第十七話 2章エピローグ
「――つーわけで甲賀の件は完全に決着したぜ」
「なるほど。ありがとう」
ランプの灯りが照らすだけの暗い螺旋階段を降りながら、和也は武蔵に説明を受けていた。
もちろん内容は先日の事件だ。
甲賀による超戦士装甲奪取事件が解決し、数日が経過した。
事件の顛末はこうだ。
服部武蔵の活躍により、誘拐された藤堂紗和は無事に救出され、甲賀忍者捕縛には桐生和也も参加し、鎮圧。
雷獣の出現というアクシデントもあったが、これも捕獲した。
マンションを警備していた妖怪二体が殺害されたが、一般人に被害はなし。
学園側は破損した建物の修復を担当し、その他、裏に繋がる証拠を処分した。
紗和は薬剤投与による後遺症もなく、日常生活に戻っている。
甲賀の音響兵器により、体調を崩していた立花楓も数時間後に無事回復。
彼女もまた後遺症もなく、日常に復帰した。
捕縛された甲賀忍者は、全員伊賀の里に引き渡された。
彼らの処遇は全て伊賀の里ではなく、服部家が全て判断した。
その処遇だが、武蔵曰く、「俺だったら死を選ぶ」とのこと。
あの青い顔からすると、生死に関わることではなく、武蔵からすると拷問級の処罰が下ったようだ。
今までの武蔵の様子を振り返れば、大体想像がつく。
今回の件で組織のリーダーと主力戦力を失った甲賀の里は、大幅な弱体化をし、服部家主導の元、再編成をしている。
なぜ伊賀の服部家が甲賀の再出発の指揮を執っているか質問したところ、武蔵は口を濁し、はっきりと答えてくれなかった。
ただ服部家による甲賀の復興内容は、武蔵曰く、「俺だったら死を選ぶ」とのこと。
どうやら甲賀は服部色に染まっているのだろう。
服部家の謎の行動力には伊賀上層部も困っているようだが、実質甲賀の技術が伊賀に取り込めるなら、それはそれでよしと納得し、全て服部家に任せたと、武蔵は割りと本気で怒りながら言っていた。
甲賀に誘導され、和也と武蔵を急襲した雷獣だが、冷静になったところを説得した。
少々短気な部分があるだけで、雷獣自身は普通に話のわかる妖怪だった。
主に和也が雷獣と会話していたのだが、説得がすんなりいったのは学園長が和也の話の裏付けを提示してくれたおかげだ。
相変わらず学園長の考えは読めないが、やりやすくしてくれるのなら、と和也も特別何も言わなかった。
こうして説得は順調に進んでいき、何事もなく成功。
雷獣は自らの暴走で死人が出なかったことを安堵し、この恩はいずれ返すと、疲れた表情で空に帰っていった。
ちなみに野槌は全身傷だらけだったものの、妖怪特有の回復能力で、何事もなかったかのようになっている。
事件の最中に鋼丸を食したこともあり、不満もなかったようだ。
本人も食べられればそれでよかったのだろう。
そういうわけで、この事件は完全に幕を閉じたのだ。
「ま、辛気臭い話はこんぐらいにして……イヤッフゥゥゥゥウウウウウ! ついにこの時がきたぜえええええええええええええ!」
武蔵は雄叫びを上げ、螺旋階段を降り、眼前の扉を勢いよく開いた。
薄暗い空間に、眩い光が目を刺激する。
そして光の先からは――
「皆盛り上がってるかーーーーーーい!」
『いぇーい!』
喧騒の中、舞台の上に立ち、マイクを握る三年E組委員長、本間宣親。
そして同時に持っているコップを高らかに上げる学生服を着用した三〇人の生徒達。
ここにいるのは全員E組生徒。
ある二年生の生徒は宙を自在に飛んで、ラッパを軽快に鳴らす。
またある三年生の生徒は天井ぎりぎりの大きさの骸骨に変化し、数人の生徒が彼のあばら骨にぶら下がっていた。
誰も彼もが人の枠を超え、無駄に広い会場で騒ぎまくっていた。
