第五話 魔王直属戦闘指導部隊
「ふふふ、ふふ……」
日が落ち、暗闇に染まる道に長髪で顔が隠れている女性がいた。
不気味な笑いを零し、表情こそ窺えないが、実は童顔で、可愛らしい顔をしている。
赤い染色が施された服を着こなし、長い腕を露出させる女性というよりは女の子と表現した方が正しいかもしれない。
年下好みの男なら、声を掛けてしまうぐらい可愛らしいだろう。
ただし。それも彼女に両足があったらの話だ。
膝から下が引き千切れられたかのように、肉が抉れ、骨が突き出ている。
血を垂れ流しながしてもおかしくない傷なのに、不自然な膜が形成され、流出を防いでいる。
奇妙な音を立てながら、地面を這いずり進む
蜘蛛のように腕を巧みに操り、魔王の館へと迫る。
妖怪。てけてけ。
下半身が失われ、足を求めて人間を襲う亡霊。
両腕で移動する音が、てけてけ、と聴こえるのが、名前の由来だ。
都市伝説として有名だが、この世界の法則に則って、彼女もまた妖怪としてこの世に現出していた。
生まれて日の浅い妖怪ではあるものの、知名度は高く、上位妖怪に匹敵する実力を持つ、強力な個体だ。
「ほれっ。お前が求む美しい足は、もう僅かだぞ」
枯れた声の主は、てけてけから離れた場所の、木々に身を潜めていた。
平べったい片目に、成人男性よりも大きい足が一本。
丸くて醜い顔にそれらのパーツが直接くっ付き、絶妙なバランスを保っている。
妖怪。一本だたら。
和歌山県で知名度があり、宙返りをしながら、足跡を残すだけで、人間に危害を加えない物の怪と知られている。
全国でも目撃情報が大量にあり、総称として一本足としてまとめられている。
ところが、土地によっては人を襲う一本だたらも伝承として残っていて、この個体は人を襲う性質が強めで、汚い。
「足ぃ、私の足はどこなのぉ……!」
息も絶え絶えの形相で、充血した眼で、目標へと前進する。
強烈なまでの足への執着心。
一本だたらは、実に誘導しやすかったと心中で、ほくそ笑む。
彼の目的は件の魔王から、異世界へ渡る方法を聞き出す事だ。
一本だたらは、長年生きてきて、現状に大いに不満があった。
知名度が全ての妖怪は、序列も強さも明確に格付けされている。
伝承で武の逸話が残っていない妖怪でも、知名度があればどんな強面の妖怪よりも強い。
いくら強大な言い伝えがあっても、人間に認知されていなければ、無能同然。
当然だが、知名度を高めようと試みる妖怪は大量にいた。
人を襲う、本にして世に広める。方法はいくらでもあった。
しかし、既に有名となった妖怪や忍者の妨害によって、そのどれもが失敗に終わっていく。
無暗に人を襲えば忍者に葬られ、創作家は上位妖怪に監視され、接触さえできない。
自らで書こうにも、そのような知恵も技術もない。そして妖怪によっては魅力もない。
時には些細な事から、一気に爆発的に広がり、のし上がる妖怪もいる。
ぬらりひょんや、目の前にいる、都市伝説系統から発展した若い妖怪だ。
上に立ちたくとも、現実は厳しく、半ば諦めようとしていたその時、一筋の光が差した。
清条ヶ峰学園に、異世界から魔王が訪れたのだ。
異世界。
それまでは存在も危ぶまれ、眉唾ものとして会話の摘まみ程度でしかなかった。
だが、現に異世界から魔王が現れ、学園に通っている。
その事実は、辛酸を舐めてきた妖怪達からすれば、高揚感を覚えずにはいられない。
地球で出来上がってしまった勢力図を、伝承をどうとでも創り返られる。
能力も容姿も自由自在。行く価値はあった。
魔王本人も妖怪や異能者の勧誘をしているという噂も相まって、多くの妖怪が彼女に接触を持とうとした。
(思い出すだけで腹が立つ……!)
