第十五話 忍ばない忍と女神
「ドンパチやってやがんな……」
武蔵の背後から連続的に銃撃音が鳴り響く。
超戦士装甲により変身し、上位妖怪に匹敵する運動能力を得た武蔵は、紗和に負担がかからないように速度を抑えながら走る。
これの性能によるところもあるが、追っ手が一人も来ないという事は彼が役割をしっかり果たしているのだろう。
他者の能力をコピーするという珍しい異能持ちの友人、和也。
彼が甲賀の精鋭を足止め中だ。
上位妖怪、牛鬼と真正面から渡り合っているのを目撃しているので、実力者ではあると確信はしている。
和也が殺されるビジョンは全く浮かばないが、それでも不安になる。
初対面の時は爽やかイケメンとか俺の桃色の学校生活が危ぶまれるんじゃね? と思ったものだが、今は相談にも乗ってくれ、自分の事も話せる気心の知れる友人だ。
高い戦闘能力があっても心配になってしまう。
紗和を安全な場所に移動できたら、すぐさま救援に向かわなければ。
木々の間をすり抜け、武蔵は急ぐ。
そしてようやく森を突破した。
先程まで晴れていた天候は陰り始め、今にも雨が降りそうな雲が大量に発生していた。
「ん……」
抱えていた紗和が身をよじる。
投与された薬品の効果が切れ、意識が戻ってきたのだ。
まだぼんやりしているようで、視点が安定していない。
また眠ってしまわないよう、すかさず話しかけた。
「俺の声がわかりますか? こんな格好ですが、後輩の服部武蔵です」
誘拐犯だと勘違いされないように、顔を出す。
頭部は先端の部分から順に首元に収納されていく。
変身時に前口上を言わなければ反応すらしないし、攻撃時は技名を叫ばなければいけないが、使い勝手自体はいい。
「……服部、君…………?」
意識は曖昧だが、武蔵を認識できているようだ。
とりあえず暴れられなくて何よりだ。
紗和も目が覚めたばかりで、体に力が入らず抵抗のしようもない。
一応の確認が取れたところで、再度、ヘルメットを装備する。
「……私は、捕まって……なぜ服部君が……?」
「先輩を助けにきたんです。敵も和也が追っ払ってくれてます。もうじき安全な学園に着きます」
この街で安全が保障されている場所は清条ヶ峰学園しかない。
街中を超戦士装甲のまま走り抜けるのは、どう言い訳しても黒歴史になるだろう。
しかし、そんな恥はどうでもいい。
紗和を学園まで運び次第、和也の救援に向かうには、街のど真ん中を通るのが最短ルート。
そう超戦士装甲内蔵のナビが表示している。
辺りを確認し、一応の安全を確保すると、武蔵は緊張をほぐすために、息を吸い込んだ。
「大変、申し訳ございませんでした! 」
武蔵は表情を暗くし、声を震わして、一言謝った。
今回の藤堂紗和誘拐は間違いなく、武蔵の責任だ。
移動最優先の今でも、一言でいいから謝りたい。その一心だ。
どんな事を言われても、武蔵は何も言い返せない。
嫌われたって仕方のない事をしてしまったのだ。
判決を言い渡される罪人のように、彼女の言葉を待つ。
だが返答は予想外のものだった。
「どうして、謝るんですか……?」
紗和の手がヘルメットの頬部分に優しく手をあてる。
まだ力が入らないようで、微かに震えている。
武蔵には彼女の意図が理解できなかった。
紗和が謝る事なんてないはずなのに。
「どうしてって、俺が勝手に敵を甘く判断して、何も行動しなくて、それで先輩が攫われてしまったから……」
「でも見捨てずに助けにきてくれたんですよね?」
紗和は微笑む。
「あなたの責任だったとしても、危険を冒してまで助けに来てくれた。命を懸けるというのは、とても勇気がいる事だと思います。その気持ちだけで私は十分です」
(うっ! 眩しい! なんか神々しいオーラが見える!)
