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帝国勧誘

 ゆらめく蝋燭の炎のみがその空間をかすかに照らす。

 真っ暗なその通路は静かで、ただ硬い石床を踏み鳴らす音だけが響いていた。


 しばらくの間一定のリズムで奏でられていたその音は、不意に止んだ。

 通路を歩んでいた男が足を止めたのだ。


 男が目の前の扉に手をかけ力をこめると、さびつき滑らかさを失ったその扉が鈍い音とともにゆっくりと開いていく。

 そして、目の前に広がる薄暗い空間の中に人影が一つ。


「……キシシシ。 遅かったではないか。

 準備は整っておるぞい」


「私はこれでも近衛の長ですからねぇ。

 貴方と違って忙しいのですよ、こう見えてもねぇ」


 男は部屋の中に踏み入り、ローブをまとった人影……声をかけてきた老人を一瞥すると、周りを見渡した。


 城の外れに備えられたそこは通路と同じく蝋燭の火に照らされていた。

 しかしその奥行きと天井の高さはまるで小さな屋敷が一軒まるごと収まるかのような広さで、わずかな蝋燭の灯ではその全てを照らせるはずもない。

 そしてその広い空間は殆ど物が置かれてはいないようだ。

 その為、老人の後ろ、部屋の奥の宝石のようなもの……男が王国から持ち帰った、古竜の魔石が置かれた滑らかな祭壇が強烈に存在感を露わとしている。


「準備は整ったとの事ですが、今度は失敗しませんよねぇ?

 なにしろ、前回は制御を誤った上にそもそも成功しておらず、あげく利用されて敵を生み出す結果。

 あのような化け物を相手にする私の身にもなってほしい物ですねぇ」


「キシシシ、この儂がもはや失敗などするものか!

 今回は完璧に成功させてみせるわい!」


「是非そうであってほしい物ですねぇ。

 なにしろ、触媒として用いる古竜の魔石など普通ならば手に入らないのですから。

 前回の混沌竜(カオスドラゴン)に今回の地帝竜(アースドラゴン)

 もはや後はありませんねぇ? 失敗すれば……」


 さも楽しそうに笑みをこぼす男。

 その笑みをおぞましい物を見るかのように睨み付けた老人は、苛立ちをぶつけるように床に踵を打ち付け、後ろへ振り返った。


「……貴様が持ち帰ったあの白いドラグーンの腕。

 世界の異物たる彼の品を研究する事で、儂の理論は完璧となったわい。

 それに、劣化のない古竜の魔石。 失敗の心配など無用じゃわい!」


「それは結構ですねぇ。

 ならば、さっさと儀式を進めましょう。

 私も色々と動いておりますものでねぇ、準備を早く進めていざという時に備えたいもので」


 男は老人から目を離し、足元を俯瞰する。

 蝋燭の灯は足元までは届かず影を落としているが、その中に仄かに光を放つ模様が浮かんでいる。

 それは、見るものが見ればその精緻な術式に感嘆を吐息を漏らしただろう。

 隙間がないほどに緻密に刻まれたそれは、一つ一つの文様がうねり、組み合わさって一つの魔法陣を形成していた。


「キシシ、それはよいがな。

 無論、呼んだ後の準備は出来ておるのだろうの?

 儂は呼ぶ所まで。 呼んだ後は貴様の仕事……儂は知らんぞい?」


「それこそ心配ご無用ですねぇ。

 快く我らが帝国の為に働いて貰えるよう、準備は整えてありますとも。

 ……そう、否が応でも心から帝国に尽くしてもらえるようにねぇ?

