第八話 偶然
「おいキリュー。ゲーセン行くぞゲーセン」
「えー! あたしはソフトクリーム食べたい!」
「俺は女の子がいりゃどこでもいいや」
「…………」
(話がまとまらない……)
個性的なクラスメイトたちと街を練り歩く和也。
クルミはゲーセンに行きたがり、フリーネは屋台へと突進しようとし、武蔵は女の子を見てはニヤニヤしている。楓は集団の隅で縮こまっていた。
はっきり言えば、現場はカオスと化していた。
こんな混沌としてしまったのは三〇分前に遡る――
***
本日は楓と友達なってから二回目の日曜日。
お日さま輝く晴天で、風も暖かく、外で過ごすには最適な日となっている。
こんないい天気なのに遊ばないなんてもったいないと舞に叩き出され、古本屋で時間を潰そうとしていたところ、
「あ、き、桐生君!」
楓と出会う。
水色のセーターにグレーのロングスカートと、らしいと言えばらしいが、地味なのが否めない。
それさえも美貌がねじ伏せているが。
どうやら最近読んでいた小説が読み終わったので、新しいのを買いに来たのだそうだ。
ちょうどいいタイミングだったので、いい本でも選んでもらおうと本屋に入ろうとしたのだが、
「お、和也と楓ちゃん! まさか会って一週間で男女の関係に……」
ナンパ中の武蔵と出会う。
ゴールドのラインが腕に描かれた、黒色のジャージの下に英語のロゴが入ったシャツ。擦り切れたジーンズ。なんちゃってヤンキー風だ。
楓は例の如く真っ赤になり、和也は厄介な勘違いを正そうとすると、
「キリューに、タチバナに……ゴミか。こんな所でどうした」
「ねえ俺の扱いひどくない!?」
既にクラスのマスコット的位置に定着した、魔王クルミが現れた。
まさかの黒のブラウスに、さらりとストールを掛け、ミニスカートにブーツと予想の斜め上をいく格好だ。
勝手ながら私服はゴスロリだと思っていた。
クルミはゲームセンターに寄る途中らしい。
その道中、たまたま鉢合わせてしまったわけだ。
せっかくだから貴様らも来いと無理やり連行されそうになると、
「あれー! みんなこんなとこでどうしたの? もしかしてクラス会みたいのやるの? ならあたしも連れてってよー!」
ぶんぶんと手を振って、武蔵とは違う勘違いを起こすのは、自由奔放ドラゴンことフリーネ。
白色のタンクトップに、デニムのショートパンツ。
右手首には桃色の古ぼけたリストバンド。
年不相応に発達したボディは年頃の男子高校生に即死級の魅惑を放っている。
本人が無自覚なのは間違いない。
気分的に行きつけのソフトクリー屋に食べに来たらしい。
それで偶然、というわけだ。
流れで全員でどこかで遊ぼうとなり、女の子中心に行き先を決め出す。
約束もしていないのにめぐり合う謎。
この世界にも神がいるとしたら絶対仕組んでいるに違いない。
和也は収拾がつかない状況に、ため息をつくのだった。
***
というわけで意見がまとまらないまま時間だけが過ぎている。
和也の服装は体のラインがわかりやすい白いパーカーとジーンズだ。
服にお金を掛ける余裕がない桐生家なので、あっさりしたものとなっている。
舞については父と母の親心により多少は優遇されているが、和也は普段はこんな服装だ。
休日で人も多く、このメンバーはかなり目立つ。
女子は全員圧倒的美貌で、周囲の男どもが隠すことなく、こちらを見ている。
