第八話 ドラゴンは小学生と戯れる
「フリーネおねーちゃん! かくれんぼであそぼー」
「いいよー! 広場の中限定ね! じゃああたしが鬼やるから皆逃げてね! いーち、にーい」
「はやっ! み、みんな隠れろー!」
夏真っ盛りの今日。
照りつける太陽の下、広場を元気に駆け回る男女混合の小学生達と、女子高校生がいた。
額を濡らす汗をも原動力として、子どもらしい無邪気さを振りまきながら、目一杯楽しんでいる。
フリーネ=ドラゴニックは、普段は学園から離れ、近くに住んでいる小学生と一緒にいる事が多い。
最初は食べ物目的で街を練り歩いていたが、持ち前の明るさであっという間に色んな人と仲良くなり、特に小学生と波長が合った。
周りの大人も多少不安でも、微笑ましい目で眺めていた。
だからこうして暇な時は、暑かろうが寒かろうが、外に出かけて、時間を共にする。
お洒落とかゲームよりも、外で太陽に肌を焼かれていた方が性に合うのだ。
「さーん! しーい!」
フリーネは髪と同じ赤色のTシャツにショートパンツ、薄汚れたランニングシューズという一般的な女子高校生とはかけ離れた格好だ。
基本的に動きやすい服装が好みなのだ。
アクセサリーやらブーツやらも、邪魔くさくて仕方がない。
可愛いとは思っても、自分が身に着ける気は起らない。
だが、この飾りっ気のない姿だからこそ、こうして子どもに好かれているわけだが、走るたびに揺れる丘に、大胆にも晒される瑞々しい太ももなど、たまらない体つきだ。
男が放っておくはずがない。
さらに眼を瞑り、木に張り付いて数えているために、胸が押しつけられ、爆発寸前のとんでもない状態となっていた。
「九八、九九、一○○! わははー! 皆どこだー!」
しかし残念と言うべきか、不幸中の幸いとでも表現すべきか、肉体は豊満で魅惑的なのに、本人から全く色気が感じられない。
天真爛漫で、どこか幼さが残り、走り回るその姿はまさに子どもそのもの。
運動能力も人間の比ではなく、強引に引っ張られても難なく突破してしまう。
道に障害物があっても、無視して突っ込むぶっ飛び加減に、さすがの男達もついていけない。
同じ学園の男子生徒も、いつでもどこでもテンションMAXのフリーネには、疲れてしまう。
逆に女子からは好意的に受け入れられており、女子に嫌われがちなクルミとの間を取っている。
単に、友人という関係なら、男子も女子からも非常に評判のいいのがフリーネという少女だ。
「くくく、あたしから逃れられると思うなよー!」
肩をぶんぶん回し、張り切って捜索に乗り出す。
この広場で隠れられる場所は、そう多くない。
ベンチの裏の茂みや、噴水の影、アイスクリーム屋さんの裏、もしくは大人がいる場所に紛れるぐらいだ。
悪代官のような邪悪な笑みで、候補の場所に向かう。
まずはベンチ裏の茂み。
以前、フリーネと武蔵が和也と楓の話を盗み聞きした所だ。
じっと見詰めていても、変化はない。
そこで別の場所に行くふりをして、再び振り返る。
すると葉が微かに揺らめいていた。
にやり、とほくそ笑むブラックフリーネ。
迷いのない足で、茂みに突撃する。
すると案の定、どうにかごまかそうと地面に伏せて顔を隠す少年がいた。
「はい見っけ! まずは一人~」
「あーあ……うまく隠れられたと思ったのになぁ」
「ふっふっふ。このあたしを出し抜こうなんて一○○年早いんだよ!」
満足げな顔で、次の獲物を求めて移動する。
頭に葉が乗りっぱなしだが、気にする素振りはない。
どんどん目星を付けた所を探していく。
容赦のない入念な探索により、次々と捕まえられる子ども達。
「見っけ!」
「見つかったか……」
「見ーつけた!」
「うわ! 何でバレたんだよチクショー!」
順調なペースで子どもを発見し、一○分程費やして、隠れていた全員を見つけ出す。
この遊戯マスターフリーネにかかれば、造作もない事だ。
負けじと子どもも、やたらでかい胸を張る高校生に食い下がる。
「もう一回! もう一回やれば絶対俺らの勝ちだかんな!」
「その意気だ! お姉さんに勝ってみなさーい!」
こんなアホっぽいお姉さんに負けるのは子どもでも癪だ。
ばちばちと睨みあう両者には、怒涛のオーラが纏わりつくようだ。
フリーネも負けるつもりはない。
いつだって全力勝負の彼女は手抜きなんて器用な真似は無理だ。
本気で対決したところで、勝敗は五分五分だったりもするのが、らしいと言えばらしい。
手加減なしで向かってくれるのは、子どもにとってもありがたい事だが、それとこれは話が別である。
次はこてんぱんに勝ってみせると意気込む小学生に胸を張る女子高校生は全員を見渡すが。
「あれ? そういえば、さっちゃんいない?」
一人ずつ丁寧に数えて、確認する。
