第八話 魔王宅にて祭り計画
「クルミちゃんの家かぁ。どんなとこなんだろうな?」
「あれハットリーヌ遊びに行ったことないの? あたし何回もあるけど、みんなもあるよね?」
「え?」
「私はこの間、ゲームの遊び方教えてもらいに何度か」
「え?」
「俺も前に一回だけ」
「え?」
武蔵は全員の顔を順に眺め、もう一度「え?」と呟いた。
力なく発せられた言葉は、風とともに去っていった。
和也、武蔵、楓、フリーネは魔王の館を見上げ、立ち尽くしていた。
いつ見てもその夕闇が似合う禍々しさには圧倒される。
この場に今回の主催者であるクルミはいない。
四人に後から来いと伝え、準備があると先に帰宅してしまっているからだ。
「しっかし、どういう風の吹き回しなんだろうな。俺ですら呼ぶって相当だろ」
「もうやめようよハットリーヌ……悲しくなるだけだよ……」
至極真面目そうな武蔵の肩を、フリーネは優しく叩く。
「ま、気楽にいこうよ。のんびりとさ」
和也は穏やかな口調で言った。
そして言い終わったところで、丁度よく目前の門が開いた。
勝手知ったる道とばかりに、フリーネは館の扉までどんどん進む。
その後ろにきょろきょろと辺りを見回す武蔵と、和也、楓が続いた。
「おっじゃまっしまーす! クルミちゃ……」
「来たか。入れ」
フリーネの言葉を遮って、扉が内から開き、黒ドレス姿のクルミが現れた。
四人の顔を確認し、館内へと招き入れる。
館の外観もそうだが、中も相変わらず豪華絢爛な飾り付けだ。
如何にも高級そうな家具、装飾品があちこちにあって、自己主張していないのも関わらず、重厚な存在感を放っていた。
その中で和也は、うっかり物を破損しそうなフリーネを、まるで保護者のように見守っていた。
ちなみに武蔵は初めての女子の家に興奮を超え、挙動不審の混乱状態だった。
部屋に到着すると、そこは五人いても余裕でくつろげる広さで、エアコンから冷蔵庫からテレビまで、何から何まで完備してあった。
ファンタジー漂う館の雰囲気を破壊しそうな品々だが、上手く溶け込むよう塗装されていた。
「ふむ。それで夏祭りとやらだが、私は言葉でしか知らん。具体的に何を行うのだ?」
「夏祭りはねー! 美味しい食べ物がたくさんあって、食べたり飲んだりするの! あと花火! どかーんでばーんだよ!」
「フリーネちゃんがどかーんでばーんとか言うと、日本がどかーんでばーんされそうで怖いんだが」
「儀礼的なものあるけど、この祭りは人を集めてワイワイやろうってものだから、歴史はあっても勉強にはならないと思うよ」
「私に比べて、万分の一は地味そうだな。趣向を変える必要もあるな」
クルミが腕を組んで、思案していると、武蔵が割って入ってくる。
「ンなことしなくていいって。花火もあるし、浴衣も……いやこの国宝級の美少女三人の浴衣姿を他のヤローどもに見せるのは抵抗があるな。だがむしろ見せつけるっつう逆転の発想も……?」
「口を閉じろ塵屑」
床に叩き付けられる武蔵は通常通りとして、会話は進行していく。
「あー! あたし浴衣なんて持ってないよ! どーしよ!」
「なんだ貴様持っていないのか? なら私が用意しておいてやろう」
「いいの!? でもクルミちゃんのおさがりはダメだからねー。ほら、ね?」
「あ? 潰すぞ蜥蜴」
「浴衣かぁ。俺も持ってないし作るか。武蔵は?」
「俺も持ってねえな。どうせ着る時なんざほとんどないし、いつもので行くわ」
「ちょっと意外だ。武蔵なら『浴衣で普段とは違う俺アピール』で女の子を堕とすとか言うと思ってた」
「ふっ。そいつは過去の俺さ。今の俺には天使しか見えない」
「天使? ああ、舞のことか」
「そうそう舞ちゃんだ。惚れた勢いで学園女子データブックも捨てちまった。恋に生きる俺には不必要だか……え?」
舞に惚れたと他人に伝えた覚えはない。
