35、すれ違いの真実
再開します!
「……ひとまず、離していただけますか。……逃げませんから」
泣きながら抱きしめられて困惑していたが、話をしなければ先に進まない。
そう思い声をかけるも、私も思っていた以上に固い声が出てしまった。
「……本当に、いなくならない?」
「……いなくなりません。……前世の……斗真さんの話を聞かせてください」
なんとか声を振り絞る。
少し迷ったが、アレク様も前世の記憶があることはほぼ確信していたので、思い切って話を切り出す。
「俺の……前世の話を聞いてくれるのか……?」
「はい。なんだか話が噛み合わない気もするので。ただ、ただ、内容によっては……もう、お会いすることはないと思います」
アレク様は一瞬息を呑み、ガバッと体を離したかと思うと、私の両肩を掴み、すぐ近くで私の目を覗き込んだ。
その目元は涙で赤く染まっている。
私の目を見て、真剣に言っていることが伝わったようだった。
「あり、がとう……。正直、もう謝ることもできないと思っていたから、嬉しいよ……」
言葉の途中でさらに声が震え、その顔がくしゃりと歪む。肩にあった手は私の右手を両手で握り込んだ。
「……ちなみに、どこまで覚えているんだ?」
「多分、全てです。あの雨の日、事故に遭ったのも覚えています」
「そうか……じゃあ、ひとまず紫苑との浮気を疑われたことについて話したい……いいだろうか?」
「……はい。構いません」
いきなり核心に触れるのは少し勇気が必要だったが、最も避けては通れない部分だった。
ひとつ深呼吸をして、アレク様の瞳を見つめる。
「まず、紫苑とは浮気も何もない。紫苑には……その……プロポーズの……相談をしていた」
「……え? プロポーズ……?」
「ああ……もうそろそろ紫苑も就職が決まりそうだと聞いていたし、単位はもう取り終わったと言っていたから……。前に『無事大学を卒業して就職してくれれば安心』と言っていたから、そろそろいいかと思って……」
思ってもみなかった話にポカンとしてしまう。
浮気の話から、まさかのプロポーズだった。
一瞬理解できずアレク様の顔を凝視してしまう。
すると、だんだん顔が赤くなっていく。
しかしずっと浮気だと思い込んでいた身としては、すぐには理解できなかった。
「でも……え?」
困惑した私を見かねたのか、アレク様は問いかけてくる。
「……シェリル……今は瑠璃と言った方がいいのか……。教えてほしい。どうして俺が紫苑と浮気していると思ったのか。そんな事実は一切ないから、俺の何かが誤解を招いたなら、一つ一つ誤解を解かせてほしい」
「はい……あの、そもそもなんで紫苑に相談していたんですか?」
確かめたいことはいろいろあったが、そもそもなぜ紫苑に、という点が気になった。
「プロポーズしようとしていることを紫苑に知られたのは、たまたまだったんだが……あまりにもそういう方面のセンスがないから手伝いたいと言われたんだ。紫苑は瑠璃に幸せになってもらいたいと……」
「……センス?」
「その……最初のデート……覚えているか?」
「……はい」
「それが……ものすごく、不評で……『そんなところにお姉ちゃんを連れて行ったわけ!? 初めてのデートなのに!? ありえない!』と紫苑には事あるごとに言われていたんだ……」
「そ……そうだったんですか……」
確かに、付き合い始めてから初めてのデートは予想外だったが、新鮮で楽しかった。
初めてのことだったし、紫苑にはとても驚かれた記憶がある。
「それで……一番優先することは瑠璃に喜んでもらうことだと思って。紫苑は妹なだけあって瑠璃のことをよくわかっているから、相談することにしたんだ……」
「なるほど……」
こそこそと話していたのはそれだったのか。
ホテルはどういうことだったのか。
「……あの日……私が家に着いて、斗真さんが予定より早く来ていて驚いて、こっそりドアのところで会話を聞いていたんです……。ホテルに入っていたのも見たばかりだったので……」
「それは違う!! 違うというか誤解だ! ホテルには確かに行った! 紫苑がここはどうかと言っていたところがあって! プロポーズの定番は夜景の綺麗なレストランでの食事だと言うものだから……」
「でも待ち合わせのとき、斗真さんの顔が赤くなって嬉しそうに笑っていたから……それに、家で紫苑と、その、キスもしたんじゃ……」
「……嬉しそうに笑っていた……? キス……?」
思わず視線が下がっていたが、ちらっとアレク様の様子を伺うと、本気で何のことかわからないという顔をしている。
「すまない、誤解を解くために……思い出すから、少し待ってくれ」
眉を寄せて考え込む。
そうしている間もアレク様は私の手を離さない。
やがて、ハッと表情を変えた。
「もしかして……ホテルで紫苑に合流したときに、気合が入りすぎていると言われたんだ……そのとき俺は、やっとプロポーズできると思っていたから……楽しみ、というか、そんな表情をしていたのかもしれない……それを揶揄われたのだが……。あと、すまないがキスは本当にわからない。どういうタイミングだったか覚えているか?」
「えーっと……たしか、私にはバレていないって会話のあとだったはず……」
「そのときのことは覚えているが……紫苑は酎ハイを飲みながら話していたくらいしか……それで瑠璃が帰ってくる前に計画の確認をしようと……」
「……」
つまり、酎ハイを飲んでいる途中の会話で、リップ音のように聞こえてしまったのだろう。
「やろっか」という言葉は、計画の確認を意味していたのかもしれない。
アレク様はまだ考え込んでいる。
その様子を見る限り、嘘をついているわけではないのだろうと思わされる。
(……こんな、ことだったの?)
「それに……紫苑には彼氏がいた。俺も後で知ったことだが……あの日、瑠璃に紹介しようと思っていたらしい。食事も四人分用意していた。それもあって紫苑は料理に力を入れていたらしいな」
「──え?」
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