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アフターヒーロー  作者: 望月
第二章 帰還した勇者と忍ばない忍
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第十六話 元勇者&忍ばない忍VS雷獣

 雷獣。

 光と轟音を引き連れる異形の獣。

 雲の上を想像で補う事しかできなかった当時の人々が、雷を畏怖し、形を創造し、出来上がった、雷と共に現れる怪物だ。

 雷を纏った、柔らかげな灰色の体毛の凛々しい狼。

 短い鋭く尖った爪。

 後脚が四本に、尾が二又に別れた、普通の生き物からは逸脱している存在。

 明治以降、知名度は多少落ち込んだものの、その力は未だ強大。

 その雷は森を焼き、地をも焦がし、生命を滅ぼし尽くす。

 毒の猛威を振るった上位妖怪牛鬼よりも、格は上だ。

 さらに雷による広域殲滅力は日本妖怪の中でも屈指。

 天候を操るというだけでも、恐ろしい脅威なのだ。

 

「おい答えろ! 何で雷獣がここにいんだよ! あれは手を出さなければ、人間に害のない妖怪だろ! まさかお前ら……!」 


 甲賀の頭領はとっくに和也の手から離れていた。

 武蔵に地面に叩き伏せられ、強引に問い詰められている。

 ヘルメットは収納され、怒気の篭った瞳で頭領を睨む。

 諦める様子を見せない頭領は、口元を愉快そうに歪めた。


「そのまさかだ。我らが開発した音響兵器で奴を刺激した。空にいる雷獣の居場所を特定するのは骨が折れたがな。まあ上位妖怪にはせいぜい嫌がらせにしかならんが、うまくいったよ。面白い程簡単に引っかかってくれた」


 最初の計画では甲賀忍者の逃走時に、追っ手を始末するためとして用意した。

 いくら隠密行動に自信があっても、相手は異常な生徒が通う清条ヶ峰学園。

 怪しげな教師陣に、得体の知れない学園長。

 対策を練っておいて損はない。

 しかし、超戦士装甲奪取はスピード勝負。

 持ち運び困難な大量破壊兵器は使用不可だ。

 ならば、勝手に移動してくれて、尚且強大な能力を持つ存在を利用することにしたのだ。

 目立たずに移動でき、そして学園の戦力に対抗できる妖怪。

 そこから候補を絞り、選ばれたのが、上位妖怪雷獣というわけだ。

 例の音響兵器で雷獣の怒りを高め、同時に清条ヶ峰学園のあるこの街まで誘導する。

 音響兵器を搭載するため、『鷹の目』を改造た。

 小型化のせいで元の性能は発揮できない粗悪品になってしまったが、適度に刺激し、予定通りのこの時刻に雷獣を誘き寄せることに成功した。

 実際は逃げ出すどころか捕らえられているが、今となっては些細な問題だ。

 学園側を葬ってくれれば、それでいい。

 どの道、捕まったら殺されるか、学園の犬になるかの二択。

 ならば、ここでいっそ死んでやる。

 この任は甲賀の里の頭領である自分と、幼い頃より鍛えられた精鋭中の精鋭による構成。

 皆、とうに覚悟はできている。

 ふと空を見上げれば、暗雲が連続的に白く光っていた。

 そして一切の隙もなく、稲妻が宙を走る。

 暗雲の渦には雷獣。

 激昂し、瞳は血走り、空を駆け巡る。

 雷の狼は唸るように吠えた。


「やっと見つけたぞ! 黄金色の髪の腐れ外道が! あの忌々しい音を発する鉄くずを差し向けただけでなく! 弱き者達を虐殺するとは! 我が雷をもって消し炭にしてくれる!」


 雷獣の咆哮に呼応し、雷鳴がより一層鳴り響く。

 

「なんかさーめっちゃ怒ってね?」

「お前たちを襲うように誘導しなければいけなかったからな。刺激するついでに有る事無い事吹き込んでおいた。今お前は罪なき妖怪や人間の子を殺し、その血肉を食す事が至福のカニバリズム殺人鬼という設定だ。他にも学園の実力者と思われる人物には全て設定がある」

