もマラソンも遅くったってやればできないことはないのに。
悔しくてひっそりと泣いたのは何才までだった?
ゆっくりと鼓動と呼吸が落ち着いて行って苦しさが引いていく。
汗で張り付いた髪が気持ち悪くてグイッと服の袖で拭けば、後に残ったのは虚無感だけだった。
「………嬉しかった、のに………な」
なんの含みもなく差し伸べられた手が。
柔らかな笑顔が。
思い出すと胸がギュウッと締め付けられ、ゆらりと視界が揺らいだ。
性懲りも無く流れてくる雫に渇いた笑いが溢れる。
「………大丈夫………って、もう、思えないよぅ。お婆ちゃん……お爺ちゃん……」
縋り付くように杖を握りしめ、目を閉じる。
もう、会うことも出来ない人達の思い出にすがるしかない自分がなんだか哀しかった。
だけど、もう、すがれる場所はそこにしか無い気がししてた。
その時、不意に頬に湿った感触がして、目を開けた。
「クゥ〜〜ン」
大きな真っ黒な犬が、心配そうに私を覗き込んでいた。そうして、ベロンッと涙が舐めとられる。
「………慰めて、くれるの?」
普段、動物に触れ合うことなんてなかったから、こんなに大きな犬に触れるのは当然初めてで。
だけど、濡れたように艶々と光る黒い瞳は優しくてちっとも怖くなんてなかった。
そろりと伸ばした手で頭を撫でれば、パタパタと尻尾がふられた。
なんだかホッコリとした時、トンッと肩に軽い衝撃。
そして膝の上にスルリと何かが乗ってくる気配。
「はにゃ?」
肩に小鳥が、膝の上に猫が。
他にも路地の隙間から大小様々な猫や犬が顔を覗かせてくる。
気づけば、たくさんの動物に囲まれていた。
みんなスリスリと体をすりつけたり、鼻先や小さな嘴で突いてきたり。
その全てが気遣いと優しさに満ちていて、胸がさっきとは違う意味でキュッとした。
「………お前達も、私のギフトのせいで集まってるんだよね……?」
明らかに人馴れしてないであろう野生の小鳥まで肩にとまり戯れてくる現状を見れば、そうとしか思えなかったけど。
「でも、…………それでも、いいか」
ジッと私を見つめる瞳は真っ直ぐで、ただ純粋に私の心配をしてくれているのが伝わってきたから。
スリっと頬に自分の顔をすり寄せてくる三毛猫の毛の柔らかさに目を細めれば、反対側から対抗するようにワンコが顔を舐めてくる。
「ふふ………。気持ちいい。優しいね。ありがとう」
なでなでと柔らかな毛並みを堪能しながら、なんで動物なら素直に受け入れられるのに、アーシュさんの時は悲しかったのかな……って、考える。
答えは、浮かんでこないけど。
考えているうちに、久しぶりの全力疾走のせいか、再び泣きじゃくったせいか、ふわふわと眠気が襲ってきた。
そんな私の周りを囲むように守るように固まる動物達の体温が、さらなる眠気を連れてきて。
「………少し、だけ………」
最初にあった大きな黒いワンちゃんにギュッと抱きつくと私は目を閉じて眠りの国へと逃げ込んだ。
「………そして、いつの間にやら振り出しに戻る、って感じ?」
目を開けると、すでに見慣れた天井が目に飛び込んできて、思わずため息がもれる。
確か、泣きながら家を飛び出して、どこともしれない路地裏で集まってきたもふもふに囲まれて眠っちゃった気がしたんだけど。
「なんで、お布団で寝てるんだろう?」
「クゥン?」
つぶやきに、ベッドの下から返事が返ってくる。
ニョキッと飛び出してきた黒いもふもふに目を見張った。
「あ、さっきのワンコ。一緒に回収されちゃったの?」
「みんな、さくらから離れたがらなくってな。とりあえず代表でそいつだけ連れてきた」
扉の方から声が聞こえて、顔を上げると、部屋の隅に置いた椅子に憮然とした表情のアーシュさんが座っていた。
険しい表情にビクリと体が強張る。
それは初めて見た表情だった。
いつだって、優しく笑っていてくれたから。
「ウウゥゥッ!」
私の怯えを感じ取ったように、ワンコが私とアーシュさんの間に入り込み、低いうなり声をあげた。
鼻にしわを寄せ歯をむき出したワンコは、その大きさも相まってかなりの迫力だ。
と、いうか、怖い。
その牙に噛みつかれたら私の腕なんてポッキリといっちゃうんじゃないだろうか?