けれでも一本だたらは異世界へ渡る事はなく、光は再び闇へと消えた。
自宅の位置を公開している魔王の元に、数こそいなかったが、何体か妖怪が訪れた。
皆、期待に満ちた表情で、新天地に心躍らせる者もいた。
しかし、この世界で実力のある者にしか要はなく、門前払い。
本人に会う事すらなく、まさに一蹴されたのだ。
たまらなく悔しかった。
せっかく現状を打破できると思ったのに。
惨めな思いをしなくて済むと思ったのに。
異世界行きの切符を手にした者は、どれもが強力な妖怪や異能者。
一本だたらのような、山に入った人間を襲い、飛び跳ねるしか能のない妖怪は声を掛ける事も、掛けられる事機会すらない。
彼らは知る由もないが、クルミの目的は優秀な人材の勧誘。
能力のない者なんて相手にしていないのである。
期待した分、優秀な輩への妬みの分、それだけ憎しみも反動で増した。
だからこうして、今は配置について機を窺っている同志と共に、強引に異世界へ行く方法を聞き出そうと奇襲を仕掛けようとしていた。
逆恨みだとか、そんな事はどうでもよかった。
どうせ失う物もない。
この業火のような激情が収まらない内に、溜りに溜まった鬱憤を晴らさせてもらう。
一度燃え上がった炎は早々消えないのだ。
てけてけは、近隣の町で彷徨っていたのを連れてきた。
生まれたばかりで、伝承でも知能に関しての記述はないため、知性は感じられないが、陽動としては役に立つ。
現に、どうやら館正面の道で戦闘が始まったらしい。
戦いの余波で発生する衝撃音が、こっちにまで伝わってくる。
うまく敵を誘導できた事に、歓喜に震える一本だたら。
そして冷静な思考へと再度切り替える。
今のところは順調だが、相手は魔王の名を冠する者。
気は抜けば、こちらが殺られる。
乾いた唇を舐め、木陰に隠れながら、目標の館を目視する。
眼で視認できる距離まで接近できてはいる。
それでもまだ襲撃を掛けるには程遠い。
涼やかな夜の風が木の葉を揺らし、ぬかるんだ土が木の根のような足を汚す。
魔王側も存在は気付いてはいるだろうが、てけてけに意識は向いているだろう。
現に未だに一本だたら達に攻撃をしてきていない。
付近に散った仲間の位置を確認しつつ、じりじりと距離を詰めていく。
一歩ではあっても、確実に近づいている。
(あともう少し……あと少――)
「見―つけた」
一瞬、心の臓が止まる。
すかさず声が聴こえてきた方向に振り返るが、既に手遅れだった。
空気を裂く音が数瞬した途端、最も近くにいた仲間の首が宙に舞うのが見えた。
血が噴き出す間もなく、体全体が細断され、原型が何だったのか想像できない、ただの肉片へと変貌する。
悲鳴すら許されず、仲間が肉の塊になる。
その事実だけで、一本だたらは残った仲間を放り出し、一目散に来た道を逆走する。
たくましい一本の足で器用に跳ねながら、逃げる。
見てくれなど気にする暇はない。
此処にいたら殺されるのは目に見えていた。
一旦距離を取る必要がある。
空を切る音が、一体にまた響き渡る。
静寂を切り裂きながら、確実に命を散らす音が鳴る。
一本だたらの推測が正しいのなら、こんな芸当ができるのは――
「風に斬られて逝っちまいな」
上位妖怪。鎌鼬。
