第十一話 勇者と父⑤
炬燵を家族四人で囲む。
足元は暖かいのに、首を冷たい手で絞められているような気分だ。
まさか年末の炬燵で、こんな気分になる日が来るとは、予想もしていなかった。
民宿の一室は、今まさに警察署の取調室に変貌しようとしていた。
「まずはその動物から説明してもらおうか」
智也は和也に首根っこを掴まれているムササビ妖怪を睨んだ。
逃げられないことを悟った妖怪は、大人しく捕まえられていた。
「こいつは妖怪って生き物なんだ」
「妖怪ってあの妖怪? モンスターとかそんな感じの? UMAとかじゃなくて?」
「未確認生物とかではないね。鬼とか天狗とか、そういう妖怪」」
「へー、本当にいるんだ」
舞はあっさりと現実を受け入れていた。
瞳を爛々と輝かせ、非日常の存在に興味津々だ。
「妖怪は普段どこにいるの?」
「町中とか山とか、そこらじゅうにいるみたいだよ」
「みんな喋ったりできるの?」
「どうかな、できる奴もいればできないのもいると思う」
「この子はどういう妖怪なの?」
「それは俺も知らないな。君はどういう妖怪なのかな」
和也が優しく語りかけるが、いつ首をへし折られてもおかしくない状況である。
声を震わせながら答えた。
「あたしは野衾と呼ばれる妖怪です。火を食べたり吹いたりできます。空を飛べます。人を襲うなんてしないので許してください」
野襖はムササビに似た妖怪で、東京近辺に伝承が残っている怪異だ。
本人の説明のように、火を口に含み、吹き出す力を持ち、飛行もできる。
特別強くもない、弱小マイナー妖怪だ。
だが人を襲わないというのは嘘で、伝承では人間の顔面に突撃したりしている。
和也達が知らないのをいいことに、都合の悪い部分は意図的に隠したのだ。
しかも名前を喋ってしまっているから、インターネットで簡単に調べることができる。
科学に疎いが故の致命的なミスだ。
とはいえわざわざ調べなくても、和也に嘘は通用しないので、当然のように見破られる。
「下手に嘘は吐かないほういいぞ。ほらほら」
野衾の頬を指でつつく。
瞳を潤ませて和也を見つめるが、効果はない。
「ねえお兄ちゃん、可哀想だし離してあげようよ」
「駄目だ。何をするか分かったもんじゃない」
舞の意見を突っぱねるが、そこで智也が口を開いた。
「いや離してやれ。そいつにそんな気はないだろう」
「それは本気で言ってる?」
「ああ」
「……しょうがないな」
和也は嘆息し、首を掴んでいた手が緩む。
野衾は舞という名の天使に、希望を垣間見た。
しかし思いのほか早く拘束を解くので、和也の顔を三度も見てから、ようやく離れた。
「意外と早く離してくれるのね」
「舞と父さんが良いと言ったからな。だけど不穏な動きをしたら……」
「分かっています! はい、分かっていますとも!」
和也は指の骨を鳴らした。
信頼できるかは別として、害のない妖怪だとは直観的に理解していた。
しかし敵意も悪意も感じられないのだとしても、家族が近くにいる以上、簡単に気を許すつもりはない。
野衾は体を震わせ、舞の背中に隠れた。
「世の中に妖怪がいるというのは分かりました。ですが、それで和也さんが同類とはどういうことですか?」
真美が強く睨みつける。
静かな口調だが、有無を言わせないものがあった。
「それは……」
和也は視線を宙に逸らした。
野衾が余計なことを口走ったせいで、真実を話さなければならない状況まで追い込まれてしまった。
嘘を吐いたとしても、納得はしてくれないだろう。
全てを話したら、拒絶されるかもしれない。
居場所を失うかもしれない。
それが恐ろしい。
氷の中に閉じ込められたかのように、冷たくて重いものがのしかかる。
しかし、たとえ怪物呼ばわりされたとしても、言うべきなのだ、と思う自分もいる。
帰還してから幾度となく真実を明かす機会はあった。
追及を嘘で流して、問題を先送りにしていたのは和也だ。
笑って誤魔化し、嘘と真を織り交ぜて、騙していた。
今追いつめられているのも、自業自得だ。
和也の立場がどうなるにしろ、腹を括る時だろう。
騙していたと罵られてもいい。
化け物だと拒絶されてもいい。
全てを受け入れる。
本当のことを包み隠さず話す。
三人を見渡し、そして打ち明けた。
「俺が超能力者だって言ったら、信じる?」
三人は顔を見合わせ、初めに舞が頷いた。
「妖怪がいるんなら超能力者だっているでしょ。ねえ?」
世の中不思議だらけである。
妖怪の以外に超常的な存在がいても、やっぱり、と信じられるくらいには、舞の想像力は逞しかった。
「お兄ちゃんが超能力者だとして、どんなことができるの?」
「俺はこういうの」
和也が手の平を広げると、青白い光が迸る。
学園の異能者からコピーした電撃能力だ。
舞は感嘆の声を上げ、真美は心配そうに見つめ、智也は沈黙を保っていた。
