第五話 潜む者達
とあるビルの一室。
ダンボールが大量に積まれ、埃をかぶっていた。
このビルで、倉庫扱いされている部屋だ。
しかし、この街の南側を一望できる位置にもある倉庫。
普段は誰も近づかないような場所に、清掃員姿の眼鏡の男がいた。
このビルで働いている人間ではない。
部外者だ。
難なくビルへ侵入し、自身の任務を遂行している最中だ。
彼は清掃道具を乗せたカートから、黒く長方形の先鋭的な物体とアンテナを取り出す。
慣れた手つきで、それらを組み立てる。
淡々とした作業だ。
手早く、それでいて丁寧に。
男は短時間で、完璧に完成させた。
黒く長方形の物体は、形を変え、ラジコンのコントローラーのような物に姿を変える。
形状からわかるように、それは機械を操作するためのものだ。
直径三センチの球体で、宙に浮かぶ機能を持ち、映像を専用のモニターに送る事のできるマシン。操作方法に難があるが、十分に実用できる代物だ。
天空から獲物を捉える姿から、『鷹の目』と呼ばれている。
まさに誰かを監視するために、うってつけの道具だ。
彼は目標を確認し、監視を始め、順調に事は進んでいたのだが。
「あの学生……こちらに気づいたか? いやまさかな……」
予想外の事態に、男は焦っていた。
清条ヶ峰学園のジャージを着用した黒髪の少年。
本当に一瞬だが、男と目が合ったのだ。
咄嗟に体を窓から離した。
しかもその後も、怪しそうに睨むときている。
かなり高低差もあり、距離も五キロ以上は余裕で離れている。
男が頭に叩き込んだ情報によると、桐生和也という名前だったはずだ。
異能者は普通の人間よりは、マシに動けるぐらいで、五キロ先を視認できる視力は持ち合わせていない。
あそこからでは見えるはずがないのだ。
あれは自分の勘違いだったと、男は決着させる。
「どちらにしろ、ここらが潮時か」
男は先鋭的なコントローラーを分解し、隠していた場所に戻す。
すると、耳に付けていた小型無線機が振動する。
『杉谷。ターゲットの確認はできたか? 悪いな。急にこんな事を頼んでしまって』
「気にしないでください。任務ですから。ターゲットの確認には成功しました。ただ――」
男――杉谷は無線に応じる。
相手は、彼の上司であり、志を共にする信頼できる仲間。
低く、オペラ歌手のような声が特徴の男だ。
「我々が手を出していいような組織なのでしょうか? 新入生は上位妖怪の殲滅をやってしまう化物クラス。二年生はまだしも、三年生は上位妖怪の巣窟です。学園長に至っては黒い噂が絶えません」
杉谷は任務に不安を覚えずにいられなかった。
清条ヶ峰学園。
謎の学園長を筆頭に、人間も人外も通う、世界唯一の学園。
下手に危害を加えると、完膚なきまでに叩き潰されると評判だ。
半年程前には日本有数の上位妖怪、山ン本五郎左衛門率いる軍勢を殲滅。
つい最近では、牛鬼率いる戦闘狂集団を殲滅。
異常としか言い様がない。
杉谷が属する一団が全兵力をつぎ込んでも、勝てるかどうか確証がない一団を難なく退ける。
妖怪の力が人間の力を上回るこの世界で、そんな所業はまず不可能だ。
九尾、酒呑童子、鞍馬天狗といった日本妖怪三大勢力も傍観を決め込んでいる時点で、怪しすぎるのだ。
心配する杉谷をよそに、上司の男は自嘲気味に笑う。
『おそらく、学園長にはバレているだろうな。こちらに手を下さないところを見ると、傍観を決め込んだようだ。一般生徒に手を出さなければ消されないという噂は本当だったらしい』
「では我々の動きは奴に筒抜けだと……?」
『あくまで仮定の話だがな。何を考えているかは知らんが、好都合だ。利用させてもらおうじゃないか』
電話の男は、別の意味で学園長を信用しているようだ。
確かに、清条ヶ峰の学園長は得体が知れないが、無闇に騒ぎを起こしたりはしない。
そして、動くのはいつも後。先手は打たなかった。
しかし、それでも不安要素はある。
「学園長が生徒や教師に情報を流す事は? 生徒に妖怪の相手をさせたような輩です。ある程度の情報は流されると見ていいでしょう。ですが、その“ある程度”がどこまでなのかがわかりません」
腐っても教育者。
生徒が危険に晒されて、助言の一つもしないのは考えにくい。
形はどうあれ、情報の流出は免れないだろう。
それが致命的なのか。そうでないのか。
情報は重要だ。知っているのと知っていないのでは、任務の成功率に大きく関わってくる。
(学園長に情報を流すなと言えればな……できるはずがないが)
何となく閃いた案だが、即刻頭から振り払った。
実現不可能な事を、考案したところで意味はない。
電話の向こうの上司の反応を待っていると、急に不快な雑音が鼓膜を襲う。
そして収まった後には、上司の声が、
『やあ杉谷君。呼んだかい?』
「ッ!?」
男にも女にも聴こえる、中性的な声になっていた。
冷静に考えれば、そんなはずはない。
ついさっきまでは、れっきとした男と話していたのだ。
まず、上司はこんな子供の悪戯をする性格はしていない。
考えられるのは、誰かが電話に割り込んできたという事だ。
そしてこの回線に割り込む相手も限られてくる。