「なんつー事吹き込んでんだよ馬鹿! 無い事しかねえよ!」


 武蔵は元凶に怒鳴り散らす。

 嘘八百もいいとこだ。

 罪なき妖怪も人間も殺さないし、食人主義も持ち合わせていない。

 雷獣はまだ狙って落としてないだけで、その気になればいつでも正確な攻撃ができる。

 怒りで冷静さを見失い、暴れまくっている。そんな様子だ。

 先程の戦闘もあり、立派な森はすっかり平地と化していた。

 原型を残している木もそのほとんどが焦げている。


「この様子では何処に逃げても追いかけてくるぞ? さあどうする服部武蔵」

 

 傷ついた体を物ともせず、余裕ぶる頭領。

 過去最悪な気分であるも、非常に愉快な気分だった。

 雷獣を鎮めようにも、話を聞いてくれるような理性は残っていないのは、あの血走った眼を見ればわかる。

 心優しいこの連中なら、逃げるなんて選択肢は取らない。

 街への被害を絶対に考慮するからだ。

 学園に逃げ込めば話は変わってくるが、辿り着くまでに死人が出るのは免れない。

 人々を守る忍者として許されない行為ではあるが、ここまでして甲賀忍者が全員生きている時点で、この二人は逃げないと確信していた。

 もっともどんなに善人ぶっていても、このまま雷獣に甲賀忍者達を処理させるかもしれないが。

 この状況なら見殺しにしたって、誰も咎めない。

 実際、服部武蔵も桐生和也も、そうしてもいいだけの理由がある。

 それはそれで、奴らの偽善者ぶりを嘲笑いながら死ぬだけだ。

 だから、愉快な気分なのだ。

 愉快な気分だったのだ。

 

「ああ、くっそ! こんちくしょう!」


 どういうことなのか。

 命まで取ろうとまでした相手を、服部武蔵はまるで助けるかのように、頭領の背中に腕を回した。

 襲い来る雷から走って逃げる。

 超戦士装甲に変身した今なら、雷から逃げられる。

 雷獣が怒り狂って狙いをつけてないおかげで、雷の嵐の中でも隙があるのだ。

 直に守れるのは頭領だけだが、超戦士装甲に装備された武装はグランドセイバーだけではない。

 左手を、倒れている甲賀忍者達に向けて突き出す。

 掌から淡い緑色の光が広がる。

 超戦士装甲に備えられた服部家特製兵器その2。


「エナジーネット!」


 薄緑に光る網状の物体が射出され、数人を絡め取る。

 忍者達は脱出しようともがくが、暴れたせいで余計に網に絡んでしまう。

 動けない彼らは降り注ぐ雷光に反射的に目を閉じるが、雷電が忍者を殺すことも、焼き尽くすこともない。

 逆に緑の網が光輝いていた。


「これは……」

 

 頭領が感嘆の声を漏らす。

 超戦士装甲の装備の一つ、対妖怪捕獲用武装エナジーネット。

 見た目は緑に光るただの網だ。

 力を入れれば簡単に引き千切れそうな細い糸。

 だが、超戦士装甲に装備されるだけあって、ただの網の範疇を凌駕する代物だ。

 人間を超える力を振るう妖怪を捕獲するために、服部家が制作した新しい繊維を用い、一本一本の糸が何十にも織られている。

 糸は特殊な液体でコーティングされ、緑色に輝き、その異彩さを際立てている。

 液体にはエネルギーの吸収作用があり、雷のエネルギーさえも吸収できる優れ物だ。

 もちろん限界はある。

 上辺は無効化しているように見えるだけで、あくまで吸収は吸収。

 液体中に循環させ、ごまかしているにすぎない。

 よってエネルギー吸収量の限界を超えれば破裂してしまう。

 そもそもが捕獲用の兵装なので、所持している数もあまりない。

 まだまだ改良の余地があるが、現状を凌ぎきれば、こちらの勝ちだ。


「とんだとばっちりだぜ、ったくよ……」


 悪態を吐きながらも、敵を助ける武蔵に、頭領は問う。


「なぜ助ける? 我らを見捨てておけば勝手に雷獣が始末していただろうに」


 今後の後処理を考えれば、手間が格段に減る。

 悪い要素なんて一つもない。


「あぁ? んなもん決まってんだろ」

 

