第十一話 口下手な妖怪と女神と女子高生
(あ、これ面白そう)
昼も過ぎた頃、清楚な大和撫子風の少女が、目に入った本を手に取る。
和也が釣りに興じている時間、楓はいつもの地味な服装で、街に出かけて本を選んでいた。
夏休みになったといっても、特にやりたい事もなく、宿題も計画を立て、地道に進めているため、時間が相当浮いている。
ルームメイトのフリーネはいつも子ども達と遊び回っていて、クルミにいたっては最近家に居ないようで、連絡がつかない。
要するに、交友関係が狭く、現代の遊びを知らない楓は暇を持て余しまくっていた。
一人寂しく本屋にいるもの仕方のない事なのだ。
しかも若者が滅多に寄らないような、古書や陶芸品が置いてあるような店ばかり回っていた。
人混みが苦手な楓にとっては静かに過ごせて丁度いいが、花の女子高校生がいる場所かと問われれば些か疑問である。
(でも予算を超えちゃうな。うーむ)
あれも面白そうだが、これも買いたい。
けれども金銭的に微妙なところだ。
別にお金がないわけではなく、無駄遣いを避けるために、予め消費していいラインを設定しておき、その範囲で物を買っている。
今回は範囲を超えてしまうため、諦めるしかない。
品定めもそこそこにして、見切りを付けると、レジに本を持っていく。
ここは小さい店で、店主のお婆さんが一人で切り盛りしており、他人との会話が苦手な楓でも流石に顔見知りとなっている。
おかげで気軽にレジに行けるようになったのは僥倖だ。
「楓ちゃん。若い子が来てくれるのは嬉しいけれど、もっとお友達と遊んだら? 夏休みを、こんな古臭い本屋で潰してしまう事はないのよ」
「は、はい。前向きに検討させて頂きます……」
「ほらそんな畏まっていたら、お友達も誘いにくいわよ? 私がもう五○年若かったら一緒に男を漁りに街を練り歩くのに。あなた美人だからいい男が寄ってきそうだわ」
「あ、あさ、あさささりなんて私は……!」
刺激の強いワードに、真っ赤になってしまい、思わず運んできた本で顔を隠してしまう。
このお店のお婆さんは、若き日は相当の遊び人で男にモテまくっていたらしく、会う度に過去の武勇伝等を聴かされている。
一応既婚者らしいが、夫の話はこれまで一度も口にしていておらず、その徹底ぶりに、何だか夫の方が可哀想だなという印象すら抱く程だ。
その後も男を落とすコツだの夜の情事のテクニックを延々と聞かされそうになり、慌てて代金を置いて、一言謝罪してから、店を逃げ出すように飛び出した。
これを見て彼女が、ずる賢く、冷酷で、男を誘惑し、利用し、好き放題暴れた伝承を持つ鬼女の血が流れていると誰が想像するだろうか。
この色事に関する免疫の無さは、母の紅葉にも散々小言を言われたが、無理なものは無理だ。
息を整えて、購入した本を持ち直す。
とりあえず寮に帰って、読書の時間とする。
フリーネも夕方になるまで帰って来ず、しばらく一人。
本を読むには最適な空間だ。
人にぶつからないよう全神経を集中させてしばらく歩いていると、前方から来た見知った人物が声を掛けてきた。
「楓さんこんにちは。お出掛けですか?」
「こ、こんにちは藤堂先輩。今から帰るところです」
二年E組委員長。藤堂紗和。
見る者を魅了する凹凸のあるボディで、それと相反する慈しみ満ちたオーラを纏っている茶髪の少女だ。
おかしな恰好をした忍者に誘拐されるという危機に陥ったものの、無事に救い出され、今も通学中だ。
華美な装飾はしておらず、それでいて地味とは呼べない配色、着こなし、清潔さ、華やかさで、周囲の男の視線が注がれている。
楓と違ってファッションセンスがあって羨ましい限りだ。
彼女は女神のような温かみに溢れた笑顔で、傍に寄ってくる。
あれから交流もあり、楓も気負いなく話せる仲だ。
それでも人と会話する時は、ちょっぴり肩に力が入ってしまう。
失礼だと判っているが、以前と比べれば解消された方だ。
紗和はそんな楓に優しく微笑みながら言った。