そう。
今日は全学年E組合同の親睦会の開催日だ。
甲賀の襲撃事件もあったが、無事に開かれることとなった。
警備は過去に類を見ないほど厳重になっているので、安全は保障されている。
しかも学園長の私兵である『警備員』も駆り出されているらしい。
個人で上位妖怪の一団を一方的に殲滅できる実力者と噂される人物がいるなら、こちらも安心して羽目を外せる。
「お! 桐生君に服部君やっと来たか! とっくにパーティーは始まってるよ!」
宣親は舞台から降りて、そのへんのテーブルからかっさらってきた飲み物を二つ持ってくる。
この場にいる妖怪のほとんどはお酒を呑んでも問題ないのだが、人間の未成年者がいるので、ドリンク類にアルコールは一切ない。
宣親は制服が若干着崩れており、髪も乱れていた。
遅れてはきたが、そんなに時間は経っていないのにこの有り様だと、あと二時間大丈夫か心配だ。
上機嫌な三年委員長は飲み物を手渡すと、和也達を連れて、皆が集まっているテーブルへ案内してくれた。
そのテーブルは一年と一部の二年で占められていて、クラスメイトが楽しそうに談笑していた。
こちらに気付いたフリーネが食事の手を止め、大きく手を振り、楓が控えめに小さく手を挙げる。
クルミはこのテーブルにはおらず、別のテーブルで三年生の妖怪と話し込んでいた。
ワイングラス片手に優雅に飲んでいるが、あれはワインではなくグレープジュースである。
「もーハットリくんダメじゃないの! 皆待ってたのに全然来ないんだもん!」
「いやーあまりに楽しみすぎて夜眠れなくてさー。和也は待っててくれてたみたいで悪いな」
遅れた理由が遠足前の小学生同然の一五歳の忍者。
学園から多少距離が離れた位置にある建物で、土地勘のない生徒がいる一年E組は迷う人が出かねないため、クラス全員で集まってから生徒全体の集合場所に集まる予定だったのだが、この有り様である。
約束通りの時間に来ない武蔵を全員で待っていても仕方ないので、集まった女子三人を先輩達に任せ、和也は学園近くで武蔵を待っていた。
何か特別な理由があるのだろうと思っていたが、遥かに残念な理由で、少し悲しくなるが、これも武蔵らしいといえば武蔵らしい。
そして、この施設は学園長が保有している高級ホテルの一つで、普段は一般客を相手にしているが、今日は生徒のために貸し切り状態となっている。
念の為に一般公開されていない地下の部屋を使用し、生徒が自由にできるよう配慮されていて、料理も超一流シェフが担当し、唾液が溢れそうな料理が揃えられ、香ばしい匂いが食欲を誘い、盛り放題のバイキングの形態をとっている。
生徒の集会とは到底思えない豪華絢爛さだ。
地下に降りる手段が螺旋階段なのは学園長の趣味で、特に深い意味はないらしい。
「ふふ、武蔵君は面白い人ですね」
その武蔵を可笑しそうに笑うのは藤堂紗和だ。
あの事件で精神的に病むこともなく、元気に生活しているようで何よりだ。
「……はは、ありがとうございます」
武蔵は女の子に相手にされて嬉しがるわけでもなく、むしろ悲しんでいるように見える。
きっとまだ罪悪感を覚えているのだろう。
紗和の調子からして、彼女自身は全く気にしていないように思えるが、これは本人の問題だ。
軽薄そうな見かけに反して、責任感の強い少年である。
武蔵は紗和を若干避けるようにして、彼女とは反対の椅子に座る。
和也は今いる位置から最も近い椅子、必然的に楓の隣に腰掛けた。
「ッ!?」
すると楓が体を大きく仰け反らせ、ちょっとずつ飲んでいたジュースを手から離してしまう。
座りかけの状態から、それを反射的に掴む。