「………おちつけ。さくらに危害を加えるわけがないだろう?誤解があるから、話をしたいだけだ」
ため息を1つついて、アーシュさんがワンコに話しかけた。
軽く両手を挙げ、無害を主張する様子に、ワンコはとりあえず警戒態勢を解いたようだ。
唸るのをやめて、代わりにポンッと身軽にベッドの上に飛び乗り、私の体に寄り添うように体を伏せた。
けれど、耳はピンっと立ったままだし、視線もアーシュさんから離そうとはしない。
その様子は、「まだ信用したわけじゃないぞ」と主張しているようだった。
「賢いね。言葉が分かってるみたい」
そろりと黒い毛並みを撫でれば、パタリと尻尾が大きく一度振られた。
ベッドを叩く仕草はまるで肯定をしているようで、目を丸くする。
「本当に?言葉が分かってるの?」
「………そいつには半分精霊の血が混ざってる。話せはしないが、ちゃんと理解はしてるし、契約すれば、念話で話すことも出来るだろう」
驚いた私に、アーシュさんが教えてくれた。
「そうなんだ!ただのワンコじゃなかったんだ。スゴイね!」
ワシワシと頭を両手で揉むように撫でれば、答えるように尻尾がブンブンと振られた。
精霊とか、ファンタジーだね!
「………楽しそうなところ悪いが、そろそろ俺とも話してもらっていいか?さくら」
はしゃいでいるのを遮るような静かな声。
………やっぱり、誤魔化されてはくれない、か。
覚悟を決めると私はもう一度だけ、ワンコにギュッと抱きついて体を起こした。
出来るだけしっかりと背筋を伸ばして座ると、部屋の隅の椅子から動こうとしないアーシュさんを真っ直ぐに見つめる。
望んでいたわけではないとはいえ、「ギフト」のせいで心を操ってしまっていたかもしれない人。
そんな存在と相対するのは、とても勇気のいることだった。
けど。
せめて、逃げずに向き合う事が、私に出来る精一杯のことだと思ったんだ。
「あのな、さく「ごめんなさい!」
だけど、やっぱり怖くなって、思わずアーシュさんの言葉を遮ってしまう。
「私のギフト、【萌え】っていって、こっちにそんな概念があるかはわからないけど、コレってようは相手の好意を引き出すものだと思うの。他にも色々意味はあるんだろうけど。
だから、もしかしたら、本当のアーシュさんは私のこと不審者と思ってたかもしれないけど、ギフトのせいで優しくしてくれたんだと思う!本当にごめんなさい!」
そして、一気に考えていたことを謝罪とともに叫べば、後には痛いほどの沈黙がひろがった。
アーシュさんは私の勢いに押されたのか目を丸くして固まったままうごかない、し。
私は私で、もうこれ以上どう言っていいのか分からないし。
「………見事にすれ違ってるねぇ〜〜。と、いうかぁ、基本の知識がないとこういう誤解が生まれるわけかぁ〜〜。興味深いね〜〜」
そんな沈黙を破ったのは少し呆れたような間延びした声で。
弾かれたように振り向けば、いつからそこにいたのか扉と対極の位置にある窓辺のテーブルセットに白い麗人が優雅に腰掛けていた。
「レイトンさん!」
「レイでいいよ〜〜。今回は、大変だったねぇ」
白皙の美貌をフワリとほころばせる姿は神々しくすらあった。眼福、眼福。
「面白がってる場合じゃない。飛び出したさくらを見つけるまで、気が気じゃなかったんだからな」
「だから、協力してあげたでしょ〜〜?感謝してよねぇ〜〜」
ベッと舌を出した後、スルリと立ち上がったレイトンさんがこっちへ近寄ってきた。
その動きは滑らかでまるでネコみたいだった。一言で言うなら優雅。
「あのねぇ、さくら。こっちの世界ではあまりにも常識だから説明を忘れてたんだけど〜〜、この世界の人にはレベルってのがあってね?それはその人の持っている技術や経験で変化するんだ〜〜」
ベッドの端に腰掛けながら、ゆっくりとした口調で説明してくれる。
戯れるようにワンコの尻尾に手を伸ばし、嫌そうな顔で逃げられていた。
「そうだね、渡り人の中で「まるでゲームみたいだ」って言った人がいたそうだけど、そういえば分かる?」
「………なんとなく」
ゲーム自体はほとんどやった事なかったけど、ラノベの中でそんな事を取り上げている話があった。
「でね。特別な能力もなくて〜〜、普通に街で暮らしている人なんかは大体10から15くらい。で、こっちにきた渡り人も〜〜最初は大体それくらいなんだよね〜〜。まぁ、その後の成長率はなんでかかなりいいんだけど、まぁ、今はそこの説明は置いとくとして〜〜」
つらつらと説明が続く。
一方的に与えられる情報を処理するのはあんまり得意じゃない、から、少し耳が滑ってきだした。
だから、何が言いたいの?
