第十四話 ミュージカル『学校の怪談』
学校の怪談。
この日本において、最も知名度の高い怪異の一つだ。
妖怪と分類するには、些か統一性に欠けるが、一応妖怪の一種として認識されている。
知名度の高さが妖怪の強さに直結する法則上、途轍もない多様性と応用力が特徴的だ。
忍者側もなるべく情報を統制しようと努めているが、如何せん子どもの妄想だ。
厳しく取り締まるのにも限度がある。
下手に制限すると、逆に怪しまれ、憶測を呼び、どんどん広まる危険性があった。
故に学校が存在するなら、完全に消滅する事がなく、終わりのない妖怪として忍者側からも有名だ。
妖怪自体も人間が絶滅でもしない限り、存在し続けるので、一つの妖怪を消失させるのは実質不可能である。
そうして毎年被害者が続出し、特に無知な子どもに恐怖を刻み続けている。
だが忍者側も手をこまねいているままではない。
長年の研究により、攻略法は見つけ出していた。
まずは、学校の怪談でも一番有名だと思われる、『トイレの花子さん』
「せんせー。それなに? 粘土?」
「爆弾だよ。ほら危ないから離れて」
元勇者とドラゴンと同じ顔の教師が三人に美術科教師という謎の一団が、小学校の校舎三階の女子トイレに集結していた。
楠は粘土のような固形物を、三番目の個室のドアの四隅に張り付ける。
ポケットからリモコンらしき物を取り出すと、和也達に外に出るように指示をする。
そして手前のトイレから順に、
「花子さんいらっしゃいますか?」
と、扉を三回ノックして尋ねていく。
これを三回ずつ繰り返す事によって、手前から三番目の個室から、花子さんの返事が聴こえてくるのだ。
うっかりドアを開けてしまうと、そのままトイレに引きずり込まれてしまうわけだが、楠がどう対処するのか、和也達は固唾を呑んで見守る。
全ての工程をこなし、ついに彼女の声が発せられる。
「は――」
瞬間。
小規模の爆発が四隅で発生し、花子さんの声をかき消した。
金具を吹き飛ばしてしまい、固定してくれる物がなくなった扉が倒れる。
楠はトイレの中身をチェックすると、よし、と小さく呟いた。
「トイレの花子さんの処理は完了。後はそこの分身、君が片付けてくれ。他の皆は次に行こうか」
「あの先生これは……」
手際よく作業を済まし、ぱっぱと移動しようとする担任に、つい尋ねてしまう。
一体何がよしで、どんな処理が完了したのか気になって仕方がない。
「簡単に言えば、ここは自分の居場所ではないのだと思わせたのさ」
リモコンを仕舞い、リュックを背負い直す。
「学校の怪談は、妖怪の中でも特殊でね。花子さんみたいに人格らしき物があったとしても、単体じゃ怪異として成立していない。学校の怪談という集合体になって、初めて怪異となって人間に牙を剥く」
つまり、学校の怪談とされる多くの怪談話が本体でなく、あくまで学校の怪談の一部だ。
どんなに恐ろしい妖怪だったとしても、学校の怪談に分類されれば、自らだけでは存在する事ができなかったりする。
「そして人が学校に入った瞬間、各々の役割を果たそうと動き始めるんだが、まあ演劇のような物かな。客が我々で、役者は学校の怪談。用意された台詞と動きを黙々と演じるだけだけどね」
人間に想像し、誇張し、勝手に創り上げた怪談に沿って、彼らは演技する。
それが彼らの存在意義であり、それ以外に存在する理由はない。
そこに人間が付け込む隙がある。
「逆に言えば、彼らには設定された台詞と動き以外の行動は一切できない。してしまったら自分の存在を否定する事に繋がるからね。そこらへんは普通の妖怪よりシビアだ。以前説明したけど、妖怪が科学の恩恵を受けないのと同じ理屈さ」
「という事は先生がやったのは……」