中身が一滴も溢れない丁寧な早業に、周囲が「おー」と感嘆の声を上げた。
「驚かせたみたいでごめんよ。一声かけるべきだったね」
「そんなことないよ……少し緊張してて……」
楓の消え入るような声は確かにその緊張感を表している。
こういった皆で騒ぐこと自体初めてであろう彼女からすれば、この硬直っぷりも頷ける。
それにしたって緊張しすぎな気もするが。
フリーネも紗和もいるし、次第に慣れていくと思うが、少し心配だ。
「立花さんは無理しないようにね。体調が悪くなったらすぐに言ってね。じゃあ俺は料理取ってくるかな。……早くしないとなくなりそうだしさ」
和也が危機感を覚えるのは無理もない。
目の前のフリーネが大量に盛り付けた料理を吸い込んでいるからだ。
一瞬目を離すと跡形もなく消えてゆく。
もはや食べているのではなく、吸い込んでいるとしか思えない。
このテーブルにある料理はほぼ全てフリーネが盛り付けたものだ。
一体どうしたら山のようにあったのを胃に収容できるのだろうか。
ドラゴンがどんな生き物か詳しいことは知らないが、その何一つ変わらない吸引力は彼女だけのものだと信じたい。
「わ、私も行く!」
ふいに楓が立ち上がった。
息が苦しそうで、慌てて飲み物を口に入れた。
ちょうど食べ終わったらしく、お代わりに行くつもりのようだ。
ついさっきまでは確かにまだそれなりの量があったのだが、一気に食べてしまった模様。
普段は学食を少なめにして食べているのだが、思ったよりも食いしん坊さんだったらしい。
寮住まいの生徒は学食で、家から通う生徒は持参することが多い。
自宅通いの生徒も学食を利用することはあるが、和也は弁当持ちだ。
学食を利用するより、自分で作った方が安上がりで済む。
時折、和也の弁当を物欲しそうに見つめていたし、これまではダイエット中だったのだと、今思うとそんな感じに考えられる。
だがさすがの楓も、この料理の美味しさには耐え切れず、我慢できなくなった。
と、和也は推測しているが、実際はダイエットもしていないし、食いしん坊でもない。どちらかといえば少食だ。
そもそも妖怪は栄養を摂取しないと生きられない生き物ではない。
彼らは人間が妖怪を認識していれば存在を保てる。
食事は種にもよるが、大抵の妖怪にはただの娯楽だ。
和也の弁当を眺めていたのは、和也の手作り料理に惹かれただけであり、今急いで食べたのは一緒に料理を取りに行きたいだけである。
ついでに言うと、基本ポーカーフェイスで、アピール下手なのも相まって、残念なことに楓の好意は全く気付かれていない。
そんなこととは露知らず、どうやって無理なダイエットは止めた方がいいよ 教えようか、とあさっての方向で思考しながら、料理を取りに行く。
楓は和也についていって、テーブルから離れていった。
「あー! キリュー君とカエデちゃんには渡さないぞー! 私が食べるー!」
連鎖するようにフリーネもお皿を持って、激走し、彼女もまた遠ざかっていく。
「ふふふ」
「…………」
残された紗和と武蔵。
その雰囲気は対照的だ。
柔和な笑みの紗和に申し訳なさそうに座り込む武蔵。
結局あの後、一度武蔵は謝りにいったのだが、それ以降は全く話していない。
何となく気まずいのだ。
謝罪以外で、どんな顔して話しかければいいかわからない。
女神が本当に女神のように許すので、逆に心配してしまったりもする。
さらに一年と二年生で、会う機会がなかなかないのもあって、悶々としたまま数日経過してしまった。
この親睦会もあまり乗り気ではなく、参加しようかどうしようか考えている内に、時間が過ぎ、外でぶらついていたところを和也に確保され、ホテルまでやって来た。
