玉座の王将
エルアリアさんの先導で、ボクたちはエルフの里に足を踏み入れた。
ボクのイメージでは木を利用した自然に溶け込むような村といったイメージを持っていたのだけれど、エルフの里は思った以上に近代的な、里というよりは町というべき景色を見せていた。
建物は木製ながらも窓にガラスを用いており、またその屋根も藁葺きなどではなく、陶器でできた瓦のようなもので出来ている。
道も石畳がひかれ、特に中心を走る大通りはきちんと整備がされているようだ。
「こいつぁ……驚いた。 ガラスの窓なんて、貴族の連中くらいしか使えないのに」
「……いや、その品質の方が驚きだ」
リリーとコリーの二人はおのぼりさんのようにキョロキョロと周りを見渡している。
「外ではどうかわかりませんが、我々はずっと技術を継承しておりますので。
またご紹介する機会もあると思いますが、ドワーフの職人がいるのですよ」
エルアリアさんが微笑みながら説明をしてくれる。
「里の案内は後ほどさせましょう。
まずは……色々とお話すべき事がありますので」
そう言うと、後は何も語らず大通りを進んでいく。
目的地は……遠くに見えている、大きな城ともいうべき建物だ。
「少々こちらでご休憩下さい。 後ほど、イアンを遣わせます」
城の中でも応接ともいうべき大き目の部屋に通され、ボクたちは一息をつくこととなった。
「すごいわね、エルフって種族は……私、もう少し自然に溶け込んだ生活を送っているものと思っていたわ。
ほらユーリ、この銀の燭台なんて持って帰ったらいくらするのかしらね?」
「止めてお母さん恥ずかしい……」
ボクたち家族はこんな風にのほほんとしていたものの。
「しかし……。 やはりアタイたち人間には警戒をしてたね。
アリス、アンタもエルフたちの視線には気付いてたんだろ?」
「是。 ですが、それも当然かと。
あの騎士団のような輩が未だエルフを奴隷としているのでしょうから。
マスターに対する敵意ではないので許容致しますが」
アリスたちも視線に混じる警戒心には気付いていたらしい。
とはいえ、滅多に居ない外部からの客、かつその半分以上が人間なのだからしょうがない所だろう。
「そうでござるなぁ、長老というあの女性がユーリ殿にはへりくだっておったし、恐らくユーリ殿には敬意を持って接してくれるでござるよ。
あぁ、拙者村で一目見かけた時からユーリ殿から漂う気品と静謐さに気付いていたでござる!」
「ローリーおじちゃん、そんな事言ってるけどいつもお姉ちゃんの水浴びのぞこうとしてたよね。
エルフの人たちにいいつけちゃおーっと……」
「ま、待つでござるよ! あれはその、そう芸術! 生ける芸術を鑑賞していただけにござる!
それにユーリ殿だけではなく、ちゃんとエステル殿の水浴びも覗いていたでござるよ!」
「……なんの弁明にもなっていないぞ」
コリーの突っ込みとともにローリーさんに冷たい視線が集まる。
うん、元男として覗きの浪漫とか理解出来ないでもないけれど、覗かれる気持ちも判った今としては擁護できないな。
しばらく部屋で雑談をしていたところに、イアンがドアをノックして再び姿を現した。
どうやら、あちらの準備が整ったらしい。
「……お待たせした。 ユーリと……ユーリ様とアリス殿。 オレについてきてくれ……きて下さい。
それにサリーナとリタもだ」
たどたどしい敬語で指名をされた。
だけど、この人選は……?
「アタイたちは?」
「エルフの重要人物の集まる所に人間など案内できるわけがないだろう。
貴様らはここで大人しくしていろ」
敵意をむき出しにした視線でイアンがリリーを睨む。
リリーもイアンを睨み返し、一瞬即発の空気が漂い始めた所で、サリーナの仲裁が入った。
「イアン! ユーリ様のご家族と仲間に失礼でしょう!
長老からそのような態度で接しろと言われたわけ? そうじゃないでしょ?」
「ぐ……! しかし、人間どもは、お前を!」
「いい加減にして! この人達が私を奴隷にしたわけじゃないでしょう!