「お時間があるのなら、私達とご一緒しませんか?」
「え? えと……あのその……」
「もちろん御無理のようでしたら、お気兼ねなく断って下さい。次は前もって誘わせて頂きますから」
楓は突然のお誘いに、戸惑いを隠せない。
嬉しいに決まっているが、誘いというのに慣れていない楓はしどろもどろになる。
どうせ寮に戻っても本を読んでいるだけだし、後はせいぜい編み物をする位だ。
自分の中で意見を固めて、是非と伝えようとして、違和感に気付く。
「私、たち?」
「はい。今はお菓子を買いに行って下さっていていませんが……あ、どうやら買い終わったみたいです」
彼女が振り向いた先を向けば、いた。
ふわふわとした黒髪が肩に届き、可愛らしい顔つきで、ミニスカートから覗く生足が適度に焼けていて、健康的な肌の少女。
今風のファッションに身を包んだ、彼の妹。
「せんぱーい! 思ったより並んでて時間がかかっちゃって……。 ってあれ楓ちゃんじゃん。どしたのこんなとこで」
きょとんと首を傾げるのは、桐生舞。
異世界帰りの元勇者こと桐生和也の妹だ。
彼女は異能も妖怪も知らない極々普通の人間で、学園の一年A組に在籍している。
和也繋がりで紹介され、一般人で初めて楓と友人と呼べる関係となった人物でもあった。
会話が苦手な楓にも明るく接してくれる気さくな性格をしており、学園で何かあると同性の友人として相談も乗ってくれていて、心から感謝している。
「偶然ここで会いまして、せっかくですからご一緒にと誘っているところです」
「……という訳です」
「そういう事ならおいでよ。楓ちゃんなら大歓迎! 先輩の部屋に面白いゲームあるって言うし、行こうよ! ね?」
「う、うん。私も行こうかな」
「はい決まり! 先輩行きましょう!」
強制連行する勢いで楓の手を握る。
フリーネにも通ずる強引さがあるが、楓からすれば羨ましい行動力だ。
どちらかといえば兄譲りとでも言う方が妥当かもしれないが。
そのまま寮の紗和の部屋まで連れていかれると思いきや、なんと張本人がそれを遮った。
「いえ、予定を変更して、舞さんのお家に向かいませんか?」
「どうしてですか先輩。さっきまで行く気満々だったじゃないですか」
「申し訳ありません。ですが舞さん、少し耳を貸してください」
怪訝な表情の舞を手招きし、楓から離れて肩を寄せ、二人で内緒話を始める。
はっきりとは聞き取れないが、不審がっていた舞が一瞬驚愕し、段々と愉悦に満ちた顔となり、最終的には悪い笑みを浮かべているのが見えた。
「や、やっぱり遠慮しようかな……」
嫌な予感が全身を駆け巡り、向こうの話がまとまらない内に、逃走を試みようとするが、時既に遅し。
「どこに行こうというのかね?」
「ひっ!」
逃がさないと書かれた清々しい笑顔で、がしっと肩を掴まれる。
人間の舞の握力なんて妖怪の楓にはわけないが、謎の凄味にすっかり委縮してしまって体が動かない。
さながら獅子に睨まれた小鹿のようだ。
女神と獅子に包囲された妖怪は為すすべなく、今度こそ家に連行されていった。
「さ、上がって上がって。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも当分戻ってこないし、寛いでって」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します」
乱雑に靴を脱ぐ家の住人に続いて、靴を整える紗和と楓。
連行された先は宣言通り桐生家。
オンボロアパートと称する以外、妥当な表現方法がないレベルのオンボロアパートだった。
その中でも暗がりに位置し、どこか哀愁を誘う。
ただし、外見こそは貧相であっても、部屋自体は綺麗に掃除されていて、清潔感がある。
二部屋しかないが、冷蔵庫の横に制服が掛けてあったり、小さなスペースを器用に使い、窮屈さを感じさせない。
設備のしっかりとした学園寮、実家は大屋敷だったので新鮮に感じた。
一度だけ近くに寄った事はあるが、中に足を踏み入れるのは初めてだ。