あのやけに高いテンションは無理やりだ。
和也もそのへんは前から気づいていていたようで、いつも配慮して接してくれた。
事件のその後を説明している最中、和也は一言も紗和に関して触れなかったし、その前も話題にはしなかった。
おそらく元気づけようとこの会場まで連れてきてくれたのだろう。
武蔵もこのままではいけないと思っていたし、丁度いい。
膝に置いた手を握り締め、勇気を振り絞る――
「武蔵君。本当にありがとうございました。私はあなたに勇気を貰いました」
紗和が頭を下げる。
嫌なタイミングだったが、その行動に驚きを隠せない。
周りが喧騒に包まれている中、二人の世界が構築される。
ありがとうと言われるのは、まだわかる。
武蔵の責任によるところが大きいが、彼女を救い出したのは間違いなく武蔵だし、わからないこともない。
だが勇気を貰ったとはなんのことだかさっぱりだ。
「いやあのどういうことでしょうか?」
「実は私、両親とうまくいっていなかったんですよ。ですが、楓さんや武蔵君のように勇気を出して、ついこの間少しだけ話をしたんです。一応病院で検査しに行ったときに、両親が来ていましたから。とっても面倒くさそうでしたけど」
どこか清々しい表情の紗和。
話を聞くと、異能発覚してから両親が紗和を遠ざけ、腫れ物のように扱っていたらしいのだ。
女神になんてことするんだと憤るが、ありがちな話だ。
皆自分達と違うものは怖いし、排斥したくなる。
だからといって子どもに、最低限生きるのに必要なことだけしかしないのは駄目だ。
その現状をどうにかしようとしなかった紗和にも非があるかもしれないが、女神といえでもまだまだ人生経験のない少女。
その性格や、なまじある程度は生活できる自由があったのもあって、反抗なんて真似はしなかったし、思いつきもしなかったのだろう。
というかよくこんな人生で、よく女神のような人格が出来上がったものである。
「だから一言言ってやったんです。不愉快なのでさっさと帰ってくださいって。あの時のあの人達の顔といったら……思い出すだけでも笑えてきます。取って食われるのかと思ったのか逃げ帰っていきましたよ。ふふ」
「oh……」
今度は黒い笑みを浮かべる紗和。
初めて見る紗和の黒い部分に、恐怖を感じておののいてしまう。
女神からブラック女神に武蔵の中でランクアップだ。
遠くに感じていた彼女が、ぐっと近くにいるように思えた。
ピュア女神な紗和もいいが、こんな人間らしさがある紗和もいい。
いやこっちの方がいいかもしれない。
「一応育ててくれた恩はありますが、もう知りません。私は私がやりたいように生きます。勉学も進路も“恋人”も」
紗和の頬が紅潮する。
体をもじもじとさせ、どこか艶かしい。
頬に手を当て、空いている手でグラスに手を掛ける。
まるで篭った熱を冷ますように、白い液体が彼女の喉を伝っていく。
とにかく色々とエロい。
思わず生唾を飲み込んでしまう。
豊満なボディに赤く火照った顔。
男として感じられずにはいられなかった。
ここで何も感じなかったら男が廃る。
ブラック女神からエロヴィーナスに頂上までランクアップだ。
最高だ。
素晴らしい。
マーベラス。
生きててよかった。
エロで頭が制圧されるが、ほんの僅かに残った理性が武蔵の脳を揺らす。
この二人きりの状況で、恋人というキーワード。
これはもしや。
これはもしかして。
これはまさか。
一つの答えが導き出される。
愛の告白。
(こりゃ間違いねえ。ああ絶対そうだ。そうじゃなきゃ恋人なんて単語強調したりしねえ。これってひょっとしたらひょっとするんじゃねえか!?)