「だから〜〜たぶん、さくらもレベル的にはそれくらいだと思うんだ〜〜。で、レベルの差があるとね〜〜例え特別なギフトでも効力が薄くなったり、かからなかったりするんだよね〜〜」
「はえ?」
無意識に右から左に聞き流しかけていた言葉が、どこかに引っかかる。
それって………つまり………。
「人のレベルって聞いてもいいんですか?」
思わず、視線をレイトンさんからアーシュさんへと移す。
「普通はあまり聞かないな。手の内を明かす事にもなるから。ただ、俺のギルドカードはSSだ」
それまで、黙って聞いていたアーシュさんがぽそりと答えてくれた。
ギルドカード。
テンプレ通りだとSSってかなり上位なんじゃ。
つまり、それくらい強いってことはレベル的にもかなり高い?
「しかも、さくらってべつにギフトを使おうとして発動させた事、ないでしょ?さくらのレベルで無意識発動だとせいぜい「この子可愛いなぁ」ってほんのり好意を抱くくらいなんじゃないかな?」
にこりと笑うレイトンさんの笑顔が、私の心配は杞憂なんだと言っているみたいに見えた。
でも………。
「だって、みんな。会う人みんながすごく優しいんです。そんなの、今まで無かったのに……」
不安をそのまま口にすれば、レイトンさんがキョトンとした後、アーシュさんの方を振り返っていた。
「って、言われてるけど〜〜?」
私の方からはレイトンさんは後ろ姿しか見えないけど、アーシュさんが苦虫を噛み潰したようみたいな顔になってるのは、なんでだろう?
「…………さくらだって、子猫や子犬がチョコチョコしてたら可愛いと思うだろ?」
なぜか微妙に視線が逸らされて帰ってきた答えは、なんとも微妙なものだった。
小さい=かわいい=かわいいは正義、みたいな感じ?
と、レイトンさんが噴き出した。
「あぁ、さくらを見つけたのって魔物に囲まれてるのを助けた時だって言ってたね〜〜。木から降りられなくなって半べそのさくらとか、可愛かっただろうねぇ〜〜」
なんだろう美貌の笑顔はすごく麗しいのに、言ってる言葉は散々だ。
というか、そんな事まで話してたの?!
「ベソなんて、かいてませんでしたから!」
慌ててした主張はなぜかさらなる笑いをひきだしてた。なんでだ?!
「ふふ……。イイなぁ〜〜。さくらだったら、僕が最初に見つけたかったかも〜〜。今からでもいいから、僕のところに来ない?」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指先でそっと拭いながら、レイトンさんが不思議な事を言い出した。
「ダメだ!さくらは渡さない!」
はて?と首を傾げていると、なぜだかアーシュさんが拒否してた。
あれ?
「なんで君がダメ出しするのさ〜〜。僕はさくらに聞いてるのに〜〜」
「ダメだ!レイに任せてたら、絶対ロクな事にならない!」
レイトンさんのもっともな反論にも再度、キッパリの拒否。
いえ、まぁ、レイトンさんにお世話になるのもなんだか怖い気はするのでいいんだけどね?
かと言って、私が何かいう前にアーシュさんが断るのもなんだか違う気がするんだけど……。
2人のやりとりにいささか混乱していると、いつの間にかアーシュさんがベッドの側まで歩み寄ってきて、端に腰掛けたままだったレイトンさんを押しのけてた。
おや、早ワザですね!
「だから、さくらの心配は見当違いだったんだ。オレは、俺の意志でさくらを連れてきたし、一緒にいたいと思ってる」
そうして、ベッドの横に膝をついたアーシュさんが、真っ直ぐに私を見つめてくる。
真剣な光を宿した青と緑の瞳は嘘をついているようには見えなかった。
心臓を射抜いてくる視線に、頬がじょじょに熱くなる。
と、その強い視線が不意に不安そうに曇った。
「それとも、さくらは俺がそばにいるのはイヤなのか?」
少し弱気を含んだ声に、ヘタれた犬耳の幻覚が見える。
イケメン+ヘタれ犬耳とか!
むしろ私が萌え殺されそうなんですが?!
声も出せずに首を横に振ったのは意識しての事ではなく。
だけど、私の否定の仕草を見てパァっと笑顔になったアーシュさんを見て仕舞えば、私にそれ以上できることなど何もなかった。
押しのけられたレイトンさんが視界の端の方で「あざとい」とつぶやいていた気がしたけど。
「これからもよろしく、さくら」と抱きしめられていた私に確かめるだけの余裕は無かった。
読んでくださり、ありがとうございました。
本当は、飛び出しちゃったさくらがプチピンチ→アーシュ君救出劇、とかも考えたんですが、これ以上さくらを追い詰めたらかわいそうな気がして(まぁ、さくらの早とちりからの暴走だったんですが(汗))もふもふ様の登場と相成りました。
出会った、というか、保護された、みたいですよね(笑