しかも好きな人が住んでいる家、緊張でいつも以上に体が固まる。
というより男の人の部屋に来ること自体、初体験だ。
意識をすればするほど、心中が真っ赤に沸騰し、顔も微かに赤く染まる。
不審者極まりない、かくかくとした動作で、ちゃぶ台まで移動した。
紗和も舞も、そんな楓がおかしくて笑っているが、本人からすると死活問題に等しく、笑いごとではないのだ。
三人でちゃぶ台を囲い、持ち込んだお菓子を並べる。
にやにやしている舞がスナック菓子を食しながら、尋ねた。
「で、いつから?」
「……?」
「もう隠さなくていいんだって! ほら言っちまいなYO!」
「……?」
思い当たる節が見つからず、首を傾げる。
一体何がいつからで、何を隠しているというのか。
楓が妖怪だというのは伏せているが、この場合の適切な答えではないだろうし、いまいちピンとこない。
全く理解できていない楓に、半ば呆れた様子の舞は、はっきりと言う。
「だーかーら! いつうちの兄に惚れたかって事!」
「…………」
初め、楓はまだよく理解していなかった。
真顔だった。
心中で咀嚼し、復唱し、そしてようやく舞の言う事が頭に入ってきた。
うちの兄。彼女の兄はクラスメイトの桐生和也だ。
惚れたかって事。和也を好きかどうかという疑問。
誰が? 状況からして楓しかいない。
つまり舞は楓が和也に特別な感情を抱いてないか尋ねたのだ。
そう納得し、返事をしようとして。
「はいぃ!?」
声が裏返った。
表情が出ない顔も崩れ、動悸が一気に早まり、激しく動揺する。
慌てふためく楓に元勇者の妹は腹を抱えて大笑いし、床をばんばん叩く。
「あははっ! はは、はははっ! もう楓ちゃんおもしろくて……ごほっごほ! はーお腹痛いっ……」
「ど、どうして! それを!」
「はは、はは、はぁ……え? もう察し悪いなぁ。さっきの流れでわかんないの?」
大爆笑して息も絶え絶えの舞の視線が、女神へと移る。
静かに微笑んでいるが、どこか面白がっている表情だ。
思い返せば、というか、楓は初めから答えを知っていた。
楓の感情に気づいているのは、把握している限り、彼女だけだ。
呼吸を整え、念の為発生練習をしてから、元凶を睨みつける。
「先輩……!」
「まあまあ。いいじゃないですか。相談相手などよりも、遥かに有能な人材を確保できたのですから」
元凶、もとい藤堂紗和は反省の色を見せず、余裕な態度だ。
勝手に他人に漏らされるのはいい気分はしない。
しかし冷静に考えると、実妹の協力を得られれば、これほど頼りになる味方はいないだろう。
家族でしか知らない情報だって、舞がいれば仕入れる事も可能だ。
それに家庭での和也というのにも、彼には申し訳ないが、興味がある。
ただしそれも彼女が力を貸してくれると約束してくれればの話だ。
爆笑中で話を聞いているか定かでない舞をちらっと見る。
話題のネタとして楽しんでいるだけで、仲間として行動してくれるかは不明だが、様子を見る限り。
「舞さん、いいですよね?」
「はは、もう死にそう……あ、もちろんいいですよ! こんなおもし……友達の恋路は応援したいですから!」
死にかけの舞と、いとも簡単に協力関係は結ばれた。
不穏な言葉が聞こえてきたような気もしたが。
「そうだな~。お兄ちゃんの事、色々教えてもいいんだけどぉ。それだけじゃつまんないしぃ、ねぇ楓ちゃん? 少しぐらい訊いてもいいよね?」
「そ、そんなの……」
「いやこっちも? 慈善事業じゃないんだし? 報酬が欲しいわけよ。ね? 頭のいい楓ちゃんならわかるでしょ?」
時代劇に出てくる悪代官のような悪い笑みで、楓の頬を突く。
いくら色恋沙汰に鈍い楓でも流石にわかる。
胸の内を吐露するのは正直恥ずかしいし、口にするとそのまま消えて行ってしまいそうで怖い。
けれども、仲の良い友人は恋愛話の一つや二つ当たり前のようにすると、母から聴いた。
それに場の空気からして断れる雰囲気もなく、そもそも押しに弱い残念妖怪に、拒否権などなかった。