と、そこまで考えて、桃色に染まった頭を振る。
例え告白されたって断るしかない。
ついこの前、諦めようと決意したばかりだ。
一度決めたことを曲げるのは男として駄目だ。
甲賀はほぼ伊賀に取り込まれたし、他の風魔、透破など忍者勢力とは良好な関係を保っているから、今後忍者に狙われる可能性は限りなく低い。
障害は消え去ったわけなので、別に付き合っても問題はない。
ただそれでは何のためにけじめをつけたのか、ということになる。
だからちゃんと断らなければならない。
ノーと一言言えばいい。
それだけのことだ。
(でもまあ、どうしてもって言うなら……しょうがねえよなぁ……うへへ)
下品に口元が緩む忍ばない忍。
一体何のためにけじめをつけたのか。
忍ぶ者が一時の感情に流されていいのだろうか。
きっとよくない。
理性と欲望がせめぎ合い、お互いを押し出そうとする。
恋人同士になれば、あんなこともこんなこともやっても、何ら問題ない。
いやしかし、そんな不誠実なことをやっては相手に失礼だ。
色々と考えた末、
(……やっぱりここは断るべきだよな。男として)
告白は受けないことにした。
このチャンスを逃すと、いつ次に春がくるか予想もできないが、これが正しい判断と信じている。
流されやすい武蔵ではあるが、根はヘタレで真面目だ。
煩悩に支配されていても、欲望の化身になりきれないのだ。
理性は奮い立たせ、ノーと絶対に言ってみせる。
紗和を泣かせてしまうだろう。
悲しませてしまうだろう。
いつになく凛々しい顔つきの武蔵。
その姿はまさに漢。
だが武蔵が彼女といる資格はないのだ。
ここは一丁男らしく断るのだ。
「先輩、俺はあなたとは――」
「これで女の子と自由に恋愛できます!」
「へ?」
「私、女の子が好きなんですよ。今まで誰にも言ってなかったんですけど……武蔵君が初めてですね」
キャっと年頃の娘らしくはしゃぐ紗和。
全くもって理解不能。
お願いだから日本語で翻訳プリーズ。
だけど誰も説明なんてしてくれない。
皆わいわい騒いで、武蔵と紗和なんて眼中に入っていない。
とにかく状況を理解しようと、武蔵は一言ずつ、脳内で反復する。
(恋愛? 恋愛、恋愛、自由、自由……フリーダム女の子……ん? 女の子? 恋愛? なんで恋愛が女の子? 女の子が恋愛? 女の子が女の子? 自由女の子恋愛?)
冷静になろうとして、結果冷静になりきれない。
もう何がなんだかわからなかった。
武蔵を完全に置いてけぼりにして、紗和が熱く語り始める。
「女の子の匂い、柔らかい瑞々しい肌。未成熟な肢体。艶やかな頭髪。小さな女の子も大きな女の子も皆愛らしい。ああ、なぜ女の子はこうも魅惑的なのでしょう。体が熱くなってきてしまいそうです」
女の子への熱意をこれでもかと語り続ける女神。
自らの体を力一杯抱き、そのエロいボディが強調される。
藤堂紗和という少女は、幼い頃、両親から愛情が注がれなかった。
ずっと寂しかった。
誰か自分を好きでいてくれる人が欲しかった。
要は愛情に飢えていたわけだ。
そんな彼女に初めてできた友人は、とても優しく接してくれた。
当然友人は同性だったのだが、他人から向けられる好意は久しかった。
嬉しくて大泣きしてしまった。
泣いてしまう紗和を友人、佐藤藍子はもっと優しく慰めてしまった。
これがきっかきでずるずると恋愛観を歪めていき、
「やはりうなじを魅せるにも角度があると思うんですよ。私としてはどんな角度でも、いいえ、女の子さえこの目に焼き付けられればそれでいいんですけどね」
こうなった。
楓と初めて話していた時、名前を知っていたのは、単に可愛い女の子なのでチェックしていたから。クルミもフリーネもロックオン済みだ。
というか全学年女子を把握済みだ。
楓がマンション前にいた時、下にいたのは女の子の気配を察知したから。
和也の妹が欲しいと言ったのは、冗談ではなく、割りと本気だ。
断られた時は、内心悔しがっていたりする。
藤堂紗和は女の子を恋愛的意味で好きな、ちょっと危ない系女子なのだ。
つまり、最初から武蔵なんて論外で、スタート地点にすら立っていなかった。