「うわすっごいね! どうやって出すの? 痺れたりする?」
「いや痺れたりはしないよ。出し方は、こう、手首に力を入れると……」
舞は迷いなく和也に近づいて、手元を凝視した。
理解しているというよりは、「何だかよく分からないけど夢があって面白そうなもの」そんな認識だ。
とても危険性について考慮しているとは思えない、そんな風に考えていたが、段々と首を横に傾けていく。
「でもさー、ビリビリできるからって、妖怪と同類って変じゃない? 妖怪と超能力者は別物でしょ?」
「電撃を見せたけど、本当はコピー能力なんだ。妖怪の力もコピーしてるから、同類だと思われたんだよ。そうだろ野衾さん」
「うんうん! あたしも絶対そう思う!」
もはや和也に完全服従の野衾は、千切れんばかりの勢いで首肯した。
会話として成立していないが、家族の誰もこれ以上言及はしてこなかった。
妖怪か超能力者かなんていうのは、この際どちらでもいい話なのだ。
家族の興味はもっと根底の位置にある。
「その力は、お前が消えたことと関係はあるのか」
黙っていた智也がついに口を開いた。
最大の関心は行方不明の原因だ。
全ての始まりで、一番重要な部分なのだ。
「それは俺にも分からない。嘘じゃない、本当に知らないんだ」
実際のところ、勇者として選ばれた理由は和也も知らない。
さらに言えば、召喚した本人もよく分かっていないという有様だ。
「なら質問を変える。お前は四年間どこで何をやってた」
それならば答えられる。
妖怪よりも超能力よりも信じがたいスケールの大きい内容になるが、話すことはできる。
軽蔑されるかな、と自嘲しつつ、和也は言った。
「異世界で戦争してた」
和也は異世界での戦争経験も明かした。
四年前に突然異世界レルービアに呼び出され、戦争に加わったこと。
体はもはや人間とは別次元の物になっていること。
「妖怪も超能力もあるなら異世界も……あってもおかしくないのかな?」
さすがの舞も、異世界の存在には懐疑的だった。
別世界に誘拐されて殺し合いしていましたと言われて、素直に信じられるわけがない。
妖怪が目の前にいなかったら、「頭だいじょうぶ……?」と、哀れみの視線を向けられるのが容易に想像できた。
「人の子を拉致して戦わせるなんて、最低な人達ですね」
背筋が凍るような、冷えきった声が響いた。
母親の立場からすれば、レルービアの人々は息子を戦争の道具に使った極悪非道の下衆集団に感じるのだろう。
「一応事故みたいなものではあったらしいんだけどね」
「戦わせる理由にはなりませんよね」
「戦ったのは、俺がそうしたかったからだ。無理やり戦わせられたわけじゃない」
「そちらの人には止める義務があったはずです。あなたはまだ子どもなんですよ」
「あっちは個人の意思を尊重してくれるんだ。大人も子どもも関係ない」
「聞こえのいい言葉で誤魔化さないでください」
真っ直ぐに放たれる正論に、まともな反論もできず、追い込まれた。
現代日本人の価値観に照らしてみれば、異世界人の行いは外道以外の何物でもない。
落としどころを探そうにも、初めから底なしの穴しか残されていないのだ。
「和也さんを誘拐した下衆の首を折ってやりたいところですが、まあ今は良しとしましょう」
真美は手のひらを合わせた。
元不良娘らしい物騒な発言に、智也は「またか」と嘆息した。
滅多に怒ったりはしないのだが、一旦怒りだすと暴言と丁寧語が混ざって、普通に怒鳴られるも恐ろしい事態になる。
真美の怒りは口を開かずとも、ひしひしと伝わってくる。
あまり近寄りたくない時の母の姿だった。
が、程なくして、柔和な笑みを浮かべる。
「でも和也さんはもう無関係なのでしょう? そんな異常なこととは無縁なのでしょう?」
「ごめん母さん」
母の笑みが固まる。
「俺はこれからも異常なことに関わっていくと思う。そういう生き方にすると決めたんだよ。ずっと前に」
かつて命を懸けて戦うと決めた。
魔王を斃すという目標を失った今でも、それは不変のモノだ。
必ずしも和也が必要になることはないが、不干渉はありえない。
力を請われれば助けにくし、余計なお節介もする。
そう、あの日に決めたのだ。
「私は認めません。和也さんは普通に生きていくんです」
「母さんには悪いけど、これが俺の普通なんだよ」
「屁理屈はやめてください。そんな普通は認めません」
「じゃあ母さん、全部説明するから俺の話を聞いてくれ。認める認めないはそれからで……」
「和也さんが普通に生きると言ってくれないなら、どんな話も聞く気はありません」
「あのさ母さん、頼むから少しは聞いてくれよ。納得させるどころか話も始まらないじゃないか」
「どういう話でも納得なんてしませんから、無意味です」
まさに聞く耳持たずの母に、さすがの和也も苛立ちを覚えずにはいられない。
和也がムッとして言い返そうとした瞬間、