「台詞の最中に介入して台無しにしたってとこかな。花子さんの話に突然爆発が起きて、扉がなくなる、なんてのはないだろう?」
本来想定されていない行動を引き起こす事によって、これは『自分の担当ではない』と思わせる。
そうする事によって、向こうから勝手に消えてくれるのだ。
ここで肝になるのが、妖怪の行動中に仕掛ける事だ。
人間側がどんなに驚こうとも、裸踊りをしようとも、激しいリアクションをしても意味がない。
怪談側の邪魔をするというのが重要だ。
「こんなのは学校の怪談みたいな特殊なタイプじゃないと通用しないから注意だよ。普通の妖怪は弱点を突いていくのが正攻法だ。変に裏をかいたりすると、痛い目を見るのはこっちになる。基本に忠実。これが一般的な妖怪の攻略法さ。そこを混同しないように」
「はーい!」
元気よく応えるフリーネ。
そんな状況になったとしても、炎で焼き払う事しかできなさそうで、ちょっぴり心配だ。
「プロじゃなくても、怪談に対する知識と度胸さえあれば、小学生にだって出来るよ。これは妖怪にも通ずる部分はあるね。人間でも簡単に対処できるというのは大抵共通しているかな。ま、サクッとやって行こうか」
続いて、『真夜中に動く二宮金次郎像』
「せんせー。何でハンマー持ってるの?」
「危ないから離れてなさい」
楠を含めた分身三人はハンマーを構える。
目前には元いた台から降りて、校舎内に向けて歩き出す二宮金次郎像がいた。
既にこの場は学校の怪談のテリトリーだ。
こんな超常現象が起きても、何ら不思議ではない。
そしてその光景を淡々と見つめている面子も、何ら不思議ではない。
重い歩みで、ゆっくりと一歩一歩踏みしめて歩く像に対し、楠がとる行動は一つ。
「ふんっ!」
ハンマーを振り上げ、二宮金次郎像を粉砕する事だ。
三人がかりで頭部を破壊し、胴体を崩し、全体を木端微塵とした。
ふう、と一息吐くと、破片を回収し、ゴミ袋にかき集める。
回収し終わると、バンから新しい二宮金次郎像を出して、元通りに台座の上に配置する。
学校の怪談で題材となる品物は前もって用意してあるため、いくら破壊しようが問題ないのだ。
『音楽室の作曲家の肖像』
「相変わらずの目力だなぁ」
ギョロっと目が動くベートーヴェンの肖像画に特にリアクションも示さず、外枠を掴んで外す。
手慣れた流れで、分身が持ってきていたシュレッダーにかけて処分し、新しい肖像画を取り付けた。
『飛び回る家庭科室の包丁』
「分身サンドバック投入っと」
クッションなどを全身に巻き付けた分身体を家庭科室に放り込む。
獲物を見つけた包丁が次々と分身目掛けて突き刺さった。
背筋が凍るような光景だが、修羅場を潜りぬけてきた経験の持ち主しかいないこの場では、
「分身の有効な利用法デスネ」
「クッションの縛りをもう少しキツくした方が。隙間が危ないんじゃないでしょうか」
「あたしだったら全部噛み砕けるかなー」
誰もまともな反応をしない。
和也も常識人のように思えて、案外そうでもなかったりする。
包丁を回収し終わると、新たな包丁を補充し、家庭科室を後にした。
『何者かに足を引っ張られるプール』
「多少時間はかかるけど、このまま放置。次行こう」
水を全部抜いて終了。
水の中に引きずり込む怪異なのだから、水が無ければ引っ張られようがない。
『廊下を歩く足』
虫取り網で捕獲。
『徘徊する人体模型』
ハンマー。
『校庭に浮かぶ幽霊』
悪霊の類ではなかったため、話し合って成仏させる。
生前の愚痴を散々聞かされるものの、無事に天に還っていった。
こんなノリで、次々と学校の怪談を処理していく、月の綺麗な夜の事だった。
『体育館で自身の首をボールにして遊ぶ子ども』
「ひゅー、ひゅー!」
