第九話 忍び寄る影
「練習した通りに、練習通りに……」
暗示をかけるように、真顔で唱える楓。
傍から見ると、不審者以外の何者でもない。
ただいまクルミ行きつけのゲームセンターで格闘ゲームに興じている。
爆音で声が聞き取りにくいが、ガッツポーズをとったりしているので、テンションが上がっていることがわかる。
傲慢な態度が目立つ魔王でも楽しそうに笑うこともあるらしい。
異世界で殺した魔王とは大違いだ。
和也が相手をした魔王は、食欲、睡眠欲、性欲の遥か上にいく戦闘欲に塗れた根っからの戦闘狂だった。
方向性が違うだけでクルミも似たようなものだ。
「私が最強だぁぁああああああああ!」
格ゲー相手に炸裂するとは、和也も重石もしかなったが。
普段との差に、戸惑いすら覚える。
そういうものだと受け入れると、それを後ろで皆で見守ることにしていた。
対戦相手は手練らしく、クルミ曰く「ハイレベルの死闘」とのこと。ボタンの連打やレバーの動かし方が気持ち悪い域に達していて、その言葉が間違いではないと確信する。
そうなると、相手もその領域ということであり、気持ち悪い動きの廃人同士の戦いだ。
和也がいなかった四年のうちに世のゲーマーをここまで進化したのかと感心してしまう。
数ラウンドの激闘の末、台にWINの文字。クルミの勝ちだ。
「ふう。私の勝利だ。此度の敵はいい強さだった。讃えてもよいぞ」
「さすがクルミ様! 最高です!」
「黙れゴミが」
「何で俺はこんな扱い!?」
ドヤ顔を披露し、上機嫌となるクルミ。汗を手で拭い、深呼吸をする。
武蔵のゴミ扱いは相変わらずひどい。下心丸出し野郎はお呼びではないようだ。
そして鼻を鳴らし椅子から降りると、
「次は誰がやる? 休憩ついでにやり方を教えてやる」
単に機嫌がいいのか、本来の性格か、親切にも勧めてくる。
傲慢気味でもクラスメイトには思いやる心があるようだ。
意外な一面に嬉しくなるも、和也はこの好機を逃さない。
「マジで!? じゃあ俺を手とり足とへぶし!」
「……立花さんがやりたいってさ。前から興味があったらしいよ」
「へ? 私はべつ……いえすっごい興味あります。それもうとても!」
空気の読めない武蔵を物理的に黙らし、楓に視線で意図を伝える。
最初は分からなかったようだが、ちゃんと理解してくれた。口下手な部分が際立っているものの、それ以外に関しては優れた能力を有している。察しの良さがいいのは最近の付き合いで把握済み。
和也にぬかりはない。
武蔵をその光景を羨ましげに見ており、何だか可哀想な事をした気分になってくる。
だが、ここは楓のためにも犠牲になってもらうしかない。
後をクルミとフリーネに任せ、和也と武蔵、男二人でぶらつくことにした。
「ほらあそこにUFOキャッチャーあるからやろう。お金かかってそうな特撮物の景品もあるしさ」
「やんねえ! 絶対やんねえ! それだけは嫌だ! ここにいさせてくれ!」
余程嫌なのか、全力で和也を振りほどこうとする武蔵。
本当に申し訳なく思うが、強引に連行していく。
ゲーム台から離れる際に、楓の様子をチラッと覗く。
「よしカエデよ。まずは席に付け。やり方を教えてやる」
「う、うん」
おどおどしつつ、クルミと交代で座る楓。思いのほか面倒見がいい魔王の指導が始まっていた。
ゲーマー魂が燃えるのか、説明に熱が入魂されている。楓もついていくのに必死だ。
それでも彼女はとても楽しそうだった。
***
「ふっふっふ! これぞ三段アイスクリームなり!」
やってきたのはフリーネの行きつけというアイスクリーム屋さん。
小さなトラックを用いた移動式のお店。カラフルな装飾がなされており、広場の前というころもあって子供たちがたくさん群がっている。
若干溶け始めた三段アイス二つを手にして、とても嬉しそうだ。和也もバニラを購入し、脇のベンチに腰を下ろす。
子どもたちが笑い合って、学校に通えて、友達がいる。家族もいる。なんと恵まれた環境だろう。成績は悪いし、貧乏なのはこの際関係ない。
帰還直後は多少の問題はあったが、それ以降は平和と呼べる日常を過ごせている。
実に素晴らしい。これぞ青春だ。
ほのぼのと日常を満喫している和也だが、目的も忘れていない。
「…………」
楓は自分のレモンアイスとフリーネの三段アイスを見比べていた。
実際はアイスを比べているのではなく、「そっちも食べさせてー」「いいよー食べあいっこしよー」的な会話をしたいのだろう。