むしろ、恩人なのに貴方は……!」
どうも先ほどからのやりとりを見る限り、サリーナとイアンは知り合いであるらしい。
まぁ、同じエルフの里の者だし当然顔見知りではあるのだろうけれど、どうやらそれだけでもなさそうだ。
多分、幼馴染とかそんな関係だろうか? そうだとすると、イアンが人間を憎むのも判らないでもない。
とはいえ、このままだと話が進まない。
「サリーナ、落ち着いて。 イアン、キミもケンカを売りに来た訳じゃないんでしょ?
ところで、アリスは同行していいの? エルフではないけれど……?」
「……長老の指示だ……です。 オレも納得はしていない……です」
「……おっけ。 とりあえず案内をお願い。
あと、無理に敬語で喋る必要はないよ。 別にボクは偉くもなんともないし」
正直ただの学生だったボクはむしろ敬語で話す方が主で、敬語で話されるなんて慣れていないのだ。
ユーリ様、だなんてエタドラのNPCとか役所くらいでしか呼ばれたことは無いし。
「否。 マスターはハイエルフなのですからエルフから見て高貴な立場です。
偉い上に可愛く、そして強く可愛いのですから、そのような謙遜は不要です」
「アリス、話がおかしくなるからやめて。 あと可愛い推しすぎ。
あーもう! いいからさっさと案内する!」
イアンに案内されたのは、他の部屋に比べ大きく細かい意匠を凝らした扉の部屋だった。
いわゆる王の間って感じの部屋だろう。
「長老。 ユーリ様をお連れしました」
イアンが部屋の中に声をかけ、ゆっくりとその扉を開く。
目の前に広がるのは、2階に相当する部分まで吹き抜けになった広い部屋とそこに並ぶエルフ達。
各面の上部にはステンドグラスがはめ込まれ、キラキラと色鮮やかな光が差し込んでいる。
そして、中央の天井には煌々と輝くシャンデリア。
ただし現実世界と異なるのは、それが蝋燭の火ではなく光魔法で輝いているというところだろうか。
だけど、それ以上に。
一番目立つのは、正面のステンドグラスの下。
そこには、赤く、そして精緻な意匠を凝らした玉座が空席のまま、主の帰還を待っていた。
「ユーリ様、ご足労頂きましてありがとうございます。
どうぞ、その玉座にお座り下さい。 我々エルフ一同、ユーリ様のご帰還をお待ち申し上げておりました」
エルアリアさんがボクを玉座へと誘う。
……というか、困る! 取りあえず保護してくれれば良かっただけなのに、この待遇はない!
「あのー、ボクはその、この里の者でもないし、普通の村で暮らしていただけなのでこのような待遇はその、ちょっと……。
そこに座るのは、もっと相応しい他のハイエルフさんにでも……」
「魔神大戦以後、この里にご帰還なされたハイエルフはユーリ様だけです。
この座にユーリ様以外の誰が相応しいなどありえるものですか。
それに……仮に他のハイエルフのお方がいらっしゃったとしても、やはりこの玉座はユーリ様のものです」
「それは……どういう事でしょうか?」
エルアリアさんはうっすらと微笑むと、無言で手を差し出しボクを玉座へと誘導する。
……どうやら、ここに座らないと話が進まないらしい。
「……わかりました。 ただ、あくまで座るだけですからね!」
傷つけないよう気をつけて、ゆっくりと豪奢な玉座に腰を下ろす。
少し硬い感触が身を引き締める。
そして、周りのエルフの人たちがなぜか感無量と言った感じでボクを見つめ、中には泣き出す人すらいる。
……すごく気まずい。
そして座って気がついたけれど、なぜかちゃんと足が床につく。
普通だろ! という突っ込みがありそうだけれど、今のボクは幼女なのだ。
こういうのって、大人のサイズに合わせるものじゃないだろうか?
ボクでピッタリということは、大人が座ったら足を前に投げ出して座る事になる。
王様がそんな座り方をしていたら、凄くみっともないだろう……。
「あぁ……我らエルフ一同。 この日を夢にまで見て命を永らえておりました。
我らエルフの王、ユーリ様! 心からご帰還をお喜び申し上げます!」
エルフの人達がその言葉を契機に皆片膝をついて、頭を下げる。
まるで王に対するように……
見るとサリーナまで同じように片膝をついている。
立っているのは状況が良くわかっていないリタと、偉そうに玉座の横に立ってエルフの人たちを見下ろしているアリスだけだ。
……なんでそんなに偉そうなの、アリス?
というか、ボク座るだけって言ったじゃん!
なんで見も知らぬ人達にここまでされるんだ!
……どうしてこうなった。