「まあ二人とも落ち着け。和也、少し出るぞ。真美と舞は待っていてくれ。ほらいつも見てるドラマが始まる時間だろ? すぐに戻る」
智也が割って入ってくる。
真美は不服そうだったが、反対はせず、渋々従った。
舞は気まずくなって、野衾とお喋りして、お茶を濁している。
和也は宿の外に連れ出された。
父と身長差はほとんどないが、前を歩く背中は大きく感じられた。
玄関をくぐると、暗闇の中に粉雪が舞っていた。
智也は宿の壁にもたれかかり、和也もそれにならった。
「母さんも親として心配なんだ。あまり怒らないでやってくれ」
「分かってるよ。でも俺は……」
「待て。お前の話を聞く前に、言っておくことがある」
智也は首だけを動かし、和也を見据える。
「実はな、俺はとっくに知ってたんだよ。お前の事情を。異能だの異世界だのどうのってやつを。学園のことも」
「え? は?」
和也が素っ頓狂な声をあげた。
そんな息子はお構いなしに、智也は続けた。
「楠君から一通りな。父親は知っておくべきだと思いますとか何とか言ってたな。それと俺がこの話をしたことは秘密だぞ。楠君に怒られる」
智也が軽い調子で言ってのけた。
和也の過去を知っている。
もっと取り乱してもおかしくはなかったが、意外にも和也は落ち着いていた。
ゆっくりと息を吐く。
「あまり驚いてないな」
「楠先生だったら、俺に内緒で教えていても不思議じゃない。家族に一人でも事情を知ってる人がいれば、何かと都合がいいだろうし」
生徒思いの先生が、親を除け者にするはずがない。
和也はなるべく言わないでほしかったが、現在の状況であれば、むしろ円滑に話が回る。
母に説明しようとした内容を、父に伝えようとするが、未だに智也はじっと和也を見ていた。
「なら俺も異能者だって言えば驚くか?」
「……マジで?」
「マジだ。俺には感情の色が視える」
智也は自分の異能を解説した。
物心ついた頃から、人から湯気のように発せられるオーラが視えていた。
怒りの色は赤、悲しみの色はグレー、そんな風に判別が出来ると智也は言った。
「ちなみにお前は無色でさっぱり分からん」
「俺の場合はそうだと思うよ。しっかし父さんも異能者だったか……」
和也が驚くなか、智也は続けた。
「まあそれはいい。とにかく能力は違うが、爺さんもそうだったし、ご先祖さんにもいたらしい。詳しくは俺も知らん。まあ突発的に出てくるんだろうよ。舞は普通の人間だしな」
最後に、勇者とかぶっ飛んだのはお前しかいないけどな、と、付け加えた。
なるほど、確かに遺伝なら和也に異能があるのも頷ける。
しかし一つ、解せないことがあった。
「そうだとしたら、俺が能力をコピーしてないのが不自然だと思うけど。父さんに触ったこととか、いくらでもある」
「お前のは任意発動かなんかだろ。楠君からは、能力によっては自覚のないまま一生を終える人もいると聞いたぞ」
和也は自分の手を広げ、じっと見つめた。
確かに和也がコピーしようとしなければ、能力は発動されない。
分かってはいたのだが、初めから知っていれば、異世界に放り込まれた時も、多少はマシだったのだろう、と考えてしまう。
後の祭りと言われれば、それまでの話だが。
「というか知っているんだったら、さっきみたいに訊く意味なかったよね?」
「お前の口から聞いてみたかった。それだけだ」
智也の言葉は夜に溶けていった。
腕を組み、再度和也に問いかける。
「で、だ。俺には絶対にお前から聞かなければいけないことがある」
強い口調で言いきる。
有無を言わさない迫力がひしひしと伝わってきた。
「俺はお前の進路に口を出すつもりはない。お前のやりたいことは、ようは正義の味方なんだろ? いいじゃないか、格好いい」
肯定的な対応に、和也は苦笑してしまった。
母とは真逆の反応だからか、なおさら毒気が抜かれた。
「まあ真美に、そんな浪漫を語ったところで通じるとは思えん。お前がどんなに説得材料を並べても、折れたりはしないだろう」
そもそも和也の話を聞いてくれないので、説得以前の問題である。
「だけど俺は違う。お前と真美は親子、俺と真美は夫婦だ。俺なら真美を説得できる」
「ほんとに?」
「できる。俺と真美の愛を嘗めるな」
「それじゃあ……」
「まあ、少し待て」
智也は手を突き出して、和也の逸る気持ちを抑える。
「どうせ真美が反対したって、お前は勝手にやるんだろうが、家族としては反対ではなくて、応援してやりたい」
智也の鋼鉄のように固く、鈍い色を放つ瞳が、和也を捉える。
和也も力強く見据える。
「お前がどうしてその道を志すのか、どういう覚悟なのか聞きたい。俺が認めないかぎり、真美は説得しない」
父と子は視線を合わせ、どちらも逸らさない。
「だからお前は母さんを説得するために、俺を納得させてみせろ。話はそれからだ」
6章は残り2話なので、終わりまで連日更新します




