桜下の妖精
ボクは目の前に広がる光景に言葉を失った。
先ほどまで木漏れ日の溢れる緑の森に居たと思えば、今は満開で咲き誇る桃色の桜の森にいる。
そしてその中央には、およそ桜とは思えないほど巨大な、そして真っ赤な桜の樹。
だけど、なによりもボクの目を奪ったのはその根の中心。
装甲が朽ち果て、およそその原型を留めていないドラグーン。
長い年月を越えてきたと見えるその姿が、なぜかボクの視線を捉えて離さない。
「あれは一体……? ここはなんなんだ……?」
「マスター。 先ほどの転移でようやく理解が及びました。
ここはホームです。 カスタマイズされ原型は留めておりませんが、どなたかのホームであると推測します」
ホーム。
それは、エタドラで各プレイヤーごとに割与えられた個人スペースであり、そしてドラグーンユーザにとっては整備のための格納庫を兼ねたプライベートエリアだ。
実際のゲーム中の大地には存在せず、各町に設けられた端末などのホームポイントから転移するエリアで、個々人でのカスタマイズも可能となっておりプレイヤーごとの個性溢れるホームが存在していた。
その中には、およそ建物と言ったイメージではなく野原や海底といったオープンスペースを意識したものもあったと記憶はしているけれど……
「じゃぁ、この桜の森そのものがホームってこと? それなら……空間が切り離されているのもわからないではないけれど」
ボクは恐る恐るその中心の巨大な桜に近づく。
そして、視界を占領するのは朽ち果てたドラグーン。
錆でボロボロになりながらも所々名残を残している所から、その装甲は生物由来の素材ではなく鉱物由来だろう。
恐らくは自己再生の機能を有していなかった為か。 経年劣化で錆びつき、腐食して原型を留めては居ない。
流体魔素繊維も完全に流出しており、恐らく無事な可能性があるのは特に強固で腐食に強い心臓部の主魔力炉と魔導核くらいだと思われる。
系列としては特化型のワルキューレ系列の機体か。
特徴である開放型のコクピットが、覆いかぶさっていたはずの装甲の破損に伴いあらわとなっている。
だけど、そんなものはボクを捉えて離さない理由にはならない。
ボクの視線は、その今にも崩れ落ちそうになっている肩の装甲。
その表面に浮かんだ錆に覆われながらもかすかに浮かんだエンブレム。
デフォルメされた少女のシルエットに吸い寄せられ、離す事が出来なかった。
「このエンブレムは、まさか……そんな、まさか!」
「マスター、私の記録とも一致します。 どういう事か未だ推測すらおよびませんが……」
間違いない。
これは、このドラグーンの事をボクは知っている。
「やはり、ご存知でしたか。 今なお『災厄の魔女』として語り継がれるあのお方の腹心。
『血吸い桜』と呼ばれていたと聞く貴方ならば、お気づきになると確信しておりました」
エルアリアさんの声もただ耳を通り過ぎる。
「これは、このドラグーンは……ナイトメアだ。
どうして、どうしてナイトメアがここに……!」
ナイトメア。
それは、いつもボクの横にいた彼女のドラグーン。
「なんで、乱華のドラグーンがここにあるんだよ!」
ボクの幼馴染。
ギルド「しゅーてぃんぐすたーミ☆」のギルドマスターであり、「災厄の魔女」と呼ばれた彼女。
この朽ち果てたドラグーンは、乱華のドラグーン、ナイトメアだった。
「……エルアリアさん。 一体これは、どういうことでしょうか?
貴方はボクの二つ名まで知っていた。 ボクがこの世界に来て、一度も誰にも言った事の無いその汚名を。
そして、貴方はボクがこの里を訪れるだろうことを知っていた。
一体何が、この世界は、貴方は何なんですか!?」
「ユーリ様、落ち着いてくださいませ。 混乱されるのも当たり前でしょうが……
ですが、この婆も話に聞いていたというだけなのでございます。
ですので……そろそろ、お姿を現しては下さいませんでしょうか?」
エルアリアさんがナイトメアの方を見て声をかける。
具体的には、ナイトメアのコクピットの奥……くすみながらも、未だ原型を留めていた魔導核に向かって。
『あら……ようやくのおいでね。 エルアリア、案内ご苦労様』
ノイズの走った音声がナイトメアから響く。
聞き様によってはホラーのようなそれは、ボクにとっては懐かしい声だった。
目の前の空間が歪み、次第に人の像を結ぶ。
金髪のロングヘアーに、赤い軍服のような衣装。
どこかのアニメキャラに酷似したその姿は、けれどアニメではなくエタドラの中で見慣れた姿。
「機能が生きていたのですか……こちらで会うことになるとは思いませんでした、雪露」
「あたしはここで会うことがわかっていたけれどね。 お久しぶりね、アリス」
彼女は雪露。
乱華のドラグーン、ナイトメアのオペレータ。
そして、この世界で初めて出合った、ボクたちの知り合いであった。
焦る気持ちを抑えて雪露がインベントリから取り出したテーブルセットの椅子に腰かける。
雪露が再びインベントリに手を入れ取り出したティーセットを使ってエルアリアさんが紅茶を入れてくれた。
水や火はエルアリアさんが魔法で用意している。
こういう日常的に魔法を使えるよう調整できる点は素直にうらやましい。
ボクがやると、滝のような水で全てを洗い流すか、極大の炎でカップを燃えカスに変えるかしてしまいかねない。
やがて香気が立ち上るカップが手元に配られた所で一口だけ口をつけ、ボクは話を切り出した。
「さて、雪露。 色々聞きたいことはあるんだけど……。
正直今ボクは混乱していて何から聞いたらいいかわからない。
だからまず1点だけ教えて欲しい。 ……乱華はどうした? この世界に来ているの?」
「いいえ、来てはいないわ。
フフ、まずは乱華ちゃんの心配かー。 お姉ちゃん、ユーリちゃんが相変わらずで嬉しいかも」
「むー…… 幼馴染の心配をするのは当然だと思う」
乱華がいないという事で若干寂しさも感じたけれど、それよりも向うにいるという事で安心した。
正直、このナイトメアの惨状を見て乱華の身に何かあったのでは、と平静ではなかったからだ。
それにしても、雪露の方は相変わらずフレンドリーで懐かしい。
でも、こんな茶化すような反応を取る事はなかったと思うのだけれど。
「それで、一体何がどうなっているの?」
ボクは、そんな雪露をまっすぐに見詰めて、本題を切り出した。