男二人は総合的に考えれば悪くない容姿だと思われるのだが、女の子達との釣り合いが取れていない。
中でもクルミがその存在感を放っている。
髪の色だ。
銀髪なんて日本じゃまずお目にかかれない。
染めているのではなく、地毛だ。
よく一人でゲームセンターに入り浸っているものだと、少し驚いてしまう。
「ふむ、それにしても私に近づいてくる男も減ってきたな。いい傾向だ。くく、あれを潰してやったのがよほど応えたか」
愉快そうに笑うクルミを見て、アレがヒュっとなった。
きっと半端な気持ちで魔王に手を出した哀れな男達に本気で同情する。
そして祈る。再起不能じゃないことを。
武蔵も同様で青ざめている。
これまでの行動を思い返せば、潰されてもおかしくはない。
クルミもクラスメイトには甘く定めている。ならいいのだが。
「……つうかあれだよな」
「あれ?」
女子一行から距離を取った位置でコソコソと話す武蔵と和也。
うっかりで男の勲章を潰されたらたまったものではない。
武蔵は空を眺めて、後頭部に腕を回しながら、
「このクラスの女の子って、よくよく考えれば全員人外だよな」
「そうだね。立花さんは妖怪でクルミちゃんは魔王でドラゴニックさんはドラゴン。外見が人間だから惑わされやすいけど」
「今更だけど気をつけろよ。見かけは細身だろうが、妖怪の腕力は人間の比じゃねえ。怒らしたら骨が折れるどころかミンチになってもおかしくないぜ。楓ちゃんは見たところ上位妖怪だしな」
妖怪怖い。はしゃいでいるフリーネとクルミの横で無言の楓を見る。
本職の意見なので信憑性は高い。
あの細腕から人間をミンチにする力を発揮するとは想像もつかない。
「上位妖怪とかそんなのわかるのか?」
「まあな。長く妖怪退治を請け負ってたから雰囲気でそれなりにわかる。わかんねえと思うから一応言っとくと、上位妖怪っつうのは全国でも有名な奴って意味な。んで俺の勘は、楓ちゃんは上位妖怪の中でも相当なもんと見るね。でもあの子入学初日んときフリーネちゃんの翼が貫通しても無反応だったよなぁ。貫通っつうか透過か? 有名どころにいたっけなそんな妖怪。いやいるけど、外見が一致しねえな……」
職業柄気になって仕方ないようで、口々に妖怪の名前を呟いていく。
序盤は和也でもわかる名称が多かったが、どんどんマイナーらしき名が出てくる。
正直、普段の女の子を見てニヤニヤする変態に戻って欲しい。
勉強できたり純情だったり外見とのミスマッチがひどい。
何故ヤンキー風なのか理解不能だ。
いい加減こちらの世界に戻ってもらいたので、一計を案じる。
体を反転させ、前方へと指を差す。
「あそこに超絶美少女が!」
「どこだ! どこにいる!」
真面目顔はどこへやら。
興奮した様子で目を血走らせる。
必死の形相に本気で引いた。
想像以上にちょろすぎる忍者だ。
こんなに邪なら女の子に飢えまくるのも頷ける。
「嘘だよ。立花さんたちも話がまとまったみたいだから俺たちも行こう。少し離れちゃったし」
「嘘かよ! くっそ、この雰囲気イケメンが! お前には楓ちゃんがいるからってそんな残酷な嘘をつかなくてもいいじゃねえか!」
「なんでそこで立花さんの名前が出てくる?」
武蔵は血走りまくった眼球で和也を睨みつける。
妖怪より妖怪っぽい恐ろしさだ。
「お前が授業終わったあと教室で楓ちゃんとイチャイチャしてんのは知ってんだよボケ!
