王の力
白いアロミリナ、恐らくは指揮官機であろうそれからベルファウスの若干鼻白んだうめき声らしきものが聞こえた。
自らの真似をされたことに気付いたのだろう。
恐らくコクピットの中で顔を真っ赤にしているに違いない。
だが、流石に騎士団長だけあって面の皮が厚いようだ。
すぐに余裕を取り戻して音声を伝えてくる。
「……そのドラグーンは報告にあった、森林竜を討伐した機体か。
なるほど、これは美しい。 差し出せば領主様も喜ぶだろう。
それで、その魔封じの首輪で魔法を封じられた貴様がなけなしの魔力でドラグーンを起動して、一体どうするというのだね?」
どうやらすでに魔封じの首環が外れている事を知らないらしい。
まぁ、出合った騎士団の連中は全て倒してしまったし、外したのもつい先ほどなので知らなくて当然かもしれない。
しかし、仮に魔封じの首環が外れていなかったとしても出力は低くても起動は出来ていたはずなのだけれど。
……セラサスの強さは報告が上がっているだろうに、その自信の源が若干不安ではある。
「魔封じの首環は解呪したよ。
この本部に残っていた屑どももボクが一掃した。
それで、仲間もいないキミがそのような汎用機で、一体どうするというのだね?」
最後はベルファウスの口振りを真似てわざと低い声でからかうように声をかける。
子供特有の高い声を無理やり低くした事で変な声になったが、それも含めてかなりムカつく挑発になっただろう。
「貴様……!」
「冗談はさておき、お前の事は絶対に許さない。
別にボクは片っ端から敵を作って周るつもりはないけれど、ちょっかいをかけてきたのはそちらだ。
そしてボクはサリーナさんやリタさんの惨状を見てしまった。
……ボクは、お前のやること為すことが気に食わない。 だからお前は倒す」
その言葉に、理解できないといった感じでベルファウスが問いかける。
「……気に食わないという感情論で騎士団を敵に回す、と?」
「これからもちょっかい出されるのはお断りだからね。
万一ボクにもう手を出さない、と約束したとしても、もうボクはお前を信じられない。
ほら、結局ボク自身が平穏に暮らす為にはお前が邪魔でしょ?」
「……国を敵にしてもそれだけの事がほざけるのか?」
「ボクが今敵に回してるのは、お前と騎士団だけだ。
国の事は後で考えるけれど、いずれにしてもこの国に未練はないからね。
家族を連れて国を出ればいいだけでしょ?」
恐らく、ベルファウスとボクは意見の終着点が交わることはないだろう。
平和な生活を望むボクも、彼にしてみれば力を持ちながら上を目指さない愚か者、ということになるわけだし。
だから、もう口先での戦いは終幕だ。
「さて、それじゃやろうか。
簡単には落とさない。 せめて、その命でサリーナさんとリタの傷の一部でも購え」
「アリス、あの指揮官機の性能、どう見る?」
地上に被害を与えないよう魔力放出型飛翔翼をブーストして空へ舞い上がりながら、アリスに確認をする。
アロミリナ……カブトムシをモチーフとしたその機体は、エタドラにおいてはインセクト系列の上位フレームである。
インセクト系列の特徴として特化のない汎用的なステータスと改造容量の大きさが挙げられ、セラサスの属するブロッサム系列のライバル的性能を持っていた。
どちらかというと魔力寄りとなるブロッサム系列に対しインセクト系列は物理攻撃寄りとなっており、装甲素材なども物理防御力の高いものとの相性が良い玄人向けの系列である。
ただし、その真価は限界までチューンアップする事で運次第では他系列の機体より若干高い性能まで到達できる、というものである。
従って、その域まで達していないであろうアロミリナ、さらにはその模造品である目の前の機体はボクから見ればただの並性能のドラグーンという事になる。
油断できないのは、その汎用性の高さゆえ想像もしないようなカスタムをとりうることがあり、うまくハマると相手が格上でも軽く食ってしまうことがある、という点だ。
『動力機関の出力を見る限り、それほど強力な機体ではありません。
以前のレッドハースと同等くらいでしょう』
レッドハース……村を襲ったシュタイクバウアーの乗機だった帝国の赤い機体だ。
出力50%の状態でも優位に戦えていた事を考えると、よほどの事がない限り負ける要素はない。
「了解。 念のため、特定部位の異常な魔力上昇がないかモニターは継続。
……セラサス、これからお前の全力を出させてやるからな?」
レバーを優しく一撫でし、改めて握りなおす。
そして、右手で踊るようにキーを叩き、これまでは行っていなかった詠唱回路の登録を進める。
詠唱回路……自らと経路を繋ぐことでショートカットキーの選択と詠唱を省略。
キーボードで魔法を選択しレバーに備えられたトリガーを引く事で魔導兵装から魔法を放つという仕様だ。
イメージとしては、事前に詠唱し任意のタイミングで発動される遅延魔法とも言えるだろう。
今回の戦闘で用いる魔法の選択と登録を終えると、ボクはセラサスの右手を大地に向けた。
足元から装甲の展開音が響く。
足首から上に相当する部分の横側装甲が展開するとともに、アームに固定された黒い物体がせりあがる。
と同時に、右手首から先が伸長し、その黒い物体を手にすると再び元の長さへと戻った。
その手に現れたのは黒い銃。
ボクのスタッフ兼武器である銃、アヴァロンと同系のそれがその手の中にあった。
「まずは小手調べだ。 アリス、行けるね?」
「是。 スタッフモード正常に待機中。 いつでもいけます」
「おっけ。 それじゃ……まずはこれから行ってみようか!」
右手のキーで魔法を選択。 そのまま間髪入れずにトリガーを引く。
グリップに埋め込まれた魔石が妖しく輝くと、銃の銃口の前に紅い魔法陣が展開される。
そこから生まれたのは……炎。 火炎の魔法だ。
それは銃口から放たれると魔法陣を通り抜ける際に増幅されて青白く輝き、一筋の光となって宙を駆け抜けてアロミリナへと迫る。
「ぬぅ……、させん! 魔防!」
アロミリナの前方に青い魔法陣が生まれ、火炎の到達を阻む。
魔法同士が触れた瞬間、触れた部分を基点として巨大な炎の壁が生まれた。
そして、炎が散り視界が晴れると……。
「ば、馬鹿な! 魔防が完全に間に合っていたはず!