慈愛に満ちたその姿はまさに女神。
お姫様抱っこ中だというのに、後光が差しているような気がした。
紗和には全く過失がないのに、彼女はそれを『勇気ある行動をしたから』で許すのだと言う。
死んでしまうかもしれなかったのに。
死ぬよりもひどい事になる可能性もあったかもしれないのに。
彼女が許しても、責任を感じられずにはいられない。
それに死ぬほど謝ると言ったのに、ほとんど謝っていないのだ。
納得はできなかった。
「俺は自分の怠慢で先輩を危険に晒しました。その事実だけはどうあっても変わりません」
ぐっ、と紗和を抱える手に力が入る。
いくら許されたところで、武蔵の失態は覆しようがない。
そんな武蔵に女神は首を傾げて、言った。
「その事実は変えられなくても、私はこうして無事ですよ? ……服部君って思ったよりも責任感が強いんですね」
紗和は心底意外そうだった。
もっとも、軽薄な男だと思われても仕方のない風貌はしているので、否定はできない。
武蔵は軽く咳払いをする。
「そりゃ、この件に関しちゃ俺が全部悪いんで……」
「気にしないで、とは言いませんが、本人が許すと言っているのだから、もっと気楽にしていていいですよ?」
くすくすと可愛らしく笑う紗和。
何というか毒気を抜かれる。
あんなに思いつめていた自分がバカらしく思えてきた。
優しく美しい女神な一面しか知らなかった武蔵だが、こういうのを見ると、彼女もまた普通の少女なのだと実感する。
普通の少女というには、悟りを開きすぎ気もするが。
「偉そうな事は言えないですけどね……私も勇気、出してみようかな」
「え?」
紗和はボソッと呟くと、武蔵の腕をぽんぽんと叩く。
「もう大丈夫です。十分回復できました。和也君はまだ戦っているんでしょう? 行ってあげてください。今もとても後ろを気にしているようですし」
そして最後に、一言。
「私を助けにきてくれた時の姿は、とっても格好よかったですよ!」
「それマジっす……あれ?」
言い切る前に紗和の姿は最初からなかったかのように消える。
代わりに箒が武蔵の腕の中に出現した。
紗和の異能である『置換』の効果だ。
以前、和也が再現してみせてくれたので、すぐにわかった。
問答無用の異能使用は、武蔵に対しての彼女なりの配慮なのだろう。
あの時意識があったのも驚きだが、まさか格好いいとまで言っていただけるとは。
俄然やる気が出てくる。
こんな事になったからには、恋人関係などのもっと上の領域は望めない。
さすがに虫が良すぎる。
というよりも、この片思いは諦めるしかない。
二度と忍者に襲われない保障があれば話はまた変わってくるが、それは妄想にも等しい。
最後のはお世辞だろうが、褒めてくれただけでも、大満足だ。
(ったく。もっと謝っとけばよかったな。こっちに何も言わせねえとかずるいぜ……)
吐き出したい事はたくさんある。
だけど後悔とか、反省とか、色々と胸中に渦巻くものはあるが、そういうのは後にしよう。
今は和也の救援だ。
一人残してしまった友人を助けに行かねばならない。
民家の屋根に佇み、埃のついた箒を持つ特撮ヒーローは来た方向へと、向きを変える。
やるせない感情は全部甲賀の連中にぶつけてやる。
原因は甲賀の忍達なのだから、このどうにもならない気持ちの吐け口になってもらう。
無理やりモチベーションを高め、武蔵は駆ける。
甲賀をサンドバック扱いするために。
そして武蔵と紗和を逃すために残った友人を助けるために。
超戦士装甲を身にまとった忍ばない忍は、極限まで性能を高め、時折、民家の窓越しにいる子どもに手を振りながら、全力疾走する。
「んじゃ、行くぜ! 待ってろよ和也!」
「って全部終わってるぅぅぅぅううううううううううううううう!?」
現場到着。
スペースサンダーで木々は木っ端微塵に、地面にも穴が空いていたが、さっきよりもひどい惨状となっていた。
なんか筋肉マッチョになっている全身タイツの集団が、傷だらけになって気絶か、意識があっても呻き声をあげていた。
一人だけ細身の者もいるが、装備を考慮すると、おそらく後衛にいた人間だろう。
まさかここまでおびき寄せたのだろうか。
そんな事よりも異常なのは、その中心に立つ、パンツと靴下だけの無傷の爽やか少年。
紗和と会話して時間を取っていたしても、学園からリターンしてくるよりは遥かに早く戻ってきたはずだ。
いくらなんでも事態の展開が早すぎる。
やるせない気持ちになってきた武蔵を尻目に、和也は肌についた土を払い、触角付きのタイツの男を片手で引きずってきた。
