夜が明ける前に
夜が明け切る前に、朱羅は谷の奥から戻ってきた。南蛮胴の脇の擦り傷は乾いて黒くなり、血の匂いだけが残っていた。彼女は封を二つ、氏治の前に置いた。
「十二。朝のうちに並べます」
氏治は封を手に取らず、ただ見た。厚い封が一つ減る音は、まだしない。減るのは昼だ。
「桶は」
「二つ。椀には戻りません。ただし、あさっての朝には六つに戻します。二日本番で開けたら、種が減ります」
「種を殺すな」
「殺さないように、十二です」
林の後ろでは、若い者が杭を打ち直していた。昨日の畦は血と泥で広くなり、十騎が並べる場所になっていた。朱羅はそこを避け、半町下がった林の切れ目を選んだ。荷車一台がやっと通る道。両脇は根と窪だ。彼女は泥になった筒を谷へ送らず、布で拭いて並べた。直すためではなく、数を見せないためだ。
治資は腕を吊ったまま、道の端にいた。百五十人は昨夜のまま二つに分かれ、半分は村の裏の畑の境に残っていた。
「超えたら」
「超えません。道は渡しません」
「家は」
「信太が夜のうちに人を出しています。一軒は焼けましたが、戸は空でした」
氏治は頷き、林の火を見た。片野の台ではなく、道の途中に十の火が残っている。太田は帰っていない。帰らない火だ。
「城の旗は出すな」
「出していません」
「出したら、取りに来る。空のまま渡せ」
治資は返事をせず、吊った腕の向こうで刀の柄を握った。
昼前に、太田の本隊が昨日の道へ入った。畦は広くなっていたが、小田の姿はない。資正の物見が半町走り、林の切れ目で杭を確認した。「同じ手だ」という声が風に乗って聞こえた。同じ手と知りつつ、別の手も持っていた。先鋒の半分が林へ、半分が畦を外れて村の裏の畑へ出る。
村の裏で先に音がした。治資が回した七十五人が畑の境で受ける。松明が一つ藁に落ち、足軽が体で蹴る。蹴った男の背に槍が走り、名前を呼ぶ前に倒れた。九人目だ。
林の前では、朱羅が十二を開けた。昨日の八つではない。六つは林の入り口の先頭に落ち、歩いている槍の列が先頭で折れた。次が根に足を取られる。太田の弓が窪の上へ落ち、若い鉄砲持ちが肩を押さえ、火縄を落として転がる。朱羅が腕を掴んで次の木の陰へ引きずった。
「撃て。痛みはあとだ」
「筒が」
「筒は生きている。お前が止まると、列が生きる」
若者は歯を鳴らして火蓋を切った。七発目で林の入り口の旗竿が折れる。列は止まらない。治資の残りが槍で受ける。治資は吊った腕が使えず、もう一方の手だけで道の端に立ち、太田の侍が一人胸まで入ってくる。刀で膝を払い、自身が畦に膝をつく。味方が二人、槍を交差させて守る。
半刻が過ぎても戦いは終わらない。村の裏で家がもう一軒燃え、足軽が火を切る。燃えた家の戸はすでに空で、信太が夜のうちに人を出していた。火は家を食い、人は食らわなかった。林の前で太田の旗がまた半町退く。昨日より遅く、小田側にも人が増える。林で四人、畑で三人。合わせて七人。昨日の十二人と合わせて十九人になる。
夕方、資正は片野へ戻らず、道の途中に陣を敷いた。火が十を超え、林から見える。今夜も帰らない火だ。小田の道の肩も火を消せない。消すと次の押しが暗がりから来る。
氏治は死者の名を信太の帳面と並べて見た。
「村は」
「二軒です。人は出ていました」
「治資は」
「膝をついたが、切れています。道の端にいると言っています」
朱羅が戻ってきた。南蛮胴の脇に新しい擦り傷が増え、引きずった若者の血が乾いていた。
「明日は」
「十五。その代わり、あさっては八つに戻します。三日本番で開けたら、桶が割れる」
「割るな」
「割りません。種を残します」
若者は生き、筒も生きている。氏治は林の火を見て、決めた。
「十五まで開ける。城は動かない。超えるな」
伝令は治資へ走った。朱羅は封を三つ、棚から下ろした。厚い封が一つ減る音は、まだしない。減るのは明日の昼だ。
片野の台と道の途中、二つの火が夜の中で向かい合う。太田は陣を残して帰らず、小田側は鉄砲を十五に増やす準備をし、城は動かず。死人の数が増え、二軒の家が燃え、太田の陣が残る。激しく当たった翌日も、勝ちではなく勝ちに近い残り方だ。道はまだ小田の側にある。その道の上に、十九の名が残っている。
朱羅は封を数えた。色で分け、文字は書かない。赤は道を汚せ、白は引け。氏治と彼女だけが意味を知る。
「種は」
「丘にあります。三つ。年をずらして」
「減るな」
「減らしません。今日は、道だけです」
夜の風が林を揺らし、火が一つ、また一つと増える。どちらも城を動かしていない。動いたのは道だけだ。道はまだ細い。細くなくなる前に、次の肩を作れ。
氏治は地図の炭を見た。城は取っていない。取らせてもいない。これが、道を渡さない戦いだ。
(続く)