実現したら微笑ましい光景だ。
しかしいきなりそれを決行するには、彼女には勇気が足りなかった。
アイス欲しさにチラ見している女の子としか認識されかねない。
「フリーネちゃんのアイスを俺にえぶし!」
「お前は黙れ」
アイスを零さないように脳天に拳骨を喰らわす。
どうしてこの忍者はいちいち空気が読めないのか。もう少し忍者らしい事をしろと言いたい。
主に空気読め、と。こんな醜態だから女の子にモテないのだ。
楓が一人でもやっていけそうになったら、今度は武蔵の彼女探しにでも手伝おうか真面目に検討する。
武蔵はさておき、どうやって楓の望み通りの展開に持っていくか。そこが重要だ。
キーアイテムがないかと探していると、先ほどから頭を抱えてうずくまる少年のチョコアイスが視線に留まる。
「なあ武蔵、俺のアイスと交換しないか? チョコも食べてみたいんだ」
「いいけどよ……このアングルも悪くないな」
グへへとにやつく武蔵の視線はクルミのスカートの中に向いている。
彼女はアイスを食すのに集中していて、その鬼畜の所業に気づいていない。
「…………」
「ちょ! 何すんだ! ぐへ! おわ! し、死ぬ! マジで!」
全く懲りない馬鹿を無言でぶちのめした後、楓に大げさにアピールする。
ほとんど強奪同然のチョコアイスを片手に、
「こっちのアイスもおいしいなー! 交換して初めてわかるものもあるんだなー!」
白々しく叫ぶ。和也はそれっぽい空気を作り出せればいいだけだ。あとは楓がチャンスをものにしてくれれば万事解決だ。
「そうなんだー! じゃああたしも別のアイス買おうかな!」
フリーネも興味を抱いた。ここがチャンスだ。
さあ行くんだ少女よ、と熱い視線を送る。
和也の視線を感じ取った楓の行動は速かった。まず再び買いに行こうとするフリーネの前に立ちはだかり、アイスを突き出したのだ。
彼女も勇気を振り絞っているのだから、決して、そこまでできるなら最初からやれよとは言わない。
「あ、あの!」
「どうしたのー?」
顔を伏せがちに、恥ずかしながらも、己の意思を明確に外に放出しようと頑張る楓。
口に出さないが、和也も心の中で応援する。教室に残って二人で話し込み、練習したのだ。
必要なのはほんの少しの後押しと勇気で、全ては彼女の意思次第。
楓は手を震わせ、体を震わせ、声を震わせる。それでも確かに音を紡ごうと口を動かす。
「わ、私のアイスあげる!」
(言った! ついに言った! よくやった立花さん!)
楓の成長ぶりに、和也もテンションが上昇する。
出会った当時の冷たさは一切感じられない。怯えた小動物のようになった少女。
口下手で話すのが苦手だが、友達が欲しくてしょうがない。
そんな彼女が自分から申し出たのだ。目に見える大きな進歩と言える。
和也が軽く感動していると、
「ごめんねー。チョコはこの二段目にあったからいいよ。美味しいからカエデちゃんが食べて!」
(ドラゴニックさん何やってくれてんの!?)
無駄な優しさによって、楓の努力は無に帰してしまう。
フリーネは一言、ごめんね、と謝ると列に並びに行った。
アイスを突き出したまま、呆然とした楓を残して。
クルミがうまくいっていただけに、ショックは大きい。
だがこれが最後というわけではない。
機会は学園生活を続ける限りある。
武蔵を蹴ることをやめ、楓を慰めに行く。
クルミはアイスに夢中でフリーネは並んでいるし、武蔵はのびているから内容は聞かれない。
寄り添うような形になって、楓の顔を覗く。
「運が悪かっただけだよ。ドラゴニックさんも悪い人じゃないしさ。気を取り直してもう一度やろう」
「うん。がんばるよ。上手くいくといいけど……」
「立花さんは自分に自信を持とうよ。なんか勿体ない」
「自信……自信。そんなの今までなかったな……」
「なら今から自信があるってことで、どう?」
「ふふ、桐生君って意外と適当だね」
「そうかな?」
「そうだよ」
時間は残されている。そろそろ昼食になるぐらいだから、寮の 門限を考えても余裕は数時間。挽回はできる。
和也とクルミ以外は寮生活だ。クルミは街の片隅にある洋館で一人で暮らしているらしい。
昨日そんなことを言っていた。魔王であるから、使用人でもいるのかと思っていたが違ったようだ。
「カエデちゃーん!」
「は、はい!」
フリーネの呼ぶ声がする。両手にはアイスが二つ。三段アイスを二つも食べていたはずなのだが、よほど食い意地を張っているのか。
