王の帰還
サリーナさんが助け出した少女の身体を拭いている。
ボクは、インベントリから今の装備に着替える前の服を取り出し、差し出した。
少女は、一糸纏わぬ姿だったからだ。
「リタ、ほらこれを着るの。 わかる?」
「あー、うぁー」
視線は落ち着かず宙を見て、口から漏れ出る言葉も意味を為していない。
サリーナさんの言っていたように彼女の精神は壊れてしまっているのだろう。
……ある意味では、それも幸せなのかもしれない。
精神が壊れる程の奴隷としての日々を思い出さずにすむのだから。
しばらくして、ようやく彼女がそれなりの姿になった。
今気付いたが彼女……リタさんの容姿はサリーナさんとさほど年齢が違わないように見える。
恐らくは、二人は友達と言える間柄だったのだろう。
「二人とも急いで!」
ボクたちは中庭を突っ切って裏門へと走る。
生命探査と魔力探査の併用で、裏門へ近づく二人の反応があったからだ。
二人のうち片方は魔力をもっておらず生命力だけが検知されている。
騎士は魔法を使う以上、当然魔力をもっている為、これは騎士団ではない可能性が高い。
であれば、恐らくそれは……
「っ! 貴様、脱走か!」
「あーもう! さっきからしつこい! 水刃!」
誰何の声を断ち切るように、道を塞ぐ騎士たちを薙ぎ払いながら建物を抜け、裏門へとたどり着く。
ボクの身長の数倍の高さの壁と、そこに設けられた門が行く手を阻んでいる。
だが、これも今のボクにとっては大した障害にはなりえない。
「もっかい水刃!」
門のかんぬきに向かって高圧の水を飛ばすと、バターでも切るがごとくかんぬきは二つに分かれ落ちる。
そして、門を開けるとそこには……
「マスター! ご無事でしたか!」
「おいおい、小っこい嬢ちゃん。 どうやって脱獄したんだよ……」
アリスと、ドランさんの姿があった。
「ったく、助ける算段考えようと偵察にきたら、当の本人は自力で脱獄してくるとか。
俺なんの意味があったんだかなぁ……」
肩すかしを食らったように微妙な表情を浮かべたドランさんは、照れ隠しのようにバリバリと頭をかいた。
多分、面倒見の良いこの人の事だからギルド内でも色々調整して、覚悟を決めてここに来てくれたのだろう。
そう考えると若干申し訳ない気もする。
「いやいや、助かります。 この二人をギルドで保護してもらえますか?
……できれば、女性の方を付けて貰いたいです」
「……そうか。 この二人だけか?」
と、サリーナさんが悲しそうな顔を浮かべ、重い口を開く。
「私たち以外は、全員他の場所へ連れていかれたわ。
多分、貴族などに引き渡されたんだと思う。
……人族は、どうしてこんな……」
「……すまねぇ。 お前さんたちがこうなったのは全て俺らが悪い。
でもな、人族だって腐った奴ばかりじゃぁない。
……いつか、それを少しでも理解してくれると助かる」
「うあー?」
頭を下げたドランさんを、状況を理解していないだろうリタさんが優しく撫でる。
だが、それでも少しは彼の慰めになったのだろうか?
「……ありがとうな、嬢ちゃん」
「それで、この二人は良いとしてお前さんはどうするんだ?
従者の嬢ちゃんと身を隠すか?」
「まさか。 もうすぐ騎士団長が戻ってくる。
ボクは決着をつけるよ。
アリス、手伝ってくれるよね?」
「是。 しかし、セラサスは起動できません。
相手がドラグーンを出してくると勝率は……。
……否。 マスター、その装備から推測するに、インベントリが復活したのでしょうか?」
「うん、サリーナさんに魔法の使い方を教えて貰った。
アリス、これでセラサスは今までのように動く?」
問いかけに、アリスがめったに崩さない表情を崩す。
「否。 今まで以上です。
マスター、セラサスと私はこれでようやく全力を尽くしてマスターをお守りできます。
これまでの長きに渡り、ご不便をおかけして申し訳ございませんでした」
その顔に浮かぶのは喜びだった。
「戦いの前に、この首輪外しておきたいんだけど。
アリス、解呪使えたよね? 試してもらえる?」
「おいおい、解呪って……高位の司祭でもないと使えねぇ魔法じゃねぇか!