武蔵は空いている腕に、もう一人抱えると、面倒くさそうに答えた。


「人を助けるのが忍者の役目だろうが。いくら敵だからって見捨てるのも気が進まねえしな。って雷やべえ!」

「――ッ!」


 鈍器で殴られたような衝撃が頭に走った。

 武蔵は黙り込む全身タイツから、雷の回避に意識を集中し、頭領に見向きもしなくなった。

 ふと周りを見れば、黒髪の異能者も怪物じみた身体能力で忍達を救助していた。

 頭領は大きく揺られながら、これまでの自分の行いが頭をよぎる。

 甲賀の目的のためとはいえ、関係のない者を巻き込み、警備の妖怪を殺害し、異能者を人質にしようとした。

 殺しを生業とする忍にとっては、学園の裏方に属する妖怪を殺しても思うことはない。

 しかし異能者に関しては反省するべき部分がある。

 超常現象に片足突っ込んだ中途半端な彼らは弱い。

 妖怪が異能者の上位互換なのだ、その立場は必然的に低くなる。

 ある意味では、彼女らもまた、忍者が守るべき存在なのかもしれない。

 覚悟を決めたなんて関係なく、自分達の都合で雷獣を一般人に危険が及ぶ状況にしたのは、忍者として愚行と言えよう。

 伊賀と並び、日本最大級の甲賀の忍として恥ずかしい限りだ。

 この服部家の長男は、多少ひん曲がっているが、その根底には人を助ける、命を助けるというのがあるのだろう。

 技術に目が眩み、手段を選んだつもりで、全く選んでなかった自分とは違う。

 ふざけた格好はしているが、忍者の在り方を正しく体現しているのは服部武蔵なのだと、はっきり理解できた。

 頭領はその後、何も言うことはなく、静かに抱えられたままとなった。


「おい和也! そっちはっ! 無事、か!」

「ああ! 武蔵こそ大丈夫か」


 落雷は今も地上を見境なく襲う。

 逃げ道はあるが、逃げ続けることは無理だ。


「ああもう! 甲賀の連中を向こう側に放り出したはいいが、余計こっちの余裕がなくなってきたな! 雷危ないわ!」

「だな。早くどうにかしないと……おっと!」


 武蔵と和也は街から逆方向に、並走して逃げている。

 甲賀の忍達は全員街の方へと移動させた。

 こうすれば少なくとも被害は二人だけで留められる。

 それも人がいない前提の話だ。

 いつどこで人間が巻き添えを喰らうかどうか。

 時間の余裕はない。

 まず雷を躱し続ける長期的な体力は残されていない。

 超戦士装甲の機能により、傷ついた肉体を治療しているが、体力の回復はできない。

 余裕があるように見せているが、せいぜい二〇分逃げられればいい方だ。

 やるなら今だ。

 雷をダイナミックに前転しながら避け、和也に呼びかける。

 だが、それを遮るように、怒りの雷が和也を襲う。


「っと!」


 雷を事前に察知し、最低限の動作で躱す和也。

 雷撃の頻度が多くて、会話が中断される。

 武蔵の武装では雷獣まで届かない。

 第一まともな武器はグランドセイバーのみ。

 殺傷能力が高すぎるし、当たりもしない。

 殺す殺さない以前の問題で、足止めすらできない。

 武蔵が頭を悩ましていると、和也が動きを見せた。

 よっと、と軽い掛け声で、まるで給水所のドリンクを掴むように、走りながら、倒れていた中で一番大きい木を担ぐ。

 和也の二倍はあろうかという長さの木だ。

 武蔵はその不自然な光景に目を奪われる。

 

