王都からの要請
「お姉ちゃん、お帰り! ……その人、だぁれ?」
里に戻るや否や、ずっと帰りを待っていたらしいエステルが抱き付いてきた。
「……エステル、今忙しいんだ。 アリス、その子の手当てを」
しかし、気が立っていたボクはついエステルを邪険にしてしまう。
と、そんなボクをアリスが見咎めた。
「マスター! エステル様はマスターの無事の帰りを待っていたのですよ?
お気持ちは分かりますが、八つ当たりはお止めください。
……みっともないです」
やってしまった。
シュタイクバウアーにまんまと嵌められた事でイライラしているのは確かだ。
でも、それをエステルにぶつけるのは筋違いもいい所じゃないか。
……本当にみっともない。 ボクの悪い癖だ。
ボクは少ししょげてしまったエステルに改めて向き合って、ちゃんと目を見て言葉を伝えようとする。
「……ごめんね、エステル。 お姉ちゃん、少し機嫌が悪かったんだ。
エステルは頑張ってくれて、こうしてお出迎えしてくれたのにね。
……許してくれる?」
パッとエステルの表情が明るくなり、満面の笑みを浮かべた。
「ううん、いいよ! お姉ちゃん、お帰り!」
「ただいま、エステル。 許してくれてありがとう」
エステルをギュっと抱きしめる。
気が付けば、前はボクの胸のくらいまでの高さだったのにいつの間にかボクより少し低い程度まで身長が伸びていた。
このままだと抱きしめようとして逆にぶら下がってしまう事になりかねない。
……いや、きっとボクももうすぐ成長期が訪れるはずだけれど。
そっとエステルを放すと、忘れかけていた大事な事を思い出す。
「そうだ、エステルに紹介しておかないと。 デメテル、おいで」
「クァ!」
パタパタ、ヨタヨタと右左にぶれながら必死に小さな翼を羽ばたいて小さな竜が飛んでくる。
その様子を見て、エステルの目が輝いた。
「お姉ちゃん! なにこれ、かわいい!」
「エステルの……弟? 妹かな? になる、デメテルだよ。
デメテル、こっちはボクの妹のエステル。 仲良くしてあげてね」
「クァクァ!」
やはり言葉は理解しているのだろう。
デメテルは頭をコクコクと縦に振りながら返事を返した。
……頭の重さに振り回されて身体も揺れているのがなかなか可愛らしい。
ゆっくりと飛んできたデメテルがエステルの前までたどり着くと、そっとエステルはデメテルに手を伸ばして抱きかかえる。
デメテルもまんざらではないのだろう、甘えるように喉を鳴らす。
ちなみに、忘れそうになるがこれでも地帝竜の分身そのものであり、実際の所ここにいる誰よりも遥かに年長者である。
「お姉ちゃん、この子、私の弟か妹になるの?
私、お姉ちゃん?」
「そうだよ。 エステルはお姉ちゃんだね」
その言葉を聞いて、エステルはデメテルを頭上に掲げて飛び跳ね始めた!
「そっか! わたしお姉ちゃんだよ! よろしくねデメテル!」
「クァー!」
嬉しそうにデメテルも鳴き声を上げる。
忘れそうになるがこれでも以下略。
多分、カレンさんに報告に行くのだろう。
デメテルを抱きかかえたままスキップする勢いで城に戻っていくエステルの後ろ姿を眺めながら、横に控えていたアリスに声をかける。
「……ありがとう、アリス」
「いえ。 差し出がましい事を申し上げてしまい、大変失礼致しました」
「そんなことない。 アリスにはいつも助けて貰ってばかりだ。
このままじゃ恩を返せなくなってしまいそうだね。
何かボクで出来ることがあるといいんだけど」
「ありがとうございます。
しかし、マスターを助けるのはマスターのモノである以上当たり前です。
……それでも何か要求させて頂けるのであれば、いずれ機会がありましたら」
優雅に腰を折りながらアリスが答える。
本当に完璧な従者だ。
アリスがいなかったらボクはどうなっていたことか。
「そっか。 ありがとう、アリス」
「いえ。 ……今のままでは裂けてしまいますしね」
「何要求する気だよ! 怖いよ!」
……前言撤回。
アリスがいたらボクはどうなってしまうことか。
「マスター、レッドハースの騎士への手当ては完了しました。
頭部への衝撃で未だ意識は目覚めませんが、後遺症は残らないでしょう」
場所を移してエルアリアさんの執務室でエルアリアさんへの報告を終えたところで、例の囮にされた少女の手当てを終え、アリスが戻ってきた。