 ク、クハ、クハハハハハ!」


 狂ったように哄笑した男は、そのまま笑い声を残したまま、部屋の隅へと移動する。

 残された老人は大きく息をつくと、やがて低い声で言葉とも唸り声とも取れるような音を口から漏らす。


 男にも理解ができないそれは、古代語で紡がれる呪文。

 既に失われた、古の術式を呼び覚ますための力ある言葉だ。


 老人の呪文が続くにつれ、次第に足元の魔法陣が光を放ち始める。

 自然にはありえない、黒い光。

 やがて光が強くなるとともに、壁に刻まれた文様にも光が走り部屋全体が黒い光に包まれていく。


 部屋の全てに隙間なく光が走り、やがて鈍い音と振動すら生み始めた。


「……さて、そろそろですね。

 クク、今回はどうやら……成功してくれそうですねぇ?」


 男はチロリと赤い舌で唇を嘗め回すと、吐息を吐くかのように微かな笑い声を漏らす。


 老人はもはや、意識を失いつつあるかのように大きく上半身を揺らしながら呪文を紡ぎ続ける。

 はじめはつぶやく程度の音量だったそれは、いまや朗々とその広い部屋に響き渡る音量で高らかに謳い上げられていた。


 魔法陣に灯る光は激しく明滅し、その部屋を闇と光で覆いつくす。

 光と音、明滅と振動が激しくなり、もはや部屋が崩壊するかという勢いになったところで、突如として異変が起こる。


 老人の目の前に安置されていた魔石が中空へ浮かび上がり、ピシリ、と高い音を立てると中心から大きなひびが走った。

 そのひびから真っ二つに分かれた魔石は、その谷間から黒い霧を生み出し、やがて風化するかのように崩れ消え去っていく。


 残された黒い霧は、魔法陣を中心として次第にその体積を増やしていく。

 しかし、何かに遮られるかのように魔法陣の外周で留まるそれは、陣の内側で膨らみまるで黒い円柱のようになっていった。


 そして……。


「キシシ、さぁ……我が元へ疾く出でよ! 異界の勇者よ!」


 老人の言葉を切欠に、陣から立ち上った黒い円柱が黒い光を四散させる!

 何か巨大な物が落下する轟音と地響きが部屋を轟かせ、そして部屋に静寂が戻った。


「クク……さて?」


 部屋中に広がった陣から光が急速に失われ、それに伴って留められていた黒い霧が陣の外へと溢れ出して来た。

 沈殿するかのように足元にそれが広がっていくにつれ、体積を失った黒い円柱はやがてその姿を薄れさせていく。

 しかし、陣の中心には、やはり未だ黒い霧が留まり続けていた。


 ……否。


 霧は既に晴れている。

 残されていたのは黒い霧ではなく、巨大な黒いモノ(・・)


 見上げなければその全貌が見えないほど巨大なそれは、人の形をした巨大な黒い像。

 その表面は所々ひび割れ、部位によっては剥げてその内側を露としていた。

 特に特徴的なそれは、前面に走る巨大な傷跡。

 斜めに刻まれたそれは、ともすればその内部のコクピットすら露出するかという深さを残していた。


 コクピット。

 そう、この黒い巨大な騎士はサーバント。

 先ほどまでは何もなかった空間に、突如として黒いサーバントが生まれたのだ。


「キシシ、成功じゃ! 成功したぞい!

 儂の理論は間違っておらんかった! 見たか、見たか近衛の小僧!

 禁じられた召喚の術、見事に儂が蘇らせたのをその目にしたか!? んん?」


「クク、見事でしたよ、賢者殿。

 しかしこのサーバント、ずいぶんと傷だらけのようですがねぇ。

 果たして、騎士(キャバリエ)の方は……」


 男が近づくと、跪いた黒い騎士の胸部が開いた。


「キシシ、どうやら騎士(キャバリエ)付のようじゃのぅ!

 そしてこの衣服……キシシ、間違いなかろう! 成功じゃ、成功したのじゃ!」


 黒いサーバント、その中には……。


「ふむ、そのようですねぇ……。

 クク、これで我が帝国は……クク、クハハハハ!

 さて、それでは歓迎の準備を整えて待つとしましょうかねぇ……。

 若き勇者殿の、我らが世界への来訪を祝して! クハハハハ!」


 まだ若く少年とも言うべき、不思議な服を着た男が意識のないままにそこへ座っていた。




 賢者と呼ばれた老人は狂ったように笑い続ける。

 彼の人生の大半を捧げた、その研究の成果を目にして。


 帝国近衛の長である男は哄笑を続ける。

 手にした玩具と、それがもたらす未来を夢想して。


 ……そして、少年は未だ眠り続ける。

 異なる世界から呼び出された彼は、果たしてどのような夢を見続けているのだろうか。



 少年はやがて目覚めるだろう。


 彼と従者たる黒い騎士。

 それが一体この世界にどのような嵐をもたらすのか。

 その結果が訪れるのはそう遠い未来ではないのだろう。


 ……そして、彼が背負った罪を贖う時と機会もまたしかり。


 しかし、未だ運命を知らない少年は眠り続ける。

 彼がその運命に触れるまでの時間は……あとわずか。


またもや間があきすみません。

もう一話くらい閑話挟むかもですが、新キャラ出たところでそろそろ第4章に移る予定です。

※といっても、新キャラが動き始めるのはもう少し後ですが。


そろそろ通常稼動に戻れそうですので、少しづつペースを戻していきたいなぁ……。

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