楠のスタイリッシュ怪談退治の最中、フリーネが懸命に口から風を吹かせていた。
頑張っているのはわかるが、先ほどから掠れた音しか聞こえてこない。
「口笛?」
「うん。夜に口笛を吹くと、お化けが出るって言うじゃない。だから吹けばたくさん来るかなーって」
「……先生の仕事が増えるよ」
「はっ! そうだった! でもだいじょうぶ! あたしが全部燃やすから!」
「ほどほどにしてくださいネ。フリーネさん」
和也とハルから諌められるドラゴン少女だが、本人は妖怪どうこう以前に、口笛が出来ない事がしっくりこない様子だ。
何度もかすれさせながら繰り返し、練習する。
流石に楠も、ふーふーしている赤毛の少女に気づき、自分の首でバスケットボールを楽しむ幽霊の子ども達との試合中だったが、隙を見て声を掛けた。
「口笛ぐらい問題ないよ。むしろしてくれて構わない。なるべく一度、に、済ませたいからうわっ!」
生首ボールが顔面に飛び込み、反射的に仰け反る。
半透明の首無し少年達とのバスケに再度意識を集中させた。
「せんせーからもオーケー貰ったし、カズ君教えてよ口笛!」
「口笛のやり方か……唇の力を抜いて、ほんのちょっと開く感じかな。ごめんよ。具体的なアドバイスは出来なさそうだ」
「習うよりも慣れろだっけ? そういうのってことかー」
和也も口笛を吹いて、見本を見せるが、やはり個人でどうにかするしかない物だ。
真似をし、身に着けようとしても、そう上手くいくものではなく、ひたすら練習あるのみだった。
「時間がかかりそうですシ、ボクは休んでますネ」
ハルは体育館の壁にもたれ掛かって座ると、背負っていたリュックサックからスケッチブックを出して、鉛筆を走らせた。
同じ顔をした楠三人組と幽霊の子どもとの試合は当分終わりそうもないし、時間つぶしには最適だ。
残った和也は両手に電撃を発し、規模や色などを見比べる。
半透明の子どもの生首がバウンドする音を聴き続けるのは、精神衛生上よろしくない。
「バチバチいってますなー。ん? でも何か左手のしょぼいね。右がバッチバチなら、左はバチ的な?」
「それはまあ、雷獣と異能者とじゃ能力の規模が違うからね」
「ふーん。そうなんだー」
一瞬、興味が電気に惹かれたが、すぐに口笛の練習に励むようになる。
つられて和也も口笛を吹きつつ、力の感覚を確かめた。
フリーネに語ったように、天候を左右する雷獣と、コピーさせてもらった先輩には悪いが、体に電撃を纏う程度の範囲との差は歴然だ。
だがそれにしたって、異能者の力は劣化の具合が激しい。
人相手なら頼りになるのだろうが、妖怪を想定すると、何とも心もとない、消えかけの火花のようだ。
というよりも、妖怪の力が元に近い出力だ。
異能は別の能力なり、物なりとセットで使わなければ実戦で使用するには厳しいだろう。
逆に妖怪はその力だけで、戦闘に耐えうる能力を宿している。
本体相手と単純な力比べをするのならともかく、充分な力は残っていた。
そして浮上するのは、戦闘の組み立て方を変える必要性だ。
基本、人間離れした身体能力を軸に、投擲や近接戦闘を仕掛け、コピー能力は状況に合わせて変更していた。
和也の肉体を以ってすれば、戦闘が長引く前に敵を葬るのも可能で、被害が広がる前に終結させるのが最善だ。
さらに生存率を高めるためには、和也を補佐する能力、コピーする相手を見極める事が重要になってくる。
という事だったのだが、異世界での戦場とは違い、想定される敵の多彩さが尋常ではないこの世界で、肉弾戦を主軸にするのは危険だ。
これまで以上に、能力を幅広く、有効に使いこなさなければ、世界を救った勇者とて、命が無事だとは言い切れない。
