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アフターヒーロー  作者: 望月
第一章 帰還した勇者と清条ヶ峰学園
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第十九話 1章エピローグ

 あれから三日が経った。

 廃工場が倒壊したが、人気がいないのも手伝って、一般人の被害はなし。

 三〇分にも満たない戦闘だったのも大きな要因だ。

 学園側は情報操作を行い、廃工場の倒壊は事故として処理された。


 楓を狙う牛鬼は消滅した。

 率いていた戦闘集団は僅かな人員を残し、壊滅。

 残った妖怪も学園の教師に捕らえられ、自由に動ける者はいなくなった。

 学園が好き勝手やっているが、牛鬼達は妖怪勢力も手を焼いていたようで、今回の件は彼らにとっても喜ばしい事だったらしい。

 知名度を上げるためなら、殺しも躊躇わない妖怪でも、やり過ぎは迷惑なのだ。

 殺しすぎて、源になる人間がいなくなったのでは本末転倒。

 よって牛鬼の行動は彼らにとっても邪魔以外の何物でもない。

 

 妖怪初の両親の特性を生まれ持った楓から始まった事件。

 楓を最も付け狙っていた牛鬼は消えた。否。消された。

 これに一年E組の生徒が関わっていたのは、学園長により、妖怪勢力に伝えられている。

 彼らもわかったはずだ。

 一年E組を下手に刺激すれば、殺されるかもしれないと。

 死んだ妖怪が、上位妖怪の牛鬼であることも効果てきめんだ。

 学園にいる間は楓にちょっかいを仕掛ける連中は現れないだろう。

 学園を卒業したとしても、簡単には手を出せない。

 今の楓には、かつてなかった繋がりがあるから。

 そして彼女自身もまた成長したから。


 そんな楓は今学園にいない。一応体験入学扱いのE組だ。休学扱いにはなってはいない。

 牛鬼の襲撃は失敗したが、心配になった彼女の両親が楓を呼び寄せたからだ。

 両親の気持ちはよく理解できる。危険な目にあった娘を放置するなんてできないだろう。

 ただ学園を辞めさせられそうな勢いだったらしく、説得に時間がかかっているらしかった。

 それが三日も続いた。

 それでも今日になってようやく両親を説得できたようで、明日にはこの街に戻ってくる。

 ささやかながら楓の無事と通学を祝うパーティーも考えている。

 費用の面から本当にささやかだが、こういうのは気持ちが大事なのだ。


 ちなみにこの情報は楠から知らされた。

 彼女が無事に学園に復学できるようで何よりだ。

 そう安心した和也は只今、夕飯の材料を買って帰宅中。

 授業も終わり、時刻は五時半。夕暮れ時で烏が赤い空を賑わしている。


「安売りセールに間に合ってよかったな。これで舞のお小遣いを捻出できるぞ」


 買い物袋片手に帰路につく。もはや主夫だ。しかも妹の小遣いまでに気を回している。

 こちらに帰ってきてからの家庭的生活がすっかり板についてしまっていた。

 元勇者として嘆くべきか、普通に戻れて良かったと喜ぶべきか。


 そうして広場の前を通っていると、ある人物を和也の目が捉えた。


「あれは……」


 和也は通り過ぎずに広場の中に入っていく。

 見渡せば呑気に本を読んでいる少女が、ベンチに座っていた。

 牛鬼の襲撃事件の中心となった少女、立花楓だ。

 セーラー服姿の彼女はこちらを見やると、恥ずかしそうに、小さく手を振る。

 和也も振り返し、足早に近づいて、声を掛けた。


「帰ってきてるなら、連絡してくれればよかったのに」

「ふわっふ! あれ桐生君!? どうしてここに?」

「買い物帰り。あとそれは俺の台詞」

「する事がなかったから外に出ようと思って。帰ってきたって連絡しようと思ったけど、機械の使い方がよくわからなくて……ごめんなさい」


 バツが悪くなって顔をそらす楓。

 E組の生徒として楓にもスマートフォンが渡されている。

 妖怪が文明の利器を使うのは腑に落ちないが、楓はあくまで例外。

 普通の妖怪はイメージ優先で使わないらしい。

 特に強面の妖怪にその傾向が強いようだ。

 伝承通りの事をやるからこそ、知名度からくる強さが維持される。

 携帯なんて物を使っていたらイメージが損なわれてしまう。

 伝承に多少の誤差はあれど、なるべく言い伝え通りで振舞うのが妖怪だ。

 人間に認知されていない『混じり』の数少ない特権と言える。

 

