37、吹っ切れたのは
翌朝、目が覚めていつものように腕を伸ばそうとしたところで、とてつもない違和感を覚えてしまう。
そして目を開けた私は、目の前の光景を見た瞬間、思考が停止する。
「──っ!?」
思わず体がびくりとなってしまったが、目の前で寝ているアレク様はまだ健やかに眠っているようだ。私の身体はがっしりと彼の両腕に抱きしめられている状況だった。
昨日のことを思い出す。椅子に座っていたはずが、なぜこんなことに。
幾分顔色がよくなったアレク様は、寝顔もこんなにも眩しくて美しいんだ、とかどうでもいいことが脳内を駆け巡っているあたりでだいぶパニックになっていることを自覚する。
この状態はまずい。この世界の貴族は前世ほど貞操観念は緩くはない。まあ婚約者であれば婚前交渉とかは黙認されているが…
ひとまずそっと腕から抜け出そうと試みるも、がっしりしていて外れない。どうしたものかとしばらくもぞもぞしていると上のほうからふふっと笑い声が聞こえてきた。
ぱっと上をみてみると、嬉しそうな笑顔のアレク様と目が合った。
「…おはよう、シェリー。こんな朝を迎えられるなんて、幸せだな…」
そういいながらぎゅうっと優しく抱きしめてくる。
「お、起きているなら離してください。どんな噂がながれるか…」
「ここには口の堅いものしかいない。それにまだ俺が目覚めていると知っている者はいないだろうから、大丈夫だ」
確信犯なのか。寝起きのけだるげな微笑みによる色気がまだ15歳にもなっていないくせにあるのはいかがなものか。などと現実逃避してしまうくらいにはまだ混乱している。
「ああ、なんでベッドで寝ているかだけど…それは椅子に座ってうつぶせで寝ていたから、苦しいかなと思ってベットに引き上げただけだよ…もちろん、それ以上は何もしていない。部屋に戻ると言っていたけど、いてくれて嬉しかった」
あなたが手を離してくれないから帰れなかったんです。と言えないほど嬉しそうにいわれてしまう。
「好きだよ、シェリー。愛してる…寝起きも可愛い…」
そして昨日の話合いで何か吹っ切れたのか。いつも以上に甘い気がする。
「以前は、そんなこと…あまり言わなかったのに…」
つい恨みがましくいってしまう。するとアレク様はおでこにこつんと額をあてて至近距離で見つめてきた。
「それは告白前の話かな…?言葉を言えなかったのは婚約を破棄する気はなかったという負目からだったと以前も言ったけど…それ以上に、前世あんなことがあったから…自分にシェリルを幸せにできるか自信がなかった。でも、婚約解消について君が話したそうにしているのは感じていたから…考え直したんだよ。いくら考えても、離れるなどとてもじゃないけどできなかったから」
そしてご機嫌なアレク様はおでこを離して再びぎゅっと抱きしめながら、今度は私の頭をなではじめる。
不思議とアレク様に抱きしめられるのは安心感を抱く。アレク様の少し早い心臓の音を聞いていると眠くなってくる。
動かない私をどう思ったのか。アレク様はそろりと私の顔を覗き込んできた。
ぱちり、と目が合ったところでノックの音が響いた。
その音ではっと我に返った私はアレク様の胸を押しのけて離れることに成功する。椅子にさっと移動し手身なりを整える。
チっと舌打ちをしたあとアレク様は苛立ちを隠しもせず返事をする。
「なんだ」
「おはようございます。ルカですが、入ってもよろしいでしょうか。事件のことで進展がありまして」
それを聞くとアレク様は私に目配せをして私がうなずくと入れと声をかけた。
「やはり起きていたのですね。よかった。…ここでお話ししてもいいので?」
私の前で話してもいいのか確認している。そもそも過労で倒れたのに仕事をするのか。
そんな疑問が浮かぶが2人はそれについては気にする様子もない。
アレク様は少し考えてから口を開いた。
「…身支度をしてから執務室で話を聞く。シェリルにも同席させることにする。すぐ準備するから少し待て」
「かしこまりました。では軽食も用意しておきます。しばらくまともに食べていませんが、ハーディング公爵令嬢となら食べるでしょう?」
そんな軽口をたたくルカ様をアレク様は睨みつけている。
「…では、私も一度下がらせていただきます。手早く支度だけして執務室に向かいますね」
「では、私も先に執務室に」
そう言ったルカ様と共に部屋をでた。
私の部屋は王太子の部屋の横なのですぐだが、ルカ様は部屋まで送りますと言って送り届けてくれた。
「ハーディング公爵令嬢。アレクシス殿下のこと、ありがとうございます。」
「え?」
「顔つきが今までと違っておりましたので、何か吹っ切れたのかと思いまして」
「いえ、そんな…。それよりも、倒れたばかりなのに仕事に戻っても大丈夫なのでしょうか?」
気になっていたことを聞いてみる。
「ハーディング公爵令嬢が関わっているというだけで休むことはしないでしょう。無理やり休ませても逆効果なので、それなら目に見えるところにいてもらったほうがいいかと思いまして」
「な、なるほど?」
なんとなくだがわかった。先日休ませるために閉じ込めても意味がなかったと言っていたからそういう方針にしたのだろう。さながら動物か幼子に対するような物言いだが。
ではまたのちほど、といいルカ様は朝食の手配などをするために去っていった。
私も部屋に入り、待っていた侍女たちに身支度を整えてもらう。
幸い、侍女たちには何も聞かれなった。
「シェリルお嬢様、こちらの手紙が届いておりました」
部屋を出ようとしたところでラニアから手紙を渡される。アスターからかと思い、差出人のところに目をとめ驚く。
(この方は──)
執務室に向かうと、もうすでにアレク様はきており、書類をみていた。ソファがあるローテーブルのほうにはサンドイッチとスープなどが用意されている。
「シェリー、おいで」
嬉しそうな顔でソファに促され座ると、アレク様も隣に座った。
てっきり話を聞きながらだと思っていたので対面に座らないのかと戸惑うも、何を勘違いしたのか。
「ん?あぁ、こちらがいいか。おいで?」
そういいアレク様は自身の膝をさししめした。
「いえ、結構です」
今はルカ様もいるし事件の話を聞くのではないのか。すぐに拒否すると、すごく傷ついた悲しそうな顔をするのはやめてほしい。そうすればほだされると思っているのか。
そんなことをしていると咳払いが聞こえてアレク様と2人そろってその方を向いた。
「仲がいいのは結構ですが、まずは食事を。…その最中に今わかっていることをハーディング公爵令嬢にご説明します」
「ルカ、わかっているなら邪魔をするな。…まぁ、仕方がないからそうしてくれ」
そんなつもりはなかったが、文句を言うアレク様の返しにも恥ずかしくなってしまいうつむいてしまう。
しかし、お腹はすいていたので少しずつサンドイッチを食べ始めた。
そして、ルカ様は順に事件について説明してくれた。
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