「っらあ!」


 気合の篭った掛け声と共に、空高く漂う雷獣目掛けてぶん投げた。

 人間離れした贅力で放たれた大木は空気との摩擦で熱を帯び、炎の弾丸となって宙を切る。


「ええ……」


 もういちいち突っ込むのも面倒くさくなった武蔵。

 ただ呆然とその様を眺めていた。

 人間サイズで姿も人間の少年の力には到底思えない。

 いくら上位妖怪でも、あれに激突すればただではすまない。

 しかし、そんな直線的にしか動かない物体が当たるはずもなかった。

 雷獣に届く前に、天空に渦巻く暗雲に呑まれ、雷によって跡形もなく消される。


「やっぱりダメか。届くどうか以前に雷が邪魔だ」

「……うんまあそうだな。あといきなりそんなのぶん投げんな!雷獣も怒って見境がなくなってるだけで、悪い奴じゃねえんだ。殺したくはねえ!」

「……そうだね。だけど被害が俺達だけに収まってる間だけだ。人がいる場所に出たらやるしかない。っと!」


 雷が和也を襲うが、事前に察知し、余裕をもって後方に回避する。


「そういえばずっと持ってるその箒は意味があるのか?」


 和也は雷を注意しつつ、武蔵に尋ねた。

 何故か彼は甲賀の忍を逃した後、落ちていた箒を拾い直したのだ。

 何か意味があるとしか思えない。

 きっと超戦士装甲に利用できる武器があるのだと期待していたのだが、


「ん? いやあの雷落ちまくってる状況で、無事だったんでお守り代わりに……」

「意味ないのか!? 武器に使えるとか!」

「これっぽちもねえ!」

 