魔法無効化の盾が抜かれるだと……!?」
左足の先を失ったアロミリナがその姿を晒していた。
『マスター、敵機魔法防御を貫通。
敵機の左足首から先を消滅』
「汎用魔法でも完全には防げていないか。
これは、スペック差か相手の技量が問題なのか」
『前者です。 魔導兵装の発動タイミングは的確でした。
恐らく増幅用の魔法陣の精度が低く、その増幅率に難があるものと考えます』
セラサスのようにエタドラで存在していたドラグーンは魔導兵装で用いる魔法として基本的に制限はない。
これは、魔法を増幅、拡張、補助する魔法陣を極めて圧縮し立体的構造を用いて記述することにより魔法陣を記述する対象を圧倒的に小さくする事が出来ている為である。
しかし、現在作られている魔導兵装はその技術の失伝により、そこまでの高圧縮した記述を行うことが出来ない。
結果として、ドラグーンに搭載する兵器として運用をするにあたっては、増幅する魔法を限定することによって記述を減らし陣の小型化をする必要がある。
そうでなければ魔導兵装が巨大になりすぎるのだ。
そうして汎用性を失いつつある魔導兵装の解の一つとして、詠唱弾倉がある。
詠唱弾倉とは、魔法を増幅、拡張、補助する魔法陣を魔導率の高い素材で作った板の上に記述し、それを複数装填したものだ。
上記の通り魔法ごとに特化する必要のある魔法陣を複数用意し魔法ごとに切り替える事で汎用性を持たせようとしている。
アロミリナは詠唱弾倉の多いものを装備しているがゆえ、スペースの問題から1弾倉ごとの陣は小さく、増幅率の低い物となってしまっていたのだ。
「これじゃ戦術級、戦略級魔法だと1撃で終わってしまうな。
次は物理戦で行こう。 アリス、魔力放出型飛翔翼を展開、フルブースト」
『是。 近接戦闘に移行。
魔力放出型飛翔翼の制御は私が。 マスターはセラサスの機動経路の入力を』
セラサスは右手の銃を足のラックにしまうと、左手に持っていた刀を持ち直す。
背後では装甲の展開音が響くとともに、積層されていた魔力放出型飛翔翼の各部が展開、分割され大きく広がっていく。
一方向に魔力放射板を集中した通常の巡航モードに対し、近接戦闘向けに3次元の立体機動を可能とするための高起動モードだ。
一つ一つの羽が魔力放射板となっており、その角度を自由に変えることでその機動を実現しているのだ。
羽根の各部から淡い緑色の光が放射され、それはまるで巨大な翼のような姿を現した。
「さて、お手並み拝見!」
一瞬光が強く瞬き、そしてその場からセラサスの姿が消える。
否。 消えたのではなく、瞬時にトップスピードまで加速して宙を舞ったのだ。
本来であれば、その瞬間加速に伴うGによって中の騎士の命はないだろう。
だが、ドラグーンのコクピットは覆うようにして常時展開されている対慣性の魔法によって保護されている。
それゆえ、人間では実現不可能な機動すら行うことが出来るのだ。
「……なんだこの速さは!」
アロミリナが剣を構え応戦する。
隙のない構えから、セラサスの軌道を予測して一気に剣を振り下ろす。
それは、ベルファウスが騎士として充分な才を持っている事を示すような、理想的な剣筋を辿っていた。
……だが。
「な!?」
振られた剣の軌道に踏み込む寸前、セラサスは90度進行方向を変えそのままの速度で上昇する。
アロミリナは完全に空振りに終わった攻撃で体勢を崩しながら、攻撃に備え剣を頭の上に置きセラサスの攻撃を防ごうとする。
剣と刀が交差する。
澄んだ、刃金と刃金の打ち合う音が聞こえ、世界が静止する。
否。 その止まった世界で、たった一つだけ動きを止めないものがあった。
先ほどの1合で切り飛ばされた、アロミリナの剣先である。
「馬鹿なっ!? アダマンチウム製の剣が切り飛ばされるだと!?」
それが、森林竜との戦いの最中であれば先ほどの1合の結果は異なり、想像通りに剣を受け止めることが出来ただろう。
しかし、セラサスは今手にしている刀「禍風」を魔導兵装としての真の能力を起動している。
すなわち、振動剣。
その刀身は、魔力によって目に見えないほどの速度で振動しており、その切れ味を格段に引き上げているのだ。
返す刀でセラサスはアロミリナの左手を切り飛ばし、瞬時に後退。
2機はわずかに距離をとって、再び向かい合った。
ユーリの魔法が使えない状況であれば、恐らくこの勝負はもっと拮抗したものとなっていたであろう。
実際の所、ベルファウス自身の技能はかなり高いものがあるのだ。
出力を抑えて魔法による補助なしの戦いであれば、機体のスペック差はあってもそれなりに善戦はしていたに違いない。
だが、全力を発揮したセラサスを前に、この勝負の勝敗は帰趨を決しようとしていた。