しかも、それ魔封じの首輪か! 魔法なしでどうやってここまで脱出した!?」
ごめんなさい、普通に魔法使ってました。
むしろ、威力抑え目で味方への被害考えなくてよくて、使い勝手が良かったです。
でも外さないとセラサスの全力起動ができないからなぁ……
「……ドラグーンも規格外だったが、小っさい嬢ちゃんも規格外だったとはな。
なるほど、ハイエルフだけの事はあるということか」
ドランさんの言葉を聞いて、サリーナさんが跳ねるように背筋を伸ばし、ギギギ、と音を立てるようにゆっくりと首をこちらに向ける。
「ゆ、ユーリさん。 まままさか、王族の方でいらっしゃられましたでしょうか?」
今までVIP扱いなどされたことがないので、こういう反応をされると正直扱いに困る。
王族って、そんな恐れるほど偉いものなんだろうか?
「記憶喪失だからわかりません! というかそんな自覚ないし!
あーもう、いいからアリス解呪!」
「是。 ……解呪」
白い光の魔法陣が首輪の前に浮かび、パキン! という音とともに首の圧迫感が消える。
首輪はそのまま灰となって風に流されていく。
同様にサリーナさんとリタさんの二人の首からも首輪が外されていく。
「あ……!」
「ふあー?」
二人の顔にも笑みが戻る。
といっても、リタさんの方はサリーナさんにつられたみたいだけれど。
ともかく、これでようやく下準備は整った。
「マスター、こちらをお返しします。
セラサスにも、マスターのご帰還を伝えてあげて下さい」
別れる時にあずけた腕輪を手渡される。
インベントリにしまわず、大事に持っていてくれたのだろう。
腕に腕輪を通すと、仄かにアリスの体温を感じた。
「ありがとう。 ドランさん、二人を頼みます。
……セラサス、おいで」
地面に魔法陣が浮かび上がり、白い勇姿がその姿を現す。
そしていつものように片膝をつき、コクピットハッチを開く。
だけど、その様子は王の帰還を喜ぶ騎士の様にも見えて。
「ただいま、セラサス」
ボクは思わず、そう呟いた。
『起動シーケンス起動します』
いつも通り、緑色のブートログがサブモニターを流れていく。
ただ1点、いつもならば赤い文字となっていた一か所が緑色に変化していた。
『 魔法的接続 正常完了。
主魔力炉からのマナ供給を開始。
出力は100%を維持します』
ボク自身とセラサスがなにかでつながったのを感じる。
ボクの魔力が吸い上げられ、それと同時にセラサスの心臓部が速く、激しく脈打つ。
ボク自身の魔力は主魔力炉でマナに変換される。
このマナは、魔力をより純粋にしたエネルギーとも言うべきものであり、ドラグーンの機構のほぼ全てと魔力放出型飛翔翼の動力源として用いられる。
魔法的接続 が出来るようになったことで、魔力弾倉を用いずとも魔力炉を起動する事ができるようになったのだ。
『起動シーケンス終了。 騎士のコンディションチェック開始……コンディショングリーン。
ドラグーン:セラサスのコンディションチェックを開始。
マスター、魔導兵装の稼働チェックの実行を申請』
「許可。 コントロールは任せる」
『アイハブ』
この世界に来て初めてセラサスの魔導兵装が稼働を始める。
両肩の装甲が展開し、自動発動型の防御魔法に特化した魔法陣を立体的に記述するクリスタルが現れ、鈍く輝く。
背部の魔力放出型飛翔翼はパーツがいくつもの羽根のように展開し、大きく広がった後に再び格納される。
胸部は前に突き出した装甲が左右に分かれ、何かの砲口が覗いた後にやはり再び装甲の中に納まって消える。
腰に佩いた刀「禍風」を抜くと、その刀身には何も変化がないように見えて、実は高速で振動しており、
振れたものを容易に断ち切る切れ味を生み出していた。
『ユーハブ』
その他にも内蔵型の機関などを軽く起動し、全体の稼働確認を終えたアリスはコントロールをこちらに戻す。
『コンディショングリーン。 セラサス、100%の出力で起動完了しました。
すべての魔導兵装が使用可能となります』
再び元の姿を取り戻したセラサスは抜剣をした状態でベルファウスの戻りを待つ。
そして……
「やぁ、おかえり」
現れたベルファウスに、ボクはそう言ってやった。




