36、氷解となるか
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その言葉を聞いて呆然としてしまう。
(まさか、全部、私の勝手な思い込みだった…?)
紫苑に彼氏がいたなんて、全く気づかなかった。
「ドアを開けた時、2人ぴったり寄り添ってて……そんなような会話も聞こえた、から、その……キス、しているのかと……」
「──っ!それはありえない。多分そのときは俺のスマホを覗き込んでいたタイミングだったのだと思う……はぁ、本当に、いろいろ、タイミングが最悪だな」
「……」
ため息をつきながら、つらそうな顔で溢れた言葉はまさしくそうなのだと思わされる。
「そもそも、俺は紫苑には触れたことはない。むしろ瑠璃と付き合ってからは瑠璃以外の女には触れてもいない……」
まぁ、たしかに思い返してみると、いつも人気の斗真さんは人に囲まれているのはよく見ていたが、女性から触られそうになるとスルッと躱していたかもしれない。
「それに……俺は、瑠璃とが、その、いろいろと初めて、だったから……」
「……は?」
「その、付き合うのは、初めてじゃなかったけど…キス、とかそれ以上のこと、いろいろ……」
予想もしなかった答えに、ぽかんと固まってしまう。
「お願いだから、いい歳してとか、気持ち悪いとか思わないでほしい…!」
「……」
焦るポイントはそこ?
え、本当に、私が初めてだったの?いろいろと?その割には、手慣れていたと思ったのだけど。
5歳も年上だったからそういうもんだと思っていた。
でも、それが本当だったとして。
嬉しいと思ってしまっている自分もいることに気づく。
「……では、それらの言い分を信じるための証拠はありますか?」
我ながら、意地悪なことを聞いている自覚がある。前世のことだから証拠も何もないだろう。
それでも、彼を信じるためにあと一歩が欲しかった。
「さすがに、前世のことだから証拠とかは……ない」
まぁそうだろう、と思ったとき。
「ただ、私は瑠璃と…シェリルと再び出会って、誠実に付き合ってきたつもりだ。嘘をついたことはない」
たしかに、嘘をつかれたことはない、と思う。
婚約の解消については……微妙なところだけど。謝ってもらったけど、嘘、というわけではないのか。
私のそんな気持ちが顔に出ていたのか、アレク様は少し気まずそうな顔になる。
「シェリルとの初めてのお茶会のとき……。私が浮気をするような、愚かものに見えるのかと聞いた時に、言葉だけでは信用できないと思うから今後の対応で判断してほしいと言った。…その結果、婚約を解消したいということであれば………………考えるが……」
とても長い間のあとに、小さく搾り出すように呟いた言葉はどこまで信用できるのか。アレク様は目を泳がせて私と合わせようとしない。
何も言わない私にどう思ったのか。しばらくして泳がせていた目を私に定めて真剣な、だけど泣きそうな表情でアレク様は言う。
「本当に、シェリルが好きなんだ。生まれ変わっても、君だけなんだ……すぐには無理でも、君の心を再び得られるように努力する。だから、どうか…どうか……俺と、ずっと一緒にいてほしい……」
少し掠れた悲痛な声で、必死に繰り返して私の手に縋り付く姿に胸が苦しくなる。
「……アレク様と同じように、私は瑠璃ではあったけど、性格は以前とは違います。それでも、そう思うんですか?」
「当たり前だ。瑠璃との違いに気づくたびに不思議と愛しさが増していった」
間髪入れずに答えたアレク様に照れはない。斗真さんならこんなこと言わないし、言ったとしてもとても照れているだろう。
言い分が全て本当だとして。私が死んだ原因にはなったこの人を許せるのか?
そう、自問自答したけれど…私はちょろいんだろう。
前世のことを聞いてしまった今となっては恨むことができなくなっていた。
いままでのアレク様を思い返す。
信じてみたい。そう、思ってしまった。
「……わかりました」
「え?」
アレク様は一瞬絶望した顔を私に向けるも、表情を見て思っていたことと違うと思ったのか。
「……とりあえず、チャンスをもらえると思っていいか?」
私が小さく頷くのを見て、アレク様はほっとしたようにその表情を緩める。
「……ありがとう」
そういうとまたくしゃりと顔を歪めて目に涙をためていく。
その表情を見て、可愛いと思ってしまった。私の強張っていた体から力が抜けていく。こんなに泣き虫なのはアレク様なのか斗真さんなのか。
「気になることはなんでも聞いて。何でも、何度でも……」
「…はい」
「…その、話は、変わるんだが…もう一度…抱きしめても、いいか…?」
アレク様がおずおずと言い出したことがそれで、思わず少し笑ってしまった。
私がコクリと頷くのを見て、アレク様は息をのんだ。そしてこちらに向かって両手を広げた。私の背中に回されるその腕はびっくりするほどぎこちなかった。
それでもなんとかぎゅうっと抱きしめると、私の頭に頬をよせて、大きく息を吐き出す。
こうしてぎゅっとくっついてると、アレク様の速い心臓の音がドクドクとうるさいくらいに伝わってくる。
それと同時にアレク様が震えていて、嗚咽も聞こえてくる。まだ泣いているのか。
「本当に、ありがとう……」
アレク様は私を包み込むように抱きしめたまま、耳元でお礼を言う。
こんな様子を見てしまうと、先ほど話していたことは嘘かも、なんて、もう思えなかった。
アレク様の背中に、そっと手を回す。
触れた背中が一瞬ビクリと震えて、それからますます抱きしめる腕の力が強くなる。
「アレク様。私……」
「……俺との関係はすぐに答えを出してほしいなんて言わないから、前向きに考えてくれ…その上でやっぱりどうしても無理だと思ったら、……無理だと、思ったら、その時は…………」
何も言わなくなったアレク様はさらに力を強めてぎゅうっと私を抱きしめた。
まだ私が逃げ出すとでも思っているようだ。
先ほど可愛いと思ってしまったからなのか。気づけばアレク様の頭を撫でていた。
しばらく撫で続けていると、アレク様の体から力が抜けていった。
そこでふと、そういえばアレク様は休養が必要だった、と思い出したためこのタイミングで離れる。
「話は変わるのですが……」
先ほどの医者の診断結果を伝えてそろそろ部屋に戻ると伝えるも、すぐに手を掴まれここにいてほしいと言われる。
捨てられた子犬のような目で見られて断れなかった。
「じゃあ、アレク様が眠るまでですよ」
「そのあとは、部屋に戻ってしまうのか…?」
「そうですね。次に起きたときには事件のこと、教えてください。私にも」
「あぁ…わかった…」
するとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。過労と寝不足だったのに悪夢をみていたくらいだから睡眠は足りていないのだろう。また、腹を割って話せたことでほっとしたのか。
寝顔は穏やかで眠りは深そうだ。
そんな顔をみて少しホッとして部屋を後にしようとした。
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