イタチのような姿をし、風に乗って現れる怪異。
鋭い鎌の如き両手を持ち、剃刀じみた前脚を持つ。
各地に伝承が残っており、共通する点は人に切り傷を残し、襲う事。
正体は定かでなくとも、結果はどれも同じだ。
地域によっては野鎌、風鎌とも呼ばれている、全国でも有名な妖怪である。
手の切れ味もさることながら、風も巧みに操り、相手を切り刻む。
さらに知名度の高さもあって、非常に強力。
雷獣、牛鬼以上の攻撃特化型だ。
「早く始末しないと、魔王ちゃんに怒られちゃうんで、さっさと死んでくれ~」
間延びした、何とも呑気な声で、物騒な事を言う。
鎌鼬は清条ヶ峰学園の三年E組に在籍し、卒業しても特にしたい事もないので、クルミに勧誘され、軍門に降った経緯がある。
日常生活では童顔の小柄な少年に化け、風間切と名乗り、女子のスカートを風で巻き上げつつ、学園生活を満喫している。
鎌鼬だけでも相当命が消される確率は高いのだが、一本だたらの悲劇はまだ終わらない。
「どうしたどうしたァ! 骨格が柔いぞォ!」
根太い男らしい咆哮が木の葉を激しく揺らす。
木々を薙ぎ倒し、それは姿を現した。
禍々しい歪な空気を発する、人間の骨格がそのまま巨大化したかのような怪物。
上位妖怪。がしゃどくろ。
戦死や野垂れ死にし、道半ばに朽ちた死者の残骸の集合体。
怨念、無念、憎悪などが練られ、混ざり、人間時とは比べられない力を手にした骨の巨人である。
伝承の残る多くの妖怪と違い、二〇世紀後半の研究家によって創作された、若い妖怪だ。
主に忍者の妖怪研究の一環として、創作妖怪の知名度による変化を観察する実験が行われるケースも稀にあり、妖怪の妨害も退けられ、誕生した。
せいぜい家に堂々と居着くしか出来ない凡庸な怪異から、妖怪の総大将となったぬらりひょんもその一例だ。
三年E組在籍で、髑髏川骨児と名乗っている。
人間時は巨漢の姿をし、頼りになる番長として学園で人気を博していた。
彼は古い風習に囚われた妖怪に嫌気が差し、クルミの勧誘を受けた。
二体の妖怪を菓子でも喰らうように噛み砕く様は、まさに怨念と死者の妖怪と云えよう。
その口には誘導用として突撃させていた、てけてけが含まれていた。
「私の足はどこぉ! どこなのぉ……!」と悲痛な叫び声が弱弱しく聞こえてきたが、間もなくグシャグシャに潰され、飲み込まれた。
「鎌鼬に、がしゃどくろ……これは、勝てん……!」
一本だたらは即座に判断する。
撤退しかない。
所詮、跳ねるか踏み潰すしかできない一本だたらでは無理がある。
てけてけが戦闘を開始した瞬間に、全員で館に突撃するべきだった。
様子見などする余裕なんて存在しなかったのだ。
いや、魔王に復讐してやろうなんて考えたのが間違いだったのかもしれない。
最初から勘付かれていて、遊ばれたいと推測した方がしっくりくる。
頭が冷静になってくると、途端に狭まった視界が広がっていくような気がした。
同時に体全体に暗く重い絶望が染み渡る。
こんな逆恨みの無謀な攻撃は、命を無駄にするだけだ。
初めからうまくいくはずがない。
残された選択肢は逃走のみ。
無規則に動き回り、風の刃を躱しながら、駆け抜ける。
(しばらく身を隠すしかないっ。でなければ……殺られる!)
