余談
きびすを返そうとしたクリスの鼻にふわりと、薬草の香りが漂う。
手紙についた匂いは消え、最早記憶にしか残っていない匂い。
「っ!」
もしかしてと、思ったときにはもう遅かった。
体が既に扉を蹴破り、部屋に入り込んでいた。
「えっ、何々!?クリフぅ!!!?」
ベッドの真ん中、ぼさぼさの頭で、目を真ん丸にしたエミーがいた。
人形が今までで一番大きく動いている。人形を持つ手から力を抜き、エミーの元へ近寄った。
「えっ、あっ、えっと・・・おやすみクリフ!!」
怒られると思ったらしい。エミーは顔を真っ青にすると毛布を頭から被って、丸まった。現実を直視することを諦めたらしい。
近寄るとぐーぐーと声が聞こえる。口で言っている。
どうしてそれで誤魔化せると思ったのか、問いただすのは後だ。
ベッドに乗り上げ、毛布ごと抱きしめた。
どこにも逃がさないよう、腕に力を込める。じたばたと中で動いていて、エミーが生きていると実感できた。
じわりと、涙が滲んだ。抱きしめた腕にはほんのりとぬくもりがある。形があって、匂いがある。ああ、ああ、こんな幸せがあるのか。
「おはよう、馬鹿エイミー」
まずは、名前の間違えを訂正しよう。
これから、いくらでも、時間はあるのだ。