「まあ、ご両親は説得できたみたいでよかったよ」

「うん。すごい怒ってたけどね。学園長にも怒ってたけど、私はくどいぐらい言われたよ……無茶するんじゃないとか、怪我はないかとか」


 そりゃあそうだろうと和也は思った。

 過去の話を聞いても、過保護な面は伺える。

 怒られたという事は心配の裏返し。彼女が両親に愛されている事がわかる。


「でも心配だからって、この街に引っ越してくるって言い出したのは驚いちゃった」

「……妖怪の総大将がそれでいいのか?」

「大丈夫。そう呼ばれ始めたのは最近で、実際総大将はやってないから。でも裏の親分みたいな感じにはなってるかな?」


 楓は気遅れた様子もなく、のほほんと喋る。

 こうして彼女が穏やかに話せるように良かった。

 初対面の時はやけに冷たくて、素っ気ない態度。

 今になってみれば、あれは見間違いだったんじゃないかと思うぐらい違う。

 彼女は変わった。いい方向に。

 友達一〇〇人も夢じゃない。

 あまりに多くなりすぎて、和也が忘れられたら悲しくなるが。


「そうだ聞きたい事があるんだけどいいかな?」

「いいけど、どうしたの?」

「えっとね、牛鬼が消えた所に溶けかかった豆が落ちてたんだけど……確か私が桐生君に渡した物だったんだけど、何であそこに落ちてたのかな」


 楓が言っているのは念のためと渡された豆の事。

 牛鬼との戦いの際、効果がないと断言された、鬼は外福は内の豆。

 実はあの豆、戦いで使用したのだ。

 だがそれは隠し通さなければならない。

 和也は適当な嘘を交え、楓をごまかす。


「ああそれね。効果なかったけど牛鬼に投げつけたんだよ。それがたまたま口の中にでも入ったんじゃないかな。妙に興奮してたし、気づいてなくてもおかしくないよ」

「ふーん……」

「本当だって。俺が立花さんに嘘をつくわけないじゃないか!」


 そう言って楓をじっと見つめる。

 楓の顔が真っ赤になるが、予想通りだ。

 こうして恥ずかしい事をやってごまかす作戦。

 お粗末な作戦でも、男女経験のない楓には効果抜群だった。

 気持ち悪がられていたら、逃げるなりなんなり拒絶の反応はみせるだろう。

 引きまくりで、その場から動けないというのなら、部屋の隅でこっそり泣くことにする。


「えと……あの……桐生君……」


 手を絡ませ、もじもじする楓。

 美少女が頬を赤らめている姿は眼福物。しかしここは優先すべき事がある。

 見つめるに続き、さらに段階を進める。

 

「そういえば親御さんには何て言って説得したんだ?」


 秘技、話題そらし。

 自分の都合の悪い話になったら、無理やり別の話題に持っていく人間として底辺の技術。

 心苦しいが、楓が押しに弱いのは確定的だ。このまま押し切っていく。


「それは、その……」


 頬を赤く染めたまま口ごもる。

 両親に相当恥ずかしい事を言って説得したので言いにくい。特に和也に対しては。


(全然納得してくれないからって、好きな人ができましたなんて言っちゃうんじゃなかったよ……うう……)


 なかなか両親が通うことを認めてくれなかったので、最終手段として言ってしまったのだ。

 結果的に成功したわけなのだが、両親の反応は両極端だった。

 母、紅葉は大興奮。父、ぬらりひょんは奇声を発して大混乱。

 狂乱の渦に陥ったぬらりひょんを紅葉が宥める形で落ち着く羽目になった。

 自分にはもったいない父親だと思うが、ここまで騒ぐと迷惑だ。

 好きな人がいるのは嘘じゃない。好きな人というより好きかもしれない人か。


「どうかした?」

「な、なんでもないから! そうなんでもない……」


 気恥かしそうにする楓を尻目に、和也は内心ほっとしていた。

 あの戦いで和也は牛鬼の特性を劣化コピーした。

 タイミングは和也が鉄骨から摺り抜けて、牛鬼の顔面に拳を直撃させた時だ。

 その瞬間、ちゃっかり和也の能力でコピーしたのだ。

 応用の利く能力で、使用したい気持ちはあった。

 ただボコボコにされまくった牛鬼を楓の前に誘導しても意味はない。

 でも戦闘経験のない楓に軽傷の牛鬼を向かわせるのも危険が大きい。


 そういった事情もあって、和也はちょっとした小細工をした。

 牛鬼の特性は毒だ。

 牛鬼自体は溶かす系統の毒を好んで使っていたが、予想以上に毒の幅は広かった。

 麻痺毒や睡眠薬の効果を持つ毒など様々だ。

 和也はコピーしたついでに能力の情報も読み取る事ができる。

 コピーしたところで、使えなければ宝の持ち腐れだ。


 そこで獲得した情報を元に、和也は戦闘中に牛鬼に仕掛ける。

 劣化により、強い毒は使えない。

 それでも楓のために少しでも牛鬼をダメージを与えたかった。


 和也はまず、豆に何とか使用可能だった麻痺毒を豆に染み込ませた。

 次に楓の特性、透過で牛鬼の体内に滑り込ませる。

 いくら上位妖怪といえど、体に仕込んでしまえば、それなりにダメージはある。

 接触は多かったから、仕込みするタイミングはいくらでもあった。

 とりあえず楓にバレなければいい。

 体内に仕込んでから時間がなかったせいか、消化されていなかったようだが、概ね成功したといえる。

 

 しばらくして楓が落ち着いてきたので、和也はこう切り出した。


「帰ってきたって事は学園に通い続けるんだよね?」

「うん。お父様もお母様も説得できたから。それに――」


 楓は今まで見たことがないような穏やかな瞳で。

 楓を知る人が驚くような、満天の笑顔で言う。

 


「――たくさん友達ができたから。だから私は学園に通い続けたいと思う。大切な人達と思い出をいっぱいつくりたい」


 こんなに自分の意思を全面に出す楓を和也は初めて見た。

 改めて彼女が成長したのだと実感する。


 楓はもう自分の殻に閉じこもっていたか弱い少女ではない。

 一人の立派な女性だ。

 彼女はこれから、たくさんの思い出をつくっていくだろう。

 その中に和也も含んでくれたら嬉しいかなと思いつつ、その後しばらく楓と今後の学園生活を想像して笑い合いながら、楽しんだ。


 和也と楓。

 元勇者と妖怪。

 生まれも境遇も生き物としても違う。

 二人が出会ったのは偶然だったのか。それとも必然だったのか。

 そんな事は誰にもわからない。

 だがこれだけははっきりと言える。


 立花楓という妖怪の少女にとって。

 最高の出会いだったと。



これにて一章完結。

最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございます。


次章は1章でほぼ触れられていない2年、3年のE組を出す予定。

とりあえず今はプロローグをせっせと書いております。



2章は2ヶ月以内に更新します。


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