 意外と小心者な武蔵に、嘆息したくなる。

 嘆息する間もなく、雷が落ちてくるが。

 とにかく雷獣を押さえ込むには、何かしら手段が必要だ。

 和也の手持ちの能力は、紗和の『置換』と楠の『分身』

 置換の効果範囲は二〇メートル。重量は八〇キロが限界。交換する物体にはあらかじめマーキングしなければならない。

 マーキングする物体はどれでもいいが、範囲が狭すぎる。

 遥か上空にいる雷獣は範囲外だ。

 分身も二体が限界で、しかも風船みたいに軽い。

 壁にもならない。

 和也がジャンプしても雷獣には届くかどうかわからないし、空中での移動手段のない和也は躱されたら落ちるのみ。

 状況は和也達が圧倒的に不利だ。

 なるべく殺さないというのも、難易度の上昇に拍車をかけている。

 どうにか状況の打開に向けて、案を練っていると、武蔵が上空を眺めながら呟いた。


「エナジーネットなら雷獣を抑えられるんだがな……いくらなんでも高すぎんだろ」

「届けば、何とかできるのか?」

「まあ届けばの話だけどよ……まさか出来んのか? ってまた降ってきやがった!」


 再度二人は距離を取る。

 襲い来る雷を回避しつつ、和也は作戦を練る。

 有効な武器はある。

 武蔵のエナジーネットだ。

 殺さずに雷獣を捕獲することができる。

 雷獣がいる空まで辿り着く方法も、あることにはある。

 和也による投擲だ。

 雷の問題をクリアすれば、あの高さまで届く。

 リスクはあるが、やる価値はあるだろう。

 意を決し、雷の轟音に負けないくらいに声を張り上げ、呼びかけた。


「武蔵! 危険はあるが、俺に考えがある!」

「マジか! ちっ! またきやがった!」


 武蔵がいた場所が雷によって削られる。

 詳しく説明したいが、雷の嵐がより酷くなる。

 数秒間隔で雷が付近に落ちてくる。

 これでは相手が何を喋っているかわからない。

 読唇術も出来ないこともないが、武蔵は顔を隠しているし、この状況ではお互いできなければ意味がない。

 もはや会話をする余裕すらなくなってきた。

 ずっとこうしていても埒があかない。

 むしろ悪化していく一方だ。

 説明不足は否めないが、やるしかない。


「箒を貸してくれ!」

「なんだって!? もっとでかい声で言ってくれ!」


 間髪入れずに落雷してくるので、お互い回避に努めているため、距離が空いている。

 声も届きにくいが、手で、お前の持っている箒寄こせと伝える。 


「箒か? ほらよっ!」

「ありがとう!」


 投げ出された箒を右手で掴む。

 柄の部分を爪で引っ掻き、傷をつける。

 これで必要なことは終わり。

 地面を急スピードでずりながら、異能を発動する。

 暗雲と雷の下、コピーした楠の異能、『分身』で、和也の分身を二体出現させる。

 和也から分裂するように生まれる分身体。

 右の分身を仮に和也Aとし左の分身を和也Bとする。

 二体とも本人そっくりではあるが、どこか人形のような冷たさを感じる。

 というよりパンツと靴下だけの変態が、三人。

 目を背けたくなる光景だ。

 その現実を真剣に受け止めつつ、和也Aに箒を持たせ、和也Bは額を軽く小突いておく。

 そして両脇にいる分身の腕を掴む。


「っらあ!」


 掛け声と共に、分身体を空へと超人的腕力と握力で放つ。

 体の軽さのおかげで、空中を縦横無尽に駆け回る。

 元が和也というのも相まって、雷も回避可能。

 雨にも負けず、風にも負けず、雷にも負けない、超高性能な人型風船である。

 ほとんど裸ではあるが。

 空気が勢いよく抜けていく風船のように空を走り、雷獣へと差し迫らんとする。

 

「こんな物が俺に通用するとでも思ったか!」


 咆哮に呼応し、雷が分身を光で包もうとする。

 それを身の軽さと身体能力の高さでカバーし、躱す。

 近づいてはいるものの、まだだ。

 蠢く暗雲の上にいる雷獣にはまだ到達できない。

 暗雲の下で雷と争っている状況だ。

 風船のような軽さのおかげで落下こそしないが、耐久力はオリジナルの万分の一にも満たない。

 いつまで保つかは分身の頑張り次第だ。

 雷獣の気が分身達に逸れている間に、武蔵と合流する。

 雷がこちらに落ちてこないか気をつけながら、まだ焼けていない木々と草むらに滑り込み、二人で身を潜めた。

 武蔵は和也の意図がわからず、早く教えろと急かしてくる。


「いいか武蔵。分身もそうもたないから手短に説明する」


 地面に寝そべり、極力見つからないよう注意しつつ、説明する。

 省略し、要点だけまとめて教えたのだが、説明していく内に武蔵の体が小刻みに震える。

 怒っているのではない。恐怖しているのでもない。

 武者震いだ。

 

「いいぜ。やってやんよ。だけどよ、それって俺が分身の近くにいる前提の話だろ? どうやってそこまで移動すんだよ」

「俺がお前を投げる」

「は?」

「だから俺がお前を分身の近くまで投げる」


 和也は凛々しい表情で言った。

 武蔵は慌てて口を挟んだ。


「待て待て待て! 投げるってお前……」

「さっき木を投げてるの見てただろ? コントロールには自信がある。雲の上にいても分身のおかげでわかるしね」


 やけに自信満々な和也に、武蔵はこんな状況だが、言葉を失ってしまう。

 かなり無茶苦茶なことを言っているが、これまでの和也の力を振り返ってもできそうだと思えてしまうのが嫌になってくる。

 

「どうだ、やれるか?」


 やれるか、やれないか。

 そんなのは最初から決まっている。

 自分から殺したくないと言ったのだ。

 こんな無茶ぐらいやってやる。

 和也の問いに武蔵は拳を握り、力強く答えた。


「やってやるさ。無茶だろうが何だろうがな!」


 そう言って拳を和也に向けて突き出す。

 それに応え、和也も武蔵に拳を突き出した。

 