ボクは向かいの席をアリスに勧めて、状況を聞くことにする。
「了解。 隷属の首環は?」
「解呪してあります。
ただし意識が戻った際に友好的であるか不明であるため、念の為拘束しておりますが……」
それはやむを得ないだろう。
シュタイクバウアーの事だ、隷属させる必要のない部下に隷属の首環をさせてこちらに取り込ませるといった事くらいやりかねない。
色々情報も欲しいが、仮に情報を得たとしてその真贋の判定はどうするべきかわからないのが悩みどころだ。
「いずれにせよ、彼女が起きた後話を聞いてから、だね」
目の前に置かれた冷たい果実水を飲み干すと、エルアリアさんがおかわりを注いでくれた。
礼を言ってもう一口だけ喉を潤すと、ついため息が出てしまう。
ボクのため息を拾って、エルアリアさんが話に加わった。
「今回の地帝竜の復活にも帝国の者が関与していると考えるべきでしょう。
確かにその力は強大でしたが、ユーリ様のおかげでその企みは挫けたのではないでしょうか?」
「否。 そうであればよいのですが、その場合敢えて王国領内に潜み続ける理由がありません。
帝国に戻り、安全な所から地帝竜のもたらす破壊を傍観すればよいのですから」
そうなのだ。
あのタイミングで囮まで使うということは、地帝竜……レア―がボクに倒される事すら想定の内だったとしか思えない。
だとすると、シュタイクバウアーの目的はレア―の素材そのものだったことも考えられる。
「……帝国は、レア―の素材をどうするつもりだろうね。
確かに貴重なものではあるけれど……」
「持ち去られた魔石に頭部をドラグーンの強化や新機体の開発に用いたとして、出来たとして1機。
ですが……」
「そうなんだよね。 いくら素材が良くても、それを扱う技術がないはずなんだ。
アレを扱えるほどの技術があるのなら、帝国機の性能はあの程度では済まないよ」
とはいえ、ここで推測を重ねても答えは出てこないだろう。
「……とりあえず、疲れた。 今日はもう休みたい……」
ボクははしたないとは思いつつ机に突っ伏して、吐き出すようにつぶやいた。
「ずいぶんお疲れですね……当然ではございますが。
ユーリ様はごゆっくりお休みくださいませ。
避難してきた各集落の者への周知など、雑務はこの婆が対応致しますので」
「そうさせてもらいます。 アリス、寝室まで運んで……」
机の上でぐでーんとなってしまったボクは、急に訪れた疲労感と眠気でもう自分で動く元気すら湧かなくなっていた。
「是。 ですが、宜しいのですか?
普段なら恥ずかしいなどと断られるところですが」
「……今日はそんな元気がない……」
ボクの言葉を聞くや否や、スッとアリスが近づいてボクをお姫様抱っこする。
あまりにも自然かつ素早いその動きに、いつの間に抱っこされていたのか気づかなかった程である。
「では、寝室までお送り致します。 エルアリア様、失礼致します。」
あ、アリスの唇の端がプルプルしてる。
必死に隠そうとしてるけど、吊り上りそうになっているの隠せていないので。
そのまま寝室に運ばれるか、と思ったところで廊下から慌しい足音が聞こえてきた。
眠気でぼーっとした意識の中耳を済ませてみると、聞き覚えのあるハスキーな声がボクの名前を呼んでいる。
リリアナ……ウェルチの町のギルドへ出かけていたリリーが戻ってきたのだ。
だんだん声が近づいてきたと思うと、ノックもなしにいきなりドアが開く。
「ここに居たか、ユーリ! 探したよ!」
「リリアナ様、お帰りなさいませ。
ですが、せめてノックくらいした方が良いと思います。
そして、マスターはお疲れです。 要件は明日にして頂いた方が……」
リリーの無作法に若干不機嫌さを含みながらアリスがリリーをいさめた。
そう、ボクは眠いんだ。
内心でボクはアリスの言葉にウンウンと頷く。
しかし、それを遮るようにして、リリーが大声を上げる。
「何言ってんのさ、それどころじゃないんだよ!
王都……いや、王国がこの里と会談をしたいんだそうだよ!
そして……その代表の1人として、アンタをご指名だそうだ。 この国の王様がさ!」
その急報にハッと目が覚める。
王国からの会談要請。
王国騎士団と敵対したボクを名指しでのその要請は、果たして良い知らせとなるか悪い知らせとなるか。
今のボクにはどちらとも判断が出来なかった。