「うん……」
茹蛸のように染まる顔を隠しつつ、頷いた。
「やっぱ最初はあれかな。お兄ちゃんのどこが好きなの?」
「それは……」
それに満足した舞は、嬉々としてストレートに質問した。
勉強ならともかく、恋愛事を真面目に語るなんて初めての経験だ。
どうしたって緊張してしまう。
けれども本人に伝えるわけでもないのに、こんなに口籠ってしまっては、告白なんてできるはずもない。
楓は正座し、気恥ずかしそうに俯きながらも、弱弱しい口調で話し始めようとする。
「……頼り甲斐があって、格好よくて、誰にでも優しいとことか。普段は真面目で冷静だけど、いざとなると熱くなるとことか。何でもできるように見えて、勉強ができなかったりして可愛いとことか。それに……」
「あーストップ。あなたの気持ちはよく判ったので、もういいです」
両手を突き出して止めさせる。
細々としている割に、言葉がやけに力強い。
しかもまだ話し足りないと不満げに舞を見る。
これはもう、もしかしなくても本気だ。
好きを超えて愛していると表現すべき域だ。
予想以上のベタ惚れっぷりに、少しどころか本気で驚いた。
我が兄が、美少女をここまでぞっこん状態にさせているとは。
家での和也の様子からは想像できない。
舞は不思議そうに首を捻ねる。
「まさかお兄ちゃんがそんなやり手だったとはなぁ。家じゃそんな話もしないし、そもそも興味もないもんだと思ってたよ」
「そんな……桐生君は衆道に……」
「エロ本も見つかんないし、その線は結構本気であるんじゃないかと疑ってたんだけど、まあ女の子惚れさすぐらいにはやる事やってるみたいだし、安心していいと思うよ」
牛鬼に襲撃された時と同等に絶望と衝撃に染まる楓に、一応納得した様子の舞が諭す。
この家に物を収容するスペースはあっても、隠す広さはない。
健全な男子高校生が住む空間なら、一冊はあるだろうと試しに探索した事があるが、和也が趣味で購入した歴史本があっただけで、お目当ての品は発見できずにいた。
全てにおいて今時の高校生からかけ離れている兄は、舞を色んな意味で不安にさせていたのだ。
「ええ。桐生君は普通に女の子が好きだと思いますよ。彼は普通の性癖です。私にはわかります」
女神の声が疑念を真っ二つに切り裂く。
自信たっぷりに言い切る紗和に根拠とか関係なく、何故か信じてしまいそうになる。
これぞ女神のオーラとでも云うべきか、僅かにあった疑念さえもかき消された。
こういう時、彼女の言葉の存在感がとても羨ましいと、楓は尊敬の眼差しで紗和を見つめる。
こんな慈愛に満ち、気品に溢れる女性になりたいものだ。
「先輩がそこまで言うなら、お兄ちゃんは女の子大好きのド変態でいいのかな?」
「そ、そんなに言ってないよ舞ちゃん……!」
楓が控えめにフォローするが、あまり効果はなく、話題は次へと進む。
「そうだ。お兄ちゃんとメールとかしてる?」
「時々は……」
「日本語を変に崩したりしてない? 文字を小さくしたり」
「ちゃんと文章作法は守ってるから、多分大丈夫、だと思う」
「なんか不安だなぁ。楓ちゃん機械の扱い下手だし」
舞からすると、楓の機械に関する『大丈夫』は不安になる。
機械の操作以前に、名称が分からずアレだのソレだのと、ごまかしている状況を時折見かけるため、少々不安だ。
「え、でもこれなら……」
言われて心配になり、携帯を取り出しメール画面を表示する。
おかしな文章になっていないか何度も推敲し、改行で句点等がずれていないか入念に確認もした。
和也から苦言を呈された事も一度もなく、むしろこちらに合わせて丁寧に返事をしてくれる優しさに感激している。
だから自信満々に机の中心に置いたのだが、二人の反応は期待した物とは違っていた。
二人は呆れ気味に顔を見合わせる。
これは流石に予想外だった。
確かに丁寧で、文章作法も正しい。
それはもう正しかった。