「じゃ、やるか!」

「おう!」


 二人の少年は拳を付き合わせる。

 失敗なんて微塵も考えていない。

 あるのは誰ひとり死なせないハッピーエンドだけだ。





「小癪な真似をしおって!」


 雷獣は分身に怒りの矛先を向けていた。

 灰色の美しい毛並みを逆立て、火花を散らす狼。

 暗雲の中心から、雲の上、青い空から地上を睨む。

 思い出すだけで腹が立つ。

 穏やかな空で漂っていたら、嫌悪感しか覚えない音を発する機械をけしかけられ、手は狂った殺人鬼だと言う。

 自身のプライドを傷つけられ、平穏を脅かす外道。

 雷獣はかつてないほどに怒り狂っていた。

 殺人鬼云々は適当な設定なのだが、元々短気で、怒るとところかまわず雷を落とす雷獣は音響兵器の影響もあって、疑う余裕もない。

 渦巻く暗雲を纏い、雷で分身を焼却しようとする。

 ちょこまかと空を漂い、既に距離は大幅に詰められた。

 箒を持っている方は如何にも怪しく、先にこちらを始末しようと躍起となっている。

 雷の化身である雷獣は自分の雷で傷つくことはないが、近くに寄ってくる半裸の男はさっさと叩き落としたい。

 敵の能力の一部だとわかる程度には理性は残っているし、こんなのは相手にしていられない。

 荒れ狂う雷雲はますます拡大し、どんどん手に負えなくなっていく。

 上位妖怪、雷獣の強みは雷の操作と浮遊能力。

 遠距離攻撃を持ち合わせていなければ、相手に一方的な高威力攻撃を加えることができる、

 それがどんなに驚異的なのは説明するまでもないだろう。

 雷獣は箒を持つ怪しげな分身体、和也Aに狙いを定めた。

 

「光と共に散れ!」


 その雷がついに分身体を捉えた。

 風に乗って宙を舞っていたが、ついに限界がきた。

 雷に飲み込まれたのは箒を持つ和也Aだ。

 オリジナルの類まれな身体能力で徐々に焼かれていく。

 肉が焦げる匂い。異世界製のパンツと靴下も瞬く間に燃えていく。

 本来の異能の使い手である楠の分身は意思があるが、劣化している和也の分身にはそんなものはない。

 苦痛に表情を歪めることもなく、叫び声を上げることもない。

 そうして分身は静かに燃え散ってゆく。

 だが分身体和也Aが稼いだ時間は和也Bが雷獣に迫らせた。

 もちろん地上でも同様だ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 パンツの元勇者と忍ばない忍は息を合わせる。

特撮ヒーローが全力で元勇者に向けて走る。


『っせーの!』


 和也は前屈みになって、全力疾走する武蔵の足の裏をしっかりと捉え、雷獣目掛けて本気で投げる。

 弾丸なんて目じゃない速度で武蔵は打ち上げられる。

 普通の人間なら耐えられない風圧や摩擦熱に耐え、雷の獣を鎮めるために、宙を突き進む。

 風を切り、マントを靡かせ、暗雲へと突入。

 気温は急低下。

 凍える寒さ。

 空気も薄い。

 しかし突き進む。

 重力なんてどこ吹く風といった速さで雲に突っ込んだせいで、雨粒の衝撃が超戦士装甲を襲うが、持ち前の頑強さで耐える。

 スーツ内はひっきりなしに揺られ、吐きそうになる。

 だけど止まらない。

 もう止められない。

 雲の中でも真っ直ぐ飛び続け、雨も風も雷からさえも無視し、雲の上に出る。

 

