21、心はままならない
次の日、王太子妃教育も済んでのお茶会。気まずく思いながらも案内されるがまま向かうと、いつもと違う区画に案内された。
「シェリーお疲れ様。おいで。今日は君が好きな紅茶を用意しているよ」
なんとここはアレク様の部屋らしく、ソファに座るよう勧められる。アレク様の部屋には初めて入った。
無駄なものが置いておらず、綺麗に整頓されている。青と金を基調とした、シンプルだけれど高級感のある部屋だった。
男性の私室になど初めて入った私は落ち着かなくなってしまう。さらにいつもいるはずの給仕やらメイドやらが今日はおらず2人きりだ。
座り心地の良いソファに座りながら、部屋の中を見回す。広い室内には大きなベッドとテーブルセット、本棚が2つある。なんとなく、アレク様のイメージ通りの部屋だった。
アレク様は他の人たちを部屋に入れることはなく、自らお茶を入れ始めた。
「あ、アレク様が淹れるんですか?私が…」
「いや、いいよ。この部屋に入れる人は制限してるから、ある程度のことは自分でやってるんだ」
アレク様は使用人は2.3人、友人はルカ様しかこの部屋に入ることを許していないらしい。
そんなことはこの5年ほどの付き合いで初めて知ったが、そんなところに私が入ってもいいのだろうか。
その疑問が顔にでていたのかアレク様はクスッと笑った。
「もちろん、シェリーはいいに決まっているだろう。婚約者なのだから」
お茶を入れ終えたアレク様はテーブルにお茶をそっと置いた後、当たり前のように私のすぐ隣に腰を下ろした。
「あ、あの、近くないですか?」
「隣だからね。遠慮していたらシェリーには何も伝わらないと学んだんだ。まずはプライベートでも物理的な距離を縮めようかと」
『これからは遠慮しない。存分に俺の気持ちを伝えさせてもらうから、そのつもりでいてほしい』
にっこり笑って答えたアレク様をみて、昨日の言葉が思い出された。ただすぐ隣には座っているが触れてこようとはしないところは少し安心できた。
「その、昨日のお話のことなんですけど…」
「ああ、今日いろいろ話すことになるかなとは思っていたから、気になることとか聞いてくれていい。ただ1つ聞かれて答えるごとに、1つお願いをしようかな?」
「お、お願いですか?」
「ああ、大したことじゃないからそこまで気負わなくていい。ほら、質問をどうぞ?」
「……あの、いつから、ですか?」
何を要求されるのかわからないが、話が進まなくなってしまっても困るのでひとまず流すことにした。
ただ「いつから私のことが好きなの?」なんて恥ずかしくてどもってしまい、顔が熱くなる。
「いつから?それはいつからシェリーのことが好きだったのかってこと?」
「は、はい…」
「そうだな…出会ったときにはもう、心が惹かれていた」
「……え?」
「それから、シェリーのことを知るたびにその想いは募っていった。だからこの気持ちを長く一緒にいるから勘違いだとかとは思わないほうがいい…大変なことになる」
(た、大変なこと…?)
笑顔で答えているが、なんとなく恐ろしいものを感じて追求できない。
「それじゃあ、お願いをひとつ聞いてもらおうかな」
「お、お願い…何でしょうか?」
青い顔のまま恐る恐る聞いてみるとアレク様は何がおもしろいのかニヤリと笑った。
「…手を繋いでもいいだろうか」
「手…ですか?まぁ。それくらいなら…」
身構えていたが、大それたお願いでもなく拍子抜けする。たけどそれは一瞬で。
答えた直後にスッと手を取られ指を絡められた。これは俗に言う、恋人繋ぎではなかろうか。
「あ、あああの、手が」
「ん?了承したじゃないか」
アレク様は平然としていて、私ばかり動揺している。一瞬私がおかしいのかと思うもそれは違うと思い直す。
じわじわと顔に熱が集まっていく。アレク様の方を見ることができなくて逆を向いた。
正直もう話どころではない。どうしようかと内心わたわたしてしまう。
「ふっ」
堪えきれなかった笑い声が漏れ聞こえた。これくらいのことで狼狽えてることを笑われたのかもしれないと悔しくなりばっと振り返る。
するとアレク様はまだ笑いを堪えてたのか片手で口元を覆って震えている。
恥ずかしさのあまり目に涙が浮かび、あまりに悔しくて睨みつけた。
「わ、笑いましたね…!」
「いや、可愛いなと思って…。そんな顔で睨んでも、ただ可愛いだけだよ」
アレク様の言葉に何も言えなくなる。昨日の宣言通りなのかもしれないが言葉が甘すぎる。
「……いじわるです」
「十分優しくしてるつもりだよ。俺だって、シェリーのために色々と我慢しているんだ。まだ、ね」
なんとか絞り出した言葉に対してのアレク様の態度や言葉からは、私に対しての遠慮が随分なくなっているのが窺える。
私もなんでこんなに狼狽えてるのか。前世だったらもっと…これくらいのことはよく…。
そう思った時、急激に気持ちが冷えていった。今はこのような感じでも、いつかは私を不要のものとして捨てるかもしれない──
急に無表情になり、顔色が悪くなった私を見て何かを感じたのか、アレク様は話を変えてきた。
「あ、そうだ。ひとまず、新緑祭は一緒に行こう。去年はアスターに邪魔され…いや、アスターと行っていただろう?」
「え、あ、あの?」
「当日はいつもと同じ時間に迎えに行くからそのつもりで用意していてくれ。ただ昼すぎに祭りの式典の挨拶だけはしなければならないから、そのときは少し待っていてもらうことになるのだが…」
「それは…かまいませんが…」
新緑祭とは夏の豊穣を予祝する祭りで、春の訪れを祝うお祭りとして王都の商業区域で大規模に開催される。
毎年アスターに誘われて行っていたが、そういえば今年はまだ誘われていなかった。まぁ一言だけ言っておけば大丈夫だろう。
そのあとは手をつないだままだったが、新緑祭の話をしているうちに帰る時間になった。
感情の波に翻弄されていた私はそもそも婚約解消するのなら誘いを断ればいいものを、そんなことも忘れて承諾してしまたっことに邸に帰ってから気づくのだった。
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