以前、妹に手を出した奴は魚の餌にする、と宣言していたシスコン相手なら尚更言うはずがなかった。
走馬灯が駆け巡る武蔵を、当たり前のように流す和也は、さっきから黙り込んでいる少女に話しかける。
「立花さんは浴衣持ってる?」
「…………」
「立花さーん?」
「……あ、うん、持ってる。着付けもできるから大丈夫」
「おお、さすが! さっすが楓ちゃんは違うねぇ。日本の女妖怪の中じゃ超平和的で大和撫子とか最強じゃん。いや本当に最高だわ。なあ和也? そうだよな?」
「急にどうしたんだ? でも待てよ、となると女妖怪って平和的じゃないのか?」
「おう。山姥だとか雪女とか玉藻前、こいつは九尾の狐って言えばわかるか? そりゃもう男騙して喰ったり、惚れた男氷らせたり、国傾けたり、女の方が厄介っつうーか……」
とりあえず武蔵は、露骨に話題を流そうと必死になる。
和也もそれなりに食いついてきており、目論見通りに、妖怪の話に埋没していった。
そうして十分ほど本筋から外れていたものの、しだいに内容は花火大会へと戻っていく。
机に置かれたチラシを囲むように見る。
「雑談はこのくらいにしておくとして、集合場所と時間を決めとこうか」
「開催地を考慮すれば、集合場所は我が家でいいだろうな。異論はあるか?」
「ないよー」
「時間は場所取りも考えて、少し早めにしよう。そうなると5時くらいかな」
「少し遅くねえか? こっからの移動時間も含めて、良い場所狙うんなら、もっと早めにしねえと」
「いやそこまで規模大きくないし、本気で場所取りする人も少ないから、丁度いいみたいだよ」
「やけに詳しいな。ここのは初だろお前も」
「前に近所の人に教えてもらったんだ。穴場とかね」
和也はニヤリ、と笑みを浮かべる。
「お、いいじゃん。花火大会の穴場とか青春の定番だしよ」
「ねーねー場所取りしたら、ずっとそこで花火見てないといけないの? 食べ歩きもしたいよ?」
「貴様には見張りを残しておく発想がないのか」
「いや人はあんまりいないみたいだし、必要はないんじゃないかな。まあ、一応見張りの順番は決めとこうか」
「女の子一人にすんのは良くねえし、必ず男はつけとこうぜ」
「もっともだけど、それ武蔵が女の子といたいだけだろ?」
「ばれたか」
「ねーねー、大体決まったんだし、あそぼーよー。クルミちゃん、たくさんゲーム持ってるでしょ?」
「ふん、いいだろう。貴様らはいいか?」
フリーネの要望に、クルミが応える。
和也も武蔵も楓も、異論はなく、全員でゲームをする運びとなった。
一人でプレイするゲームから大人数用まで種類は豊富で、クルミが面白そうな物を適当に選んできた。
「四人用だが、交代しながらやればいいだろう。最初はフリーネ、カエデ、キリュー、ゴミでいいな」
「やべえよ、俺、クルミちゃんがちゃんと数に入れてくれてて涙出てくる」
「カエデ、コントローラーを取ってくれ。テレビ台の下にある」
「う、うん」
ぼろぼろと涙を流し、崩れ落ちる武蔵を置いて、楓に指示を出す。
この魔王と忍者の力関係は明確になっており、未来永劫変わりそうにないと、和也は涙する友人を宥めながら思った。
ゲームの内容は相手にダメージを与え、場外に吹き飛ばせばOKの乱闘ゲームだ。
相手を倒すとポイントが加算され、一番多かったプレイヤーの勝利だ。
人気作のようなのだが、この手の物はしばらく縁がなかったので、最初は和也もやられっぱなしだったが、何度か繰り返す内に、多少はマシになってきた。
「全然勝てないなー。次は悪魔皇帝ベリアルにしよう。強そうだし」
「私は白銀の英傑カインだ。貴様には負けんぞキリュー」
勇者を打ち負かすいい機会だと、やる気が体中から溢れているのが、隣の和也にも伝わってくる。
和也が連続最下位で爆笑している武蔵にも、そろそろ勝ち星を見せつけてやりたい。