ああなんでだチクショウ! こいつは三週間でイチャつくほど女の子と仲良くなって、俺はゴミ呼ばわりされる日々! どこでこんなに差が付いた!」
友達となってからずっと教室にて二人で入り浸るようになった。
未だにクラスメイトと仲良くなる切っ掛けが掴めない楓のための特訓だ。 舞も連れてきて一緒にやっている。
舞は一〇分もしないうちに打ち解けていた。
妹ながらにして、とても頼りになる。
如何せん濃すぎるクラスメイト達だ。
常に他人リスペクトで自分を出さない楓には付き合いづらい面がある。
それはさておき、
「まあ、エロさ全開だからだろうね。そりゃ」
「男はエロくて当たり前だろうが! ただそれがちょっと表に出てきちゃうだけだ!」
「そんな事言ってると一生彼女できないぞ」
「何でそんな現実的な事言ってんだよ。夢みよーぜ夢!」
完全に会話がすれ違いを始めている。
だが思春期真っ盛りの忍者に一般論は通用しない。
話が平行線になりかけたその時。
「おいゴミ。うるさいぞ」
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああ!」
歩みの遅い和也たちを呼びに来たようだが、武蔵の絶叫がクルミの癪に触ったようだ。
見事な蹴りがブツにヒットする。魔王を名乗るだけ鋭い蹴りだ。
ブーツという名の凶器も効果ありで、 武蔵は道行く人々が物珍しそうにしながら、のたうちまわる。
「行く場所が決まったぞキリュー。まずはゲーセンだ。次にソフトクリーム屋。最後に本屋。どうせ貴様らは暇だろう? ついてこい」
「よかったな武蔵。連れてはもらえるみたいだぞ」
「……ああっ! こんなに嬉しいことはない……!」
「ねえキリュー君。なんでハットリ君は泣いて笑ってるの? 地面を転がってまで」
近くの店から買ってきた棒付きの飴玉をペロペロ舐めながら、不思議そうに聞く。
飴に夢中で一連の動作に気づかなかったようだ。
「……泣くほど嬉しいんだよ」
「すごいねー! 私はいくら嬉しくても飛ぶだけだよ!」
それはそれでおかしい。
とりあえずまとまって何よりではあるが、気がかりなことがあった。
チラリとフリーネとクルミの後ろで縮んでいる女の子を覗く。
「…………」
楓の本来の目的であった本屋が最後になっている。
せっかくの機会。
チャンスだと思い、あえて楓一人に任せたがうまくいかなかったらしい。
こうなってしまうのなら、和也も加わってフォローすべきだった。
入学してから三週間。彼女の友達は和也と舞だけ。孤独にならないだけマシな現状だ。
意志の誇示が小さい楓は他人に話しかけることもできない。歩み寄ってくるのを待つだけに近い。こうなれば少々強引でもやるしかない。
黙り込んでいる楓にこっそりと近づいていく。
クルミは武蔵を罵倒して、フリーネは飴を変わらずペロペロしているから気づいていない。
「うまくいかなかった?」
「……うん」
半べそ状態で、今にも崩れ落ちてしまいそうな弱々しい声だった。
楓もこの絶好の機会を逃したくない意思があったのだろう。手を強く握っていた。
この事態は予想外の出来事ではある。
でも余裕を取り戻す時間はあった。
学校でことごとく失敗してきている楓は落ち込んでもしょうがない。
だからといって和也としてもこのチャンスは逃さない。楓のためにも。
辺りに聞こえないように、彼女の耳に口を近づける。
「まだ挽回できるよ。今から遊ぼうって話なんだ。いつでも話せるタイミングはある」
「でも、気持ち悪いとか言われたら……」
なかなか往生際が悪い女の子だ。
ここはゴリ押ししていく。
「俺がついてる。心配なんてしなくていい」
そう言った途端、楓の顔が今まで見たことがないくらい真っ赤になる。
湯気が見えるのは気のせいだろうか。
カッコつけた台詞なのは自覚がある。
だが、楓のように自分に自信が持てないタイプにはこれぐらいやったほうがいい。
自分を認めてくれている人がいるというのは案外心強いものだ。
「……わかった。頑張るよ私。クルミちゃんともフリーネちゃんともお友達になりたい」
「そう、その意気だ。立花さんならきっとできる」
今度こそ失敗しないぞと意気込む楓。
これでいいのだ。
本人の士気さえ上げれば、あとはいい方へと進んでいく。
自分でやることが大事なのだ。和也がやるのはあくまで背中を押すこと。
「でもどうして断言できるの?」
「そうだなぁ……勘かな」
「そんな適当な……」
「じゃあ君には絶対できないって言った方がいい?」
「いや」
「だよね」
楓は駆け出す。
彼女たちの元へ。
友情を育むために。
和也はそれを親のような気持ちで見送った。
もはや母性に近い。
うちの子は大丈夫かしら、みたいな感情を抱きながら、追いつくために歩き出した。
ちなみに彼の直感はよくあたる。