妖怪はその身が滅びようとも、存在が消える事はない。
供給源となる人間がいる限り、いずれまた蘇る。
ただし、死と同時に、生まれてからの記憶と経験と、培った技術は無に還ってしまう。
自分であり、自分ではない、新たな妖怪として生まれ変わるのだ。
実質別人として生き返るのなら、死を避けるのが道理だ。
この魔王からの仕打ちも、憎しみも忘れないためには、逃げて生き残るしかない。
鎌鼬の追撃を何とか避け、館から離れようとするが、がしゃどくろが死体を投げ飛ばし、妨害する。
怒りに満ちていた仲間の死体が、間近を横切り、思わず仰け反り、勢いあまって転がってしまう。
死への恐怖から、懸命に態勢を立て直し、突き進もうとすると、前方にメイド服を身に着けた、妙におどおどした黒髪のおさげの少女がいた。
おそらく魔王側の人間なのだろうが、後方からは鎌鼬にがしゃどくろ。突破するなら明らかに弱そうな人間を狙うしかない。
そう考えると、瞬間的に少女目掛けて突撃していく。
彼女の真上まで飛び上がり、筋肉の塊のような太い足で踏み潰そうとするが、
「なにぃ!」
少女の頭上五メートルで、謎の壁によって阻まれる。
透明な壁は、池に滴を一滴垂らして波紋を描くように、衝撃を受け流す。
一本だたら自慢の脚力があっさりと無効化されたのだ。
唯一自慢できる能力を簡単に防御したのにも関わらず、何故か一本だたらよりも、少女の方が驚いていた。
「ひぃ! あ、でも壊れてない……? うん壊れてない。ふぅ……よかった」
異能『結界障壁』保持者。藤美守。
物理的干渉を完全にシャットアウトし、目視不可の結界を創り出す能力だ。
結界で相手の攻撃を防いだり、相手を結界に閉じ込める事も可能。
やろうと思えば結界内に人がいても、外からは見えないように出来る。
射程は本人から二○メートル。最大結界は縦横一〇メートル、高さ一○メートルの四角形。最少は縦横二センチ、高さ二センチと、幅も広い。
けれども、本人がいつも不安がっているため、日によって能力の強弱が違う、些か不安が残る残念仕様だ。
彼女は異能のせいで家族に捨てられ、風魔忍者の研究機関で実験の日々を送っていたところを、クルミに勧誘され、自由を求めて配下となった。
戦闘面ではなく、その能力の応用の幅と防御力を評価されており、攻撃力全振りのインデスト人においては貴重な人材だ。
ちなみにメイド服なのはクルミの趣味で着せているだけで、大した意味はない。
「く、そ……!」
攻撃が効かない事が判ると、瞬時に逃げようとする一本だたら。
しかしもう終わりだ。
「つーかまえた!」
二度と聞きたくなかったお気楽そうな声が耳に届いたと思うと、理解した途端、一本だたらの体は真っ二つに両断された。
彼が最後に見たのは、自慢の大木の如き脚。
皿のような眼は、それっきり何も見ることなく、風の刃によって細断されていった。
そうして翡翠の粒子となり、空へと静かに、ゆるやかに消滅した。
「美守ちゃんさっすが! あいつ意外と素早くて、なかなか当たんなくてさ~」
「もう本当に怖かったんですよ! やるなら、きっちりしっかりばっちり殺ってください! バカバカバーカ!」
「ええ! 僕も結構頑張ったと思うんだけどな~。九体中六体は僕が殺ったのに……それでも言うの?」
「えと……それは……」
「どうなの? 言ってみ? 言ってみ?」
「う~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
鎌鼬は美守に宙を漂いながら、近寄り、肩に乗っかかると仲睦まじげに労を労う。
顔を真っ赤にして唸るメイド少女をからかってはいるが、彼らからしたらよくある光景だ。
「あー骨が足りん。骨が足りんぞォ! どいつもこいつも骨格が貧弱じゃ!」
「うわっ、髑髏川さん! 口から髪の毛みたいの出てますよ! 髪!」
「あん? さっきの女のか。ちっともうまくなかったのう……」
骨形態から、人間形態に徐々に変化し、鎌鼬達に歩み寄るのは、妖怪を食い荒らしたがしゃどくろ。
ペッ、と喰らった妖怪の物と思われる細い髪の毛を吐き出すと、爪楊枝で歯をいじる。
吐き出された髪の毛はあっという間に粒子となって消えた。
圧倒的なまでの戦闘力。
魔王ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテが直々に勧誘した戦闘員達。
魔王直属戦闘指導部隊。
それが彼らが所属する部隊名だ。
その名の通り、戦士に技術を教え、鍛え、一人前の戦士にする事を目的としている。
構成員は鎌鼬、がしゃどくろ、藤美守以外にも五名が所属。
和也もクルミの予定ならこの部隊に配属される予定であった。
魔王の忠実なる僕たち。
異世界の王によって、地球の妖怪も人間も、本来有り得なかった生を歩み始めていた。