組織の最新技術と世間で使用されるスーパーコンピュータを数十台駆使しても、突破するのは不可能なセキュリティを誇る。
それを難なく突破されている。
となると、電話の主は――
「清条ヶ峰学園、学園長か」
『察しがいいじゃないか。ご名答。私は清条ヶ峰の学園長さ。趣味は物語鑑賞。よろしく頼むよ』
「あんたの趣味などしったことか。何のようだ」
杉谷は冷静を装っているが、内心焦りまくっている。
あくまで仮定だった話が、確実なものとなってしまった。
手を出さないなんて噂は嘘もいいとこだ。
こんな堂々と、工作員と会話する相手がどこにいるのだろう。
今の状況を把握すればするほど、生き残れる気がしない。
一秒後か。一分後か。いつあの世の閻魔とご対面するのか。
震える手を押さえつけて、どうにか受け答えをしているのがやっとだ。
『私は今回の件に、一切関与しないと伝えようと思ってね』
「なんだと!?」
『もちろん生徒にも教師にも言わないさ。君達の目的のために、自由にしてくれて構わない。ただし、関係のない者は巻き込まないでくれ。表の人々を裏に引き込むのは君達も望まないだろう?』
「……言いたい事はわかった。こちらに有利なのもな。だが、あんたに何のメリットがある?」
正体不明でも教育者だと思っていたが、教育者の欠片もない。
こんなのが長の学園に通う子供達に、軽い同情を覚える。
同時に、ますます学園長の考えている事がわからなくなった。
杉谷達を自由に動かしておくメリット。
生徒を危険な目に遭わせるのが目的なのか。
襲わせる事に意味があるのか。
はたまた別の思惑があるのか。
影が薄いことだけが特徴の杉谷には、いくら頭を捻っても答えは出てこなかった。
『ふむ、そうだな……強いて言うなら、君らが自由に動く事が私のメリットだ。深く考える必要はないよ。どうせ知ったところで、意味はないからね』
「……あんたの考えている事はわからんな」
『よく言われるよ。私自身も分かっていないのかもしれないがね。話はこれで終わりにしておこう。君の上司にも悪いからね。ではグッバイ』
再び鳥肌が立つような雑音。
一瞬の後、学園長ではなく上司の叫び声が届いてきた。
いつものオペラ声が聴けて、心からホッとする。
『やっと繋がったか! おい! 聴こえるか杉谷!』
「そんなに大声を出さなくとも聴こえますよ。気分は最悪ですがね」
手の痙攣が収まり、緊張の糸が途切れた杉谷は、今の出来事を簡潔に話し始める。
清条ヶ峰の学園長が回線に割り込んできたこと。
今回、杉谷達に手を出さないこと。
情報を誰にも流さないこと。
学園長の目的がわからないこと。
短い会話だ。必要な情報をまとめるのに苦労はしなかった。
個人で判断をする段階は超えている。
杉谷にできる事は、取捨選択した情報を報告する事だけだ。
全てを伝えきると、短い沈黙の後、上司は口を開いた。
『……本人がわざわざ宣言にしにきたのなら、本当に我々の邪魔をする気がないのだろう。それこそメリットがない。このまま任務を続行しろ』
「やるしかないのですね」
『ああ。この機会を逃す手はない』
杉谷は渇いた唇を舐めた。
学園長が約束、もとい一方的な言い付けを破る可能性はある。
本人が手を下さないだけで、他の者を使って潰される事も考えられる。
しかし、やるしかない。
目的のためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
気持ちを切り替え、落ち着いた声で切り返す。
「目標が学園にいる事は確認できました。即座に撤退し、そちらと合流します」
『了解した。気をつけろよ。学園長がいなくとも、この街は一般人に紛れて、とんでもない者共がいるからな』
「わかっています。上位妖怪や一年の異世界の魔王とやらの顔はしっかり覚えているので、見つかる前に逃げおおせてみせますよ」
『ふっ、心強いな』
「あなたの部下ですから、当然です」
杉谷は上司であるこの男は高く評価していた。
そして彼の元で働けて、誇りに思っている。
彼の願いのためならば、命をだって投げ出せる。
それだけの覚悟を杉谷は持っていた。
「何としてでも成功させましょう」
『もちろんだ。必ず成功させる。我ら、甲賀の忍の未来のために――』
杉谷もオペラ声も男も甲賀の忍。
伊賀、甲賀は忍者の里として、世間でも認知度が高い。
彼らもまた伊賀の服部家と同じく、人に仇なす妖怪を狩る者達。
甲賀は近江を根城とし、主にその周辺で活動している。
伊賀とは山一つ隔てただけ。
とても近い距離であり、狩る標的も同じなのもあって、非常に仲が悪い。
そして、本来ならこの街にいるはずのない人間。
当然目的がある。
『――服部武蔵を必ず、超戦士装甲を奪取する』
服部武蔵。
伊賀忍者きっての名門の家。服部家の長男。
一〇年に一人いるかいないかと呼ばれる天才。
優れた体術に頭脳。兵器開発にも極めて優秀な才能を発揮している。
そして、何よりも。
あの忍者の歴史史上、最高の天才であり奇才と呼ばれる男、超戦士装甲の開発者、服部慎蔵の息子である。