「紗和ちゃんは無事に運べたか? 予想よりかなり早いけど」
「お、おう。途中で意識が戻ってな。異能で跳んでったよ……つうかなんでそんな風に筋肉ムキムキ野郎を引きずれんだよ」
「なんでと言われても、片手で足りるからとしか。というかその箒はどうしたんだ?」
「ん? ああ先輩の異能でな。置いてくのも気が引けてよ……ってそんな箒はどうでもいいわ! ほんとお前って……」
もはや呆れて物も言えない。
軽量化を図っている全身タイツ型強化スーツだとしても、中身はいい年したおっさんであり、しかも図体がでかい。
身長は和也より高い筋肉の塊。
それを、ゴミ袋を運ぶ主婦みたいなノリ。
余裕も残し、忍者達を生かしたまま殲滅。
そして幾度と銃撃に晒されたはずなのに、新品同然のパンツと靴下。
ツッコミたい箇所はいくつもあれど、そんな気力は失せてしまう。
こんな事なら急いで引き返さなくてもよかったと真剣に思う。
「……じゃあそいつら拘束すっか。また反抗されたらうぜえからな」
「そうだな。拘束用の道具あるか?」
「あるぜ。伊賀で開発された超頑丈かつ携行にも便利な手錠が。つっても甲賀の野営地に捨ててきちまったけどよ……今すぐ拾ってくるわ。雨も降りそうだしな」
どんどん空は黒い雲に染まってゆく。
雨どころか雷が降ってきそうだ。
リュックの中身は何も危険物ばかりではなく、簡易的な拘束器具もある。
武蔵は万全の準備で甲賀の襲撃を実行したのだから、それぐらいばっちり用意してあったのだ。
全部土に汚れてはいるだろうが、そのぐらいで壊れる程やわではない。
甲賀の忍達も抵抗するには傷を負いすぎているので、これで事足りる。
「頼んだ。俺はこの人達を見張っておくよ」
「ああ。でもその前にちょっといいか」
武蔵は和也が引きずっていた甲賀の頭領の肩をゆする。
元々意識はあった頭領は時間をおくこともなく、反応した。
目前の特撮コスプレ男に目を吊り上げたが、特に反抗はせず、大人しくしていた。
「残念だったな。あんた達の思惑通りに事が進まなくてよ。これに懲りたら二度とすんじゃねえぞ。次何かやろうとしたら問答無用でぶちのめして、親父んとこに送り込むからな」
頭領の目を見据え、はっきりとした口調で言う。
次はない、と。
保険として父親も利用する。
変人である父親の事だから、まともな扱いはされないだろう。
奴隷とか実験体とかそういう意味ではなく、常人では耐え切れないレベルで特撮の講座を延々と聴かされ、レポートを提出とか、一緒に変身ポーズの研究とか、そういう扱いだ。
盗もうとした相手にそんな扱いを受けては、精神が歪む。
経験的にそう断言できる。
「ふん……甘いな。そもそも本当に我らに勝ったつもりか?」
そんな世にも恐ろしい辱めを甘いとぬかす触角タイツ。
彼の眼はまだ死んでいない。
未だこちらの喉を喰いちぎろうとする猟犬のような、そんな眼。
武蔵は怪訝に声を張り上げた。
「あ?そりゃどういう――」
「おい武蔵……」
頭領から聞き出さなければならないというのに、一体何だ。
和也の方を見ずに、適当に返す。
「どうした和也? 何かあったか? それよりお前も聞いてただろ? こいつまだ何か隠してるぜ」
ククク、と武蔵達を馬鹿にするが如く、頭領は嘲笑う。
抵抗をしようという態度ではない。
これは――
「ただではやられん。お前らも道連れだ」
途端、天から雷鳴が鳴り響く。
渦巻く暗雲が空に敷き詰められ、光を閉ざす。
青は黒と光に蹂躙され、その姿を消してゆく。
雷が地に落ち、木々を焼く。
雷による超常的な、それでいて意思を感じるかのような圧倒的な破壊。
「武蔵、構えろ。来るぞ」
黒の渦の中心がゆっくりと裂ける。
それはそれは神秘的な光景だ。
昔話なら、ここで天女が舞い降りた事だろう。
しかし現実はそんな幻想は許さなかった。
形は狼。
狼を覆う毛は灰色。
前脚二本
後脚四本。
鋭利な爪。
尾の先端が二つに別れ、宙を漂う。
「おいおいおいおい! 何であんなのがここにいんだよ!」
意味はなくとも、叫ばずにはいられなかった。
あれはそれほどの怪物だ。
日本各地にその名を残し、言い伝えられる異形の獣。
雷の幻獣。
上位妖怪、雷獣。
雷の異形が今。
天の力を振るい、和也たちを襲う。
2章も佳境。
そろそろ終わりが見えてきました。
なるべく早く更新したい……!
そして今更ながら地球防衛軍3portableにハマる私ェ……