【拝啓 桐生和也様 近年にない暑さが続いておりますが、ご多忙のことと存じます。平素は格段のご厚情を賜り、厚くお礼申し上げます。先日の勉強会では……】
確認しておくが、彼女が書いたのはメールだ。
楓なりに必死に考え抜き、適切だと判断した文章だ。
相手に不快な思いをさせないよう、丁寧に書き連ねた魂の文字だ。
だがこれは好意を抱く相手に送るメールどころか、普通のメールですらない。
舞はたまらず言い放つ。
「手紙じゃん! 丁寧の意味が違うっ! しかも会社に送るようなの!」
「え?」
「そのちょっとアナタが何おっしゃってるのか分かりませんみたいな顔やめい!」
「……?」
「首を傾げるな! 相手は会社じゃなくて男なの! 一般家庭に育つ男子高校生なの! いや全然男子高校生ぽくないけど!」
「…………?」
「お願いだから分かって! 普段メールしてる時は普通なのにどうしてこうなった!」
根本的にこの少女はズレていると、改めて認識した。
初めて会った頃は清楚で、どこか魅惑的で氷のような冷たい表情の少女だと思ったものだが、話せば話すほどボロが出る。
本人は隠しているつもりはないのだろうが、肝心な所がポンコツというか何というか。
初対面での印象がここまで違うのも珍しい。
「そうだ。お兄ちゃんはどんな風に返信くれたの?」
「普通に返してくれたよ?」
画面を切り替え、和也からの返信メールを本文が見えないよう手で隠しつつ、差し出す。
【拝復 この度はご丁寧なお手紙、ありがとうございました。勉強会でのご指導は教師顔負けの……】
「悪ノリしちゃったよあの兄!」
「え?」
「もうそれは止めて!」
「え?」
「もうイヤだ!」
魂の咆哮を轟き、精根尽き果てた後、ぜえぜえと息を吐く。
他人のフォローが上手い兄だと信じていたのに、あろうことか律儀に返信してしまっている。
性格的に面白がっているよりは、楓ならこういう文章でも不思議じゃないと思っていそうだ。
食卓でクラスメイトの話題が出た事があったが、楓については『時々妙な行動をするけど、とても優しい子』と言っていたし、もはや多少の変な部分は許容範囲内なのだろう。
「と、とりあえずもうメールはいいや……別の話にしよ。服装とかさ」
これ以上ツッコんでいたら埒が明かない。
メールに関しては勝手によろしくやってくれればそれで良しとしておく。
「ふ、服?」
「だって楓ちゃん超地味じゃん。清楚なのはいいけど、もっと色気を出していかないと」
「そうですね。楓さんの服装改造は急務です。せっかくの良さが死んでしまっていますから」
舞の意見に、紗和も同意する。
無駄な装飾はせず、清楚な雰囲気を出す。
聞こえはいいが、センスがなくては、地味でダサい格好と言える。
素材は極上なのだし、靡いてこない男を落とすなら、もっと工夫が必要だ。
「学園の外で見かけても似たような服しか着てないけど、他にないの?」
「今着ているのと同じ種類を数着と和服、くらいかな?」
「えぇ! 駄目だよそんなのじゃ! もっとお洒落しなきゃ! ちょっとこっちに来なさい! ちょうどいいのがあるから!」
「わ、ちょ、引っ張らないでぇ……!」
襖一枚で遮られた奥の部屋に、本日二度目の強制連行。
紗和は相変わらずの和やかな微笑なまま見送った。
ああ、なんて至福の時間なのだろう。
女の子しかいない空間にいて、この幸福感を噛みしめる。
美少女同士の絡みが目前で繰り広げられているだけで、昇天してしまいそうな勢いだ。
表情には一切出てこないが、心中は桃色空間が展開中なのを、当の本人達は気付かないし、一生知る事はないかもしれない。
しばらく楓の悲鳴と物音が連続的に響いていたが、次第に収まり、いい仕事をしたと満足そうな顔が出てきた。
「どんな服にしました?」
「お兄ちゃんが『舞がアイドル目指す事があった時用の服』とかいう意味不明な理由で作った服があったんで、それにしました。この際露出度高いのを着せて、慣れさせて行こうてな感じで」
「悪くないですね。それで楓さんは?」