「おお……」


 嵐のように荒れていた下と違い、雲ひとつない青い空。

 さんさんと輝く太陽。

 思わず声を漏らしてしまうが、すぐに雷獣に居場所を探す。

 探す間もなく、雷獣はいた。

 武蔵の下。

 その間には和也Bがいる。

 和也Bまではおよそ二〇メートル。

 雷獣まではおよそ四〇メートル。

 超戦士装甲の内蔵された標高測定器によれば現在標高九一二八メートル。

 エレベストをも超える。

 どうやら勢いあまって雷獣よりも高く飛んでしまったらしい。

 友人の馬鹿力に呆れを覚えるレベルだが、低いよりはマシだ。

 ただエナジーネットを放つには不安が残る距離。

 もっと近くでなければ確実に雷獣を捕まえられない。

 今雷獣は分身体和也Aを焼き払っていた。


 意識は和也Aに向かっている。

 長くはない。

 和也Aを焼き払った雷獣は近くにいる和也Bではなく、武蔵に狙いを定めた。

 雷が今まさに武蔵を焼き尽くそうとするが、


「和也ああああああああああああああああああああああああああ!」

「了解!」


 武蔵の声が天から地まで届く。

 和也の超人的聴力でなければ聞き取れないが、確かに和也には聴こえる。

 そして発動する。

 紗和の異能、『置換』を。

 雷獣が分身体、和也Aに気を取られた一瞬に。

 和也Bと武蔵の位置が逆転する。


「なんだとっ!?」


 この一瞬の間で入れ替わった和也Bと武蔵。

 本来武蔵に当たるはずだった雷は和也Bを襲う。

 これが和也の作戦だ。

 分身の一体にマーキングを施し、武蔵と入れ替え、捕獲する。

 和也Aに箒を持たせたのも傷をつけたのも囮に過ぎない。

 武蔵を和也Bの近くまで持っていく方法は多少無茶だったが、うまくいくと和也は直感で感じ取っていた。

 武蔵が賛成してくれないと、何も始まらない事だったが、本人が乗り気で助かった。

 この距離なら確実にエナジーネットの範囲内。

 間違いなく雷獣を捉えた。

 それでも相手は上位妖怪。

 隙を突かれても、即座に迎撃に移った。

 暗雲を纏い、雷撃を放つ。

 武蔵は冷静にベルトから柄を取り出しい、振りかぶる。


「グランドセイバァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 何もなかった刀身部分が青白く煌く。超高熱の光を帯び、剣を形成する。

 極太のレーザーソード。

 振り下ろし、雷を払い、暗雲を勢いだけで吹き飛ばす。

 流れるような動作で、柄を捨て、雷獣を体全体で抑え、今度は左手を突き出した。

 そして叫ぶ。恥ずかしい名前の兵器の名を。


「エナジーネットォォォォォォオオオ!」


 放出された緑に光る網。

 超至近距離で放たれた緑の網は雷獣を包み込み、逃がさない。


「ぬう! 絡みつきおって!」


 どんなに暴れても余計に絡まり、雷は吸収される。

 さすがは古くから伝えられ、今なお利用され続ける網。

 しかもエナジーネットの特性はエネルギーの塊である雷獣に効果覿面だ。

 これで雷獣が落ち着いたところで事情を説明すれば万事解決だ。

 武蔵も安心して、肩の力を抜くが、ふと気付いた。


「俺どうやって着地すんの?」


 そういえば着地に関しては何も聞かされていない。

 余裕がなくて確認するのを忘れていた。

 聞いたのは雷獣を捕獲するまでだ。

 遠方から暴れてきて疲れていたのか、既にダウン状態の雷獣と共に落下していく。

 降下速度がどんどん増していき、留まることを知らない。

 いくら超戦士装甲でも、この高さから落下して無事は保障できない。

 人間の感覚からすると死ぬ。

 たとえ死なないにしても、落下が迫るにつれて精神が死ぬ。


 「おおおおおおお! やべ! ちょ、マジで死ぬううううううううううううううう!」


 宙で体全体を動かして、少しでも落下速度を落とそうとする。

 ほとんど無駄な抵抗だ。

 少しでも生存率を高めるため、雷獣に引っ付きクッションにする。

 雷獣もこの高さから落ちては危険なのだろうが、武蔵よりは軽傷で済む。

 妖怪は多少の傷なら放っておけば治るので、きっと大丈夫だ。

 地上が迫る。

 雷獣の力が弱まり、あんなに渦巻いていた暗雲が消えていく。

 それはいいのだが、自分の命の灯火も消えていく。

 

(ああ俺は死ぬのか……せめておっぱいを、一回でいいから触ってみたかったぜ……)


 最期に割りと下衆なことを思い浮かべながら、武蔵はどんどん落ちていく。

 街並みが細部も見えてくるようになり、もう駄目かと思ったその時。


「よっと!」


 パンツの救世主がやってきた。

 網に絡まれた雷獣と正直ちびりそうで声も出ない武蔵をキャッチし、両脇に抱える。

 例の超人パワーでジャンプしてきたらしい。

 発案者が和也なのだから、最初からこうするつもりだったのだろう。

 今度こそ安心した武蔵は、脇に抱えながら、息を吐くように呟いた。


「俺達、ほんと変な格好してんな……」

「だな……」

 

 少年達の嘆きは宙に消える。

 

 こうして甲賀忍者襲撃事件は幕を閉じた。


 

 

 


 




次で2章は終わりです

登場人物多いので、2章終了後に軽い登場人物紹介入れときます

とりあえず章終了事にその時の登場人物の紹介を今後入れてく予定です


というか過去最長ですねこの話……後から削るかもしれません



あー就職試験が近いよーーーーーーーーーーーーーー!

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