日によってメンバーは入れ替わるし、数も変わるが、毎日のように来る子もいる。
家庭の事情や気分でいない子もいるが、そういう時は大体何人かまとまっていた。
しかも彼女だけがいないのは何だか不自然だ。
小学二年生の高木里美、友達からさっちゃんと呼ばれる女の子は明るい子だったが、フリーネよりも遥かにしっかりしていて、お姉さんポジションを脅かす少女だった。
「うん。さっちゃん頭痛いから今日は無理だって」
「おとといの終業式の日も休んでたよー」
「せっかく半日で終わるのにもったいなかったよなー」
どうやら和也と広場で話していた日も、体調が悪かったようだ。
あの時はいつもの人数の半数にも満たず、気にも留めずにいたが、これは気に掛かる。
「心配だねー。うーん皆でお見舞い行こうか! さっちゃんなら喜ぶだろうし!」
明暗とばかりに手を叩く。
しかし、子ども達は顔を見合わせる。
「全員で行っても邪魔だって」
「治ってないのに来られても迷惑」
「そうそう」
「そんなのもわかんないの?」
「う、うん……そうだね。じゃあ止めようね……」
ぼっこぼこに言い負かされ、ぐうの音も出ない。
これでも一応高校生で、相手は小学生だ。
年上の威厳なんてこれっぽっちも存在していない。
小学生の冷たい視線に晒され、わざとらしく喉を鳴らす。
「ごほんごほん。それにしてもさっちゃんが風邪なんて珍しいねー」
「うわー話逸らしたー」
「うわー」
「だっせー」
容赦のない追撃がフリーネの心を抉る。
ドラゴンなだけあり、この中どころか、学園でも最高齢に部類する少女で、相手は八歳児の集団だ。
見方によっては年下よりも精神年齢が低そうだ。
フリーネは小学生の野次に晒され、本気で涙を流し始める。
しかもいじけて体を丸めこむように座り込んだ。
「うぅ……あたしだってもうちょっと考えればわかったもん……」
「ああえっとごめんよ、ねーちゃん」
「フリーネおねーちゃん元気出して!」
「お菓子あるよ?」
「ほらこのティッシュで拭いて」
「ありがと……みんな……!」
総出でフリーネを慰め合う。
やれやれと小学生に気を遣われる、数百年を優に超える年月を生きたドラゴン。
駄目な大人の面をあえて見せる事により、子どもに気を配らせる技術を学ばせる機会を作っていると考えれば、まだ、ぎりぎり、何とか言い繕える範囲、なのかもしれない。
「さっちゃんは変な物見たとか何とか言ってたかな」
「うん。それで気持ち悪くなっちゃったって」
「あとすごい怖かったとか」
「忘れ物取りに学校に戻ったときに見たんだってさ」
「夢でも見てただけだと思うんだけどねー」
どうにかフリーネを立ち直らせようと、口々に里美の話をする。
彼らにとっては、里美の見間違いで、一時話のタネになるぐらいだったのだろう。
面白がるだけで、深い意味なんてないのだろう。
実際いたら楽しそう、とかその程度の考えなのだろう。
けれどもフリーネにとっては違う。
気持ち悪くなって、怖いもの。
該当するモノに心当たりがある。
過去何度もソレらとの戦闘を繰り広げていたフリーネにはわかる。
(たぶん……妖怪。しかも学校に居ついてるのかな?)
妖怪。
古今東西、妖怪に関する伝承が残っている。
空にも山にも川にも街にも、学校にもだ。
長年培ってきた経験が、何かを感じ取っていた。
伊達に長生きはしていない。
子どもを傷つけるような悪い妖怪は早めに対処しておくに限る。
フリーネは皆のお姉ちゃんだ。
妹や弟に危害を加えられて黙ってはいられるはずがない。
涙を拭い、よろよろと立ちあがる。
「……今日は解散!」
「ええ!」
「まだ遊び始めたばっかなのに~」
「ごめんね! 急に用事を思い出しちゃった!」
大げさに笑ってごまかす。
不満そうだったが、子ども達は各々で遊ぶ。
別にフリーネがいなくたって、遊ぶには事欠かない。
とりあえず、まずは里見に会いに行って、話を訊く。
最低限相手は知っておきたいし、何よりも彼女が心配だ。
事前に情報収集する事ぐらいは、頭の回らないフリーネにだってできる。
家族の方とは顔見知りだし、一人ならきっと会わせてくれる。
集団は負担が大きいからという理由だからであり、個人のお見舞いは余程体調が優れない限り、許されると思う。
杞憂に終われば、それで良し。裏に危険があれば、ドラゴンパワーでぶっ飛ばす。
超絶的までの脳筋思考だけども、いつだってこれでやり通してきたフリーネには自信がある。
両頬を手で叩いて気合を入れる。
たった今から頼れる皆のフリーネお姉ちゃんから、クールに事件解決をする格好いいフリーネお姉さんにジョブチェンジだ。
と、フリーネなりに必死に考えて、ふと思った。
――さっちゃん家どこだっけ?