襖の隙間から僅かに楓の髪の先や、スカートらしき物が見えるが、ちらっと見えるだけで全貌までは視認できない。
「ほらもう! 諦めて出てきなさい!」
「えぇ……こんなに肌が……恥ずかしいよ……」
「いいの! どうせ女の子しかいないんだから!」
「うん……」
舞に後押しされ、諦めてすごすごと現れる。
その姿に紗和は息を呑む。
「あまり、見ないでください……」
素晴らしい。
その一言だけしか頭に浮かんでこなかった。
いや今の楓を表現するのに、的確な言葉が思いつかなかった。
黒を基調とし、薄手の生地がスタイルを強調する。
フリルをあしらったスカートはその白い柔肌をこれでもかと魅せつける。
製作者の意図からは外れているが、素材の良さを上手く引き出していた。
布に包まれていた肩や足を大胆に晒しただけでも得点は高いが、恥ずかしげに頬を染める大和撫子風美少女というのが良い。
慣れない服を着て、下着が見えないか気を遣い、羞恥に身を捩る。
素晴らしい。
これほどまでに可愛らしいモノがあるのだろうか。
いいや、ない。
恥ずかしがる美少女こそ至高。
恥のない女性に品位もエロさもありはしない。
全ての事柄は恥に直結する。
それがこの世の心理である。
気付いた時には携帯の写真を撮りまくっていたのも仕方のない事なのだ。
「せ、先輩! 恥ずかしいから止めてください……!」
「私は今日この日のために生きて……こほん、ただの記念写真ですからお気になさらず」
「いくら何でも撮り過ぎだと思いますっ。せめてボタンの連打は止めて欲しいです!」
その可愛い顔をさらに赤く染め上げるがいい。
女神らしからぬ鬼畜な感情を裏に潜めながら、写真を撮り続ける。
当然画像だけでなく、目にも焼き付ける。
先程から瞬き一つせず、脳内メモリーに永久保存中だ。
今日この日、この一瞬のために生きてきた紗和はこの光景を一生忘れはしないだろう。
「舞ちゃん……もう着替えてもいいかな」
「えーこのままでいようよー。まだお兄ちゃんに見せるわけじゃないんだし」
「み、見せるって! そんなの……」
「駄目だなー。そんな姿勢じゃ。ほとんどの女の子から『お兄ちゃん』として欲しい扱いのうちの兄だけど、その内どっかの女とくっつくかもしれないよ? 無駄に知り合いも多いし、有り得ない話じゃないでしょ」
「それは……」
妥当な言葉が見つからず、口籠ってしまう。
実際のところ、和也は女子にモテているというよりも、頼りになる兄として人気がある。
男からしてみれば、女の子に囲まれて幸せそうですね、死ね、といった感じだが、現実は少々違ったりするのだ。
本人に恋愛願望がないせいでもあるが、和也のスペックが高校生の枠を超えてしまっているのが一番の原因だろう。
人間には平均を好む傾向があり、美人だの美丈夫だのといっても、結局好かれやすいのは飛び抜けて優れた人物でなく、普通の人間だ。
その観点でいえば、和也は勉強以外ならオール八〇点のような人であるので、恋愛対象として扱われにくいのかもしれない。
ただし。和也がその気になればいつでも恋人の一人や二人できそうではある。
普段彼女なんていないし、浮ついた話もしない人間が、ある日突然結婚しました報告するパターンだ。
そんな事になる前に、攻勢を仕掛けるべきという案は悪くない。
「この破壊力抜群のスーパー楓ちゃんなら、あの不能お兄ちゃんも揺れ動くはずだよ」
「その通りです。劣情を抱いても不思議では、いえ抱きます」
「れ、劣情なんて……! あわわ、わわ、あたっ!」
「ちょ、楓ちゃん動揺し過ぎ! って私まで巻き込ま、ない、で! きゃっ!」
気が動転し、何もないところでバランスを崩した楓は、隣にいた舞に衝突して二人して倒れる。
楓が舞に覆い被さり、相手の息遣いがはっきりと分かる距離まで、顔と顔がぐっと近づく。
男と女だったらロマンチックな雰囲気になるのだろうが、お生憎女と女。
きゃっきゃうふふな展開になる事もない。
ただ一人を覗いて。
(いけないいけない! これは流石に私でも冷静では……!)