彼女の魅惑的な体の源はアイスかもしれない。
自らを呼ぶ声に驚きながらも反応する楓。やや身構えている。
ドラゴン娘はさっきの楓のようにアイスを突き出した。
「はいこれ! メロンソーダアイス! これも美味しいよ!」
「え、あの……ありがとう」
「どういたしまして!」
その様子をとなりで眺めて、口元を緩める。
もしかしたら和也が無理に手伝おうとしなくとも、なるようになったのだ。
クルミ然りフリーネ然り。濃すぎる人格ではある。つっかかりにくい性格ではある。
しかしそれが人の良し悪しに繋がるわけではない。彼女たちには彼女たちなりのコミュニケーションの仕方があるのだ。変に意識する必要なんてなかった。
逆にそのせいで遠ざけていたのかもしれない。
「なあ俺の存在価値って一体……」
「ごめん。本気で忘れてた」
お詫びにアイスを奢った。
それで簡単に許してくれるあたり、意外とちょろかった。
***
寮の門限が迫ってきたため、解散することになった。
日が沈み始めて、幾分か経過している。
空気も肌寒く、薄暗くなって、うっすらと月に光が灯っていた。
クルミを送り、残ったメンバーと寮まで歩いていく。
全員見送ったら和也も帰る予定だ。本日の夕食は舞が担当しているため、遅く帰ってもせいぜい、「御飯冷めちゃったよ。せっかく私の作りたてほかほか料理が食べられたのに」と悪態をつかれるだけだ。
「今日は楽しかったねー!」
「俺は、疲れた、よ……」
フリーネが先頭を陣取り、斜め後ろに沈みきった武蔵が続く。
二人からやや離れた位置に、隣り合うように和也と楓はいた。
「今日は、本当に楽しかった」
「どうしたの突然」
のんびり歩いていると、楓が前触れもなく言う。
その横顔は満足げで、誇らしげでもあった。
彼女の性格からしたら、今日の出来事は大健闘間違いなしだ。
和也も途中から心配するのを止め、混じって遊んでいた。もう楓はクラスに馴染んだのだ。
過保護は邪魔なだけになる。
「クルミちゃんもフリーネちゃんとも仲良くなれた」
「そうだね。でもドラゴニックさんがアイスを渡すときに滑って、立花さんの顔にぶちまけたときは驚いたよ」
楓とフリーネに友情が芽生えた瞬間。赤毛のドラゴンは思いっきり楓の顔にアイスが激突してしまったのだ。
べっとりついたアイスが艶かしかった。そそくさと洗ったので武蔵に見られなかったのは幸いだ。 理性が崩壊してしまう光景が脳裏に浮かぶ。
「まあ仲良くなれたみたいで何よりだね」
「うん。フリーネちゃんが土下座したのはビックリしちゃったけど……」
「このクラスの人は外見に似合わない性格してるよね。武蔵もクルミちゃんもドラゴニックさんも。立花さんもそうだよね」
「むう、失礼な」
「だって本当のことじゃないか。クールビューティーかと思いきや友達がいない寂しい子だろう?」
「ひどい、桐生君がいじめるよフリーネちゃーん!」
頬を膨らませ、拗ねたように、ぷいっとする。
そしてフリーネの元に駆け出していった。アイスの件で彼女たちの仲は縮んだようでなによりだ。
元勇者に魔王に妖怪にドラゴンに忍。
入学当初はどうなることかと不安な点はあったが、この調子なら無事に卒業できそうだ。
学園に入った理由も、平和なら意味をなさない。
待ち受ける学園生活が幸せなものになるのを感じつつ、和也も追いつこうと駆け出す――
「――――っ!」
強烈な悪寒を感知し、踏み出した足を止め、振り返る。
あるのは灯りだした街灯と商店街まで続く長い直線の道。脇には壁を挟んで民家。
和也の視線のずっと先には三人の人影。一人は大柄。一人は小柄。もう一人はその中背。
三人ともフードや帽子で顔を隠し、コートを羽織っていた。
彼らは和也を一瞥し、闇に溶け込んでいく。
明らかに誘っていた。
何者が、どういう意図で、そんなものを判断する前に理解した。
奴らは『敵』だと。
「桐生君? どうかしたの?」
前から楓が和也を呼ぶ。
彼女はあの三人組の存在に気づいていない。フリーネも武蔵もだ。
怪しい人物を目撃しておいて無視するわけにはいかない。
クラスメイトを進んで危険に巻き込もうとも思わない。
和也は勇者。
率先して危険を排除する役目がある。
「ごめん、用を思い出したから帰るね。 じゃあまた明日!」
「え、桐生君!」
有無を言わさず、その場を後にし、消えていった何者かを探すために走る。
――平和な日常は、終わりを告げる。




