手這坂前夜
手這坂前夜の史実の動きを確認し、種が二十から三十へ増える章に落とします。永禄十一年の丘の収穫から、十二年正月の焼き打ち、五月の撃退を経て、手這坂の坂が眼前に立つ前夜まで。種は二十の面から三十の面へ増える。城は出ない。坂は、まだ踏まない。
三十の面――手這坂前夜
永禄十一年の冬、三つ目の丘の背が、初めて椀を超えた。
表面を削る厚みは、朱羅が手の幅で決めた。芯は返す。返す芯があるから、来年も同じ丘が息をする。釜は谷に二つ、のちに三つ。浸す・煮る・冷やすの順を知る者は五人に増えた。比は、まだ五人の外へ出ていない。油紙の封は、色で分かれる。粗い黒と、細かい黒。二十挺の口を、一冬で枯らさぬ量が、初めて棚に並んだ。
「三十にする」
氏治が言ったのは、封を数えた夜だった。二十は面になる。三十は、面が欠けても面のまま残る数だ。十を同時に増やせば、弾も人も足りない。増やすのは筒だけではない。火蓋の噛み、雨覆の角度、雨火縄の漆、そして撃ってすぐ窪を移る足。種は、揃った手数の名前だ。
十挺は、揃って来なかった。堺筋の古い筒を二つ、国友の傷物を三つ、領内の鍛冶が火皿の縁だけを高く打ち直したものを五つ。防雨式に寄せる作業は、朱羅の膝の上で冬じゅう続いた。火蓋の隙間、雨覆の前傾、口薬入れの自重。二十のときと同じ改造を、一本ずつ繰り返す。最新ではない。最新に寄せた、常陸製の息だ。
射手も増やした。二十人の芯は残し、十人を「縄だけ赤い者」から「撃って移る者」へ上げる。同時に生きる火は、六つのまま八つまでとした。三十全部を同じ朝に開けない。開けば種が走る。面とは、居る場所を敵に読ませないことだ。増えた十挺は、土浦と藤沢と、片野へ通る尾根の第三の窪へ散らした。点を増やさず、穴を増やす。
軽機関銃の箱は、井戸の側で埃を被った。雹はまだ降らせない。丘が椀を桶に変える前に雹を使えば、噂が畑を焼く。
永禄十二年正月、北から火が来た。
海老ケ島が落ちた。平塚が降った。大掾・真壁・太田が動く。史実どおり、村が焼かれ、城下が焦げる。修復を禁じられた小田城の外郭は、炎に弱い。壁が低いからだ。だが中身は、もう三年前から空に近い。米と硝石と名簿は、藤沢と土浦と丘の谷へ移してある。焼けるのは屋根と、残した旗だ。
朱羅は城下に立たなかった。焼ける家の煙の東側、道が二つに割れる場所に、防雨式を六挺伏せた。狙いは人ではない。荷を積んだ馬の前脚が沈む轍だ。一発。杭が欠け、列が止まる。止まれば、焼き打ちの手が遅れる。遅れた分だけ、百姓が裏道へ抜ける。面の鉄砲は、城を守らない。逃げる足の値段を下げる。
氏治は本丸にいなかった。無線も飛ばなかった。色布だけが走った。赤は「道を汚せ」。白は「丘を守って引け」。朱羅は白を見て、釜場の三人を谷の奥へ落とした。焼かれるのは城下でよい。削った塩まで焼かせない。
正月の火は、壁の無い城を舐め、北へ戻った。釘は抜けていない。太田は片野に、真壁は柿岡に、まだ居る。だが道は、また杭の欠けた道になった。
五月、佐竹が再び寄せた。
史実では、氏治は城を出て野戦し、損害を与えて撃退する。転生した氏治も出た。ただし本隊ではない。見せ兵と、面の八挺だ。崩れた土塁の内側、胸の高さの段差。修復ではない。射撃の段だ。小雨が混じった。防雨式の雨覆が、その小雨を一息だけ遮った。不発は八のうち二。残り六が、寄せ手の先頭ではなく、先頭の脇の旗指物の竿を欠いた。竿が折れ、列が一度すくむ。すくんだ隙間に、菅谷の騎が短く突き、すぐ退く。追わない。勝ちを取りにいかない。寄せ手の足を、高くするだけだ。
「常陸で鉄砲を見た」
そう囁かれ始めたのは、この五月だった。史実の手這坂で真壁が三十挺を突きつけるより前に、小田の道にはすでに三十の影がある。ただし三十は並んでいない。八つが生き、十が縄だけ赤く、十二が別の窪で息を殺している。敵が数えると、四十にも五十にもなる。種の半分は、今も噂だ。
朱羅は撃ったあとの火皿を拭いながら、丘の封の減りを見た。五月で椀が半分になった。桶までは、まだ冬がもう一つ要る。だから十一月の坂を、今は踏まない。
秋、家中が割れかけた。
岡見が言う。片野を取れ。柿岡を焼け。筑波の東を越えて、釘を抜け、と。史実の氏治は、その声に乗る。三千で坂を下り、三十挺の火に総崩れし、城へ戻れず土浦へ落ちる。転生した氏治は、地図の炭を、手這坂の線の上で止めた。
「坂は、相手が選ぶ場だ。選ばれた場で数を晒すな」
朱羅は南蛮胴の鎬筋を指でなぞった。手這坂は急だ。手を這うほどの勾配。下れば射線が死ぬ。上がれば空になる。面の鉄砲は、平らな道と渡しで効く。坂の腹では、三十挺も一列の的だ。真壁が鉄砲を持つ噂も、すでに届いている。こちらが先に種を蒔いた土地で、先に種を見せて潰れるのは、愚かな死に方だ。山王堂と同じだ。
三十挺の配置を、朱羅は冬の前に書き換えた。
土段の陰に六。城下を焼く手が戻ったときの杭用。
藤沢に八。退く道の汚れ。
土浦に六。菅谷の面。
尾根の窪に六。片野へ通る指を遅らせる。
丘の谷に四。種そのものを守る。
同時に開ける火は、依然として八つまで。三十は、数えるための数ではない。欠けても面が残るための数だ。
氏治は井戸へ、この二年で二度しか降りていない。電池と、雨覆の金具と、紙一枚。軽機関銃は上げない。手這坂の前夜に雹を出せば、坂の名が未来の名になる。常陸に残したいのは、土の塩と、三十の閉じた火蓋だ。
永禄十二年十一月、筑波の東が静かになった。
静かさは、誘いだ。岡見治資が馬を寄せ、坂の上を見たいと言う。朱羅は火縄を口にくわえたまま、首を振った。
「坂の上に種は無い。種は、坂へ至る道の肩にある。道の肩を汚したまま、坂は相手に渡せ」
夜、三つ並んだ丘の屋根を雨が叩いた。一番古い丘は、来春にまた表面を出す。一番新しい丘は、まだ塩を覚えたばかりだ。棚の封は、正月より減り、五月より少し戻っていた。三十挺の口を、霧の朝に八つだけ生かす分がある。それ以上は、撃たない。
遠く、手這坂の方角で狐が鳴いた。史実なら、あと数日で三千が坂を転がり、一門が死ぬ。今夜の小田領では、人が残る方へ米が移り、紅い南蛮の姫が火蓋を閉じ、修復せざる城の旗だけが風に鳴っている。
不死鳥は翼を広げない。三十の面を、欠ける前に散らしただけだ。坂は、まだ、踏まれていない