よからぬ出血を抑えようと、女神という名の変態が机に突っ伏す。
ここは楽園なのだろうか。
いや本能を静める苦行を考慮すると、地獄といった方が正しい。
今すぐにでも手を出したくなる煩悩を奥底に殴りつけ、体を震わせながら耐える。
花は摘まず、手が届かない位置にあるからこそ美しい。
横から、眺め、愛でるだけ。
それが正しい愛し方なのだ。
たとえ顔面を机に押し付け電動ノコギリのように振動する不審者になったとしてもだ。
「ごめんなさい……すぐどくね」
「いいよ全然。楓ちゃん軽いし」
楓が舞の上から動こうとした瞬間。
「ただい……ってきまーす」
扉が開き、即座に閉まる。
突然の出来事に誰も反応できなかった。
しかし、たった今、爽やかな笑顔から真顔になっていたのは桐生和也だ。
楓なら見間違うはずがない。
賭けてもいい。現実でも夢でも見ているのだから、絶対にあれは和也だ。
舞の言い分だと、しばらく帰って来ないはずだったのだが、今は関係ない。
何故か速攻で退散した理由を知るためにも、現在の状況を整理してみよう。
唇と唇が触れ合いそうなほど接近している妹と級友、そして机に顔を押し付けて全身を痙攣させる先輩。
実情はさておき、これを見て、正しく現状を把握できる人間がいるのだろうか。
あの反応を顧みるに、完全に勘違いしている。
実の妹がクラスメイトと禁断の領域に足を踏み入れてしまっていると。
一番早く我に返った楓が異常な速度で立ち上がり、部屋を出る。
「桐生君! 誤解だから! 帰ってきて! お願いだから帰ってきて!」
幸い、和也は呪詛のように何かを呟きながら通路を歩いていた。
初めてこんなに声を出し、淑女としての品格が疑われるが、この際そんな事はどうでもいい。
ここで訂正しなければ、後々不味い事になると、直観が告げていた。
「……ほら最近は世間も大らかになっているし、愛の形は人それぞれだから、俺は気にしてないよ。気にしてない。あと服似合ってるね。流石立花さん」
「あ、ありがとう……じゃなくて! 私は至って普通だから!」
「ああ、そりゃあんな状況を見られたら否定したくなるよね。大丈夫、俺はそういう恋愛もあるって分かってるからさ」
「お願いだから……! こんな時まで気遣わないで……!」
「実は制服取りにきたんだけど、邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行くよ」
「待って! せめて話を聞いてください! お願いっ!」
空気を読んで去ろうとする和也を必死に引き止める。
服が乱れて色々と大変な事になっている事に気づいてその場に座り込んだり、その後も騒動があったが、舞と紗和も加わり、何とか説得に成功した。
まさかの本人登場というサプライズもあっても、仲が一ミリも進展せず、それどころか誤解される恋する乙女。
……彼女の恋が成就する日は遠そうだ。
体調と時間的な余裕がアレなので、週一更新に切り替えます
申し訳ないです