「次は一位を取ってやるさ」
と、不敵にほほ笑む和也だったが、普通に負けた。
せいぜい最下位から三位になって、少々進歩があるのみだった。
大体のことを器用にこなせても、そもそもの熟練度が違うので、和也を目の敵にして情け容赦なく襲ってくるクルミに勝てるわけがなかった。
彼女が他のキャラクターと戦ってくれれば、まだ手はあったのに、これではお手上げだ。
「カズくん、ゲームは弱いんだねー」
「次は頑張るよ……」
フリーネの率直な感想が心に突き刺さりながらも、和也は彼女と交代した。
いつの間にか机に置いてあったクッキーを頬張り、試合の経過を見守る。
意外にも楓はゲーム上手で、武蔵を完膚なきまでに叩き潰し、フリーネを画面外に吹き飛ばし、実質クルミと一騎打ち状態になっていた。
(立花さん上手いなー。俺もあれぐらい出来たら……)
「羨ましいな。『混じり』は機械が操作できるのか」
興味深そうに、楓を覗く紳士服の老人。
突如現れたペーテルに、和也は心の内で、嘆息する。
(また出てきたんですか)
「悪いな。肉体から解き放たれた以上、日中に寝ている意味もない。ならば今を楽しまずして何とする」
(別に構わないですけど、あまりうろちょろしないでくださいね)
「心得ているとも。タチバナカエデの様子を見るだけだ」
(覗きは遠慮してくだい。立花さんに申し訳ない)
「未知への探求だよ、少年。なに、一○秒もあれば済む」
ペーテルは和也の傍から離れず、楓の後姿を眺めていた。
急に出現するのは、心臓に悪いので止めてもらいたいが、腹を割って話すと言ったのだから、和也の都合のいいように抑えつけるのも、違う気がした。
宣言通り、一○秒が過ぎると、楓への視線は消え去って、満足そうに笑みを浮かべた。
「あの無表情、感情が読み取れないな。全く解らん」
(その割に嬉しそうですけど)
「解らないからこそ、だ。故に探求したくなる」
(そうですかね。今は楽しそうですけど)
「解るのか?」
(何というか、心が伝わってくるというか。会った頃は俺も全く解りませんでしたが)
「通じ合っているのか。やるじゃないかキリュウカズヤ」
(別にそういうわけじゃ……)
「邪魔をして悪かったな。私は退散するとしよう」
ペーテルは霧のように霞んでいくと、和也の内に溶け込んでいった。
気を利かせたと言うよりは、自分が理解できていないものを、他人が理解しているのが気に食わなかったのだろう。
今頃、楓の無表情の違いを、必死になって考えているのだと想像できる。
第一に、楓以外にも友人がいるのに、邪魔をするも何もない。
ペーテルと会話をしている間に、試合が終わり、和也の番が回ってくる。
今度こそ勝つ。
決意を胸に秘め、勇者はゲーム画面を堂々と見据えた。
勇者に何度も敗北は許されない。
ゲームスタートだ。
「和也、どんまい。明日はいいことあるって」
「だといいな……」
武蔵に肩を叩かれながら、和也は魔王宅を後にした。
結局、クルミに滅多打ちにされ、一度も勝つことが出来なかった。
いい思い出はないが、ゲーム自体は楽しかったので、またやりたいものである。
「楽しかったねー。また皆で来ようね! ね、カエデちゃん!」
「うん。フリーネちゃんは足元を気を付けて」
フリーネはクラス全員で遊べて、とても上機嫌だった。
クルミから貰ったお菓子が詰まった紙袋を片手に、鼻歌まじりで、帰路を歩く。
楓は彼女がうっかり転ばないように、注意しながら隣にいた。
「………………」
和也も、武蔵も、フリーネも、皆が前を見ている中、楓は一度だけ魔王宅に目を向けていた。
短い時間だった。
すぐに視線を戻すと、転びかけたフリーネを助けるべく、すぐさま手を掴む。
楓の瞳に一瞬宿った、淡い寂しさに、誰も気づくことはなかった。




