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アフターヒーロー  作者: 望月
第六章 帰還した勇者と一人ぼっちだった妖怪
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第十話 勇者と父④

「誰からの電話だったの?」

「先生。学校に忘れ物があったから、帰ったら取りに来いって」

「ふーん」


 和也と舞は、両親よりも一足早く宿に戻っていた。

 家がないので、近場の宿を取ることにしていたのだ。

 両親と知り合いの老人が経営している二階建ての民宿で、格安で泊めさせてもらっている。

 部屋は綺麗に掃除こそされているが、人の暖かみを感じる部屋だ。

 自分の手で改造したり、近所の貰い物で部屋を造ったらしく、無性に懐かしくなる。

 心が安らいで、昔の家を彷彿とさせた。


「地元なのに宿に泊まるって変な話だよね」

「ほんとにな」


 舞は部屋の窓を全開にして、景色を見渡した。

 雲の隙間から光が落ちて、地上を照らし、僅かに残った雪を白く輝かせていた。

 しばらく眺めていたかったが、やはり寒くなったのか舞が窓を閉めてしまった。


「う~寒い寒いっ」

「温かいお茶でも貰って来ようか?」

「お願いしまーす」


 荷物を下ろして、部屋を出ようと襖に手をかけ――


(――何か来てるな)


 和也は首筋に冷たいものを感じた。

 先程まではなかった気配が、民宿に急速に接近してきている。

 少なくとも人間ではない予感があった。

 楠の話もあり、無視することはできない。

 もしかしたら例の騒動の関係者ということもある。

 耳を澄ます。

 謎の存在がどのあたりから侵入するか見当がついた。


「お兄ちゃんどうかした?」

「いや何でも。すぐに戻ってくるよ」


 舞は特に追及せず、兄を見送る。

 和也は部屋を出て、民宿の裏手に向かった。

 白く染められた木々が重なりあって、視認こそできないが、奥から何かが近づいている気配がある。

 住民に危害を及ぼすようなら、ここで排除するつもりだ。

 妖怪の知識は足りていないが、相手をするくらいは一人でもできる自信があった。

 徐々に距離を縮めてくる存在に、警戒心を強め、自然と拳に力が宿る。

 全神経を集中させ身構えていたが、いざ謎の侵入者の姿を視認すると、戦うどころか体から力が抜けてしまった。


「ムササビ?」


 和也は気の抜けた声で言った。

 見た目は胴体に薄く広がった膜があって、リスのような顔をした生き物だ。

 形状が近い動物はイタチかムササビだろう。

 しかしどちらにもない謎の羽が生えているから、妖怪とみていいだろう。

 ムササビっぽい妖怪は木々を抜けた直後、和也の周りを高速で旋回した。

 動きは動物そのもので、敵意は感じられない。

 敵意がないなら排除する理由もなく、どう対処しようか考えていると、あることに気付いた。


(擦り傷が多いな。森の中突っ切ってたからかな)


 ムササビ妖怪の体は木々で切ったような傷が各部にあった。

 どうやらかなりの速度で飛んできたらしい。


「妖怪なんだろう? 喋ったりできる?」


 和也は問いかけたが、妖怪は黙ってくるくると飛んでいる。

 これまで意思疎通の出来る妖怪ばかりだったので、喋って当然だと思っていたのだが、そうでもないようだ。


「お兄ちゃーん! 外で何してんのー?」


 二階の部屋にいた舞が窓からひょっこり顔を出した。

 そしてムササビ妖怪に、釘付けとなる。

 妖怪の動きに視線がつられていた。

 次に中へ戻ったかと思えば、和也もびっくりの早さで下まで降りてきて、ムササビ妖怪を抱きしめた。


「可愛い!」


 愛おしそうに背中をさすり、食い入るように眺めた。

 可愛い物に目がない舞には、最高の姿形をしているのだろう。

 妖怪は突如現れた人間にも抵抗せず、受け入れていた。

 少なくとも危険性はないようなので、和也も一応安心できる。

 野生の生き物であれば、それはそれで迂闊に触れすぎとは思うが、凶悪な妖怪でないだけマシなのだ。

 妖怪は舞に体を預け、静かに顔を胸にうずめている。

 和也とは反応が大違いだ。

 男と女の差があるにしろ、こうも露骨に態度が変わるとショックだ。

 初めから戦闘態勢だったのがいけないのかもしれない。


「ねえお兄ちゃん、この子トゲとかいっぱい刺さってるけどどうしたの? 傷もあるし」

「そこの森から飛び出てきたからじゃないかな。俺もびっくりしたよ」

「かわいそー。私が取ってあげるからね」


 舞はムササビ妖怪を地面に横たわらせて、丁寧に一本ずつトゲを抜いた。

 和也も手伝うが、ムササビ妖怪の一挙手一投足から目を離さない。

 いつ何が起きても対応できるように、構えているのだ。

 妖怪も和也の警戒を解かずに睨んでいる。

 まるで人間のような眼光に、ただの野生動物でないことを確信した。


「こんな動物いたんだね。何年も住んでるのに気付かなかったよ」

「こういう動物は人里に下りてくるのも珍しいからな。見たことなくても当たり前だよ」


 何故妖怪は今日ここに現れたのか。

 舞と他愛のない話をしながら、理由を考えてみたが、あまりに棘が痛そうで、早く抜いてあげたくなってしまった。

 棘が抜け終わる頃には、両親が帰ってきていて、子ども達を探していた。


「お前ら寒いのに何やっているんだ。風邪ひくぞ」


 父の智也が民宿の裏手まで回ってきた。真美も一緒だ。


「あ、お父さんとお母さん。ほらこの子見てよ」


 状況を簡単に説明するが、真美は話を聞いているのか聞いていないのか、妖怪ばかり見ている。

 可愛いらしく、母性をくすぐるような生き物に、母の目の色が変わる。

 母娘揃って、好きなモノは一緒だ。


「私も触ってみても……」


 真美は手を震わせながら近づくが、うっかり尻尾を踏んでしまった。

 不味いと思ったときにはもう遅い。

 ムササビ妖怪は悲鳴を上げて空に跳ねた。

 それどころか、


「足元には気を付けなさいよ! 私の超絶美しい尻尾が台無しになるじゃないの!」


 空中に停滞したまま、甲高い声で息をするかのように捲くし立てた。

 ムササビ妖怪は言語を理解し、喋ることができたのだ。

 常識から外れた現実を前に、三人とも彫像みたく固まってしまい、言葉を発することさえできない。

 正常な思考を保てていたのは和也だけだった。


「喋るな馬鹿!」


 珍しく言葉に怒りを乗せていた。

 和也は尻尾を掴んで空から引きずりおろし、両腕で抱きしめて逃げないようにした。

 しかしそれでもムササビ妖怪の口は止まらなかった。


「同類だからって気安く触れるんじゃないわよ! 噛むわよ!」


 慌てて口を抑えるが、何もかも手遅れだった。

 三人とも和也を見つめ、舞が言った。



「同類って、なんのこと?」


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