どうあがいたところで、友達以上はありえなかった。
武蔵はその現実を目の前にして、
「oh……」
盛大に音を立て、テーブルに突っ伏した。
こうして武蔵の初恋は幕を閉じたのである。
***
親睦会終了後、武蔵はホテルの外で、一人うなだれていた。
星が夜空を飾り、生暖かい風が頬を撫でる。
参加生徒はとっくに解散しており、残っているのは武蔵と和也だけ。
数人は羽目を外しすぎて、二次会に突入。
いつもならそれに付き合っていたが、そんな気はさらさらない。
アレが予想外にも程がありすぎて、ショックが大きかった。
それはもう大きかった。
何とか地に足をつけていたが、限界だ。
壁にもたれかかり、崩れ落ち、体育座りになる。
「はぁ……」
ため息しか出てこない。
あの後のことはよく覚えていない。
盛り上がっていたのは朧げに認識していたが、適当に相槌を打っていただけの気がする。
「大丈夫か? 飲み物買ってこようか?」
「ああ頼むわ……」
タッパーに高級料理詰め込んで、満足げだった和也が心配そうに声を掛ける。
その優しさが身に染みる。
缶ジュースを求め、ホテルのロビーに戻る和也。
確かあそこに自動販売機があったから、そこに買いにいったのだろう。
街灯の光が点滅し、暗闇を照らす。
静かな夜だ。
虚しい夜だ。
好きになったことは後悔していないが、なんかこう虚しい。
しばらくは恋愛できそうにない。
次に好きになった子が、女の子好きの女の子だったりしたら立ち直れない。
そう思ったら、またため息を吐きたくなる。
「あの、お兄ちゃんと同じクラスの人ですよね?」
誰かが武蔵に声をかけてきた。
声からして女の子。
正直今は女の子は見たくないのだが、失礼なので、嫌々顔を上げる。
そして驚いた。
小柄で健康的な肌を覗かせる、半袖の少女。
肩に届く綺麗な黒髪をふわふわさせた女の子。
そんな可愛い娘が、武蔵の目と鼻の先でうずくまって、覗いてきたからだ。
「……大丈夫ですか?」
「え? ああ全然大丈夫! ちょっと食べ過ぎて気分が悪くなっただけだから」
我ながら無理がある嘘だと思う。
彼女に、好きな女の子が実は女の子好きなのは知ってショックで立ち直れませんとは言えない。
まだ訝しげな様子だったが、すくっと立ち上がる。
一応は納得してくれたらしい。
そのまま立ち去ると思っていたのだが、彼女はポケットから取り出し、手作り感満載の黄色いハンカチを武蔵に手渡した。
「それで涙、拭いてください」
言われて気づく。
瞳が滲み、熱い液体が頬を伝っていた。
今は止まっていて、跡がうっすらと残っている。
どうやらあまりのショックで武蔵は涙を流していたらしい。
慌ててハンカチで拭いてごまかす。
女の子の前で泣いているなんて恥ずかしくてしょうがない。
羞恥で顔を真っ赤にしながら、ありがとうとお礼を言う。
と、そのまま返そうとしたが、自分の涙で濡れたハンカチだ。
洗って返さないといけない。
そう言おうと思って、口を開こうとしたのだが、
「それじゃ、私は行きますね。まったく遅いから迎えに来てあげたのに……どこいったんだろう? 帰っろかな」
ハンカチなんて気にも留めずに、その場から去っていった。
元々お兄ちゃんとやらを探すために、武蔵に話しかけてきたようだが、そんなことは忘れてしまっているようだ。
そういえば見覚えのあるような気がするのだが、どこでだっただろうか。
まだ脳内でうまく整理できないせいで、いまいち思い出せない。
だが、今はどこの誰かなんてどうでもいい。
彼女が歩いて行った方向を眺めながら、武蔵は呆けた顔で一言。
「天使だ……」
ちょろい(確信)
というわけで2章完結です。
忍者がアレだったり、女神がアレだったり、勇者がアレな格好になったり、色々ありました。
完全にシリアスの皮を被ったギャグ章でしたが、次からは真面目にやります。はい。
3章は、空気と化していたクルミ(魔王)と空気どころじゃなかったフリーネ(ドラゴン)がメインキャラになる予定です。
就職試験が近いので、終わるまで時間が取れませんが、二ヶ月後には再開したいと思っています。
3章はきっと真剣にシリアスやりますよ!