場合によっては、劣化コピー能力のパターンBを、相手の体質をコピーする状況も考えられる。
戦闘中にするには隙が多いが、平常時ならどうとでもなる。
「あーん! もうだめだー!」
雷を体に纏わりつかせていると、フリーネがとうとう匙を投げていた。
寝転がって、頬を膨らませる。
首を左右に振ると、電気で髪を逆立て、びりびりしている和也が目に入り、ゾンビのように床を這いずり、和也の足に触れる。
「おービリビリしてますなー。きんもちいいー」
「そうなの? ビリビリしてる俺側だと、いまいち分かんないな」
「超気持ちいいよ! 全身で浴びたいぐらい! 子ども達も連れてきたいなー。皆喜びそう」
「うーん、俺は電気風呂じゃないんだが……にしてもフリーネさんは本当に子どもが好きなんだね」
「まーね! 子ども達のためなら何だってできるよ! だって大好きだもん! 遊びだってたくさん覚えたし、みーんなあたしの可愛い友達だからね! 初めて出来た友達だって覚えてるもん」
和也を見据え、にかっと笑う。
その笑顔に、黒いモノなど塵すらなく、心の底から子どもが好きなのだと認識できた。
「優しいなぁ。俺も見習いたいよ。最初の友達とか思い出せないな……最初、誰だったかなぁ……」
昔から友人はいたが、誰が最初かと問われると、いくら頭を捻っても答えが出てこない。
記憶力が良いか、相当印象深い出来事を伴っていれば、覚えているとは思うが、そんな劇的な出会いをした記憶はない。
「ふふーん。初めてカズ君に勝った気がするぞ! やっ……た……? あれ最初の友達って誰だったかな……あれ……?」
フリーネは僅かに眉間にしわを寄せ、自分の頬を手で抑える。
「せっかく感動したとこだったのに……」
「ま、待って! 二人目からは思い出せるの! 一人目は……ええと、確か……赤毛で明るくておっぱいが大きい……」
「それフリーネさんじゃないか?」
「はっ! ふ、不覚!」
あれだけ自信満々だったのだから、もうちょっとしっかりしていて欲しいものである。
和也も若干呆れ、同時に相変わらずのフリーネさんだな、と優しい気持ちになった。
「……いい絵になりそうですネ。ピンときましタ」
じゃれあう二人と、幽霊と生首バスケットボールに励む楠を見て、ハルの絵がはかどってきた。
彼も呑気な面持ちだったが、その眼はどこか遠くを見ているようだった。
楠の仕事が無事に終わると、楠本人は後始末があると、しばらく現場に残り、和也とフリーネはハルに送られる。
一応学校の怪談が退治される様を見学できて、フリーネは満足げに歩く。
だが残念なことに、口笛を諦め、完全に口で歌いながら、地面を踏みしめていた。
「ふふふ、ふふふ、ふっふーふーん」
「口笛はいいの?」
「子ども達と一緒に練習するからいいもーん。あ、そうだ。もしあたしが吹けるようになったら、あたしに何かご褒美ちょうだい! がんばりましたで賞みたいなの!」
「考えとくよ。お、学園が見えてきたね」
「ほんとだ! んじゃねカズ君。お休み!」
「お休み。フリーネさん」
ぶんぶん手を振って、駆け出していく。
それを見送り、和也も帰路に就く。
空を見上げれば、星がよく見えた。
月も夜を明るく照らし、暗闇に光を灯してくれる。
「明日ハ、満月になりそうデスネ」
「そうですね。天気もよさそうですし、月見にいいかもしれません」
「今回、楠さんを怒らせちゃいましたカラ、たまには誘ってみますカネ」
二人で雑談しつつ、家へと着実に近づいていった。
明日は宿題をやろうとか、バイトがあるだとか、そんな些細で日常的な事を頭に巡らしながら。
月はどこまでも闇を照らす。
どんな世界の住人にだって、光は平等だ。
享受する者が世界の影だったとしても、だ。




