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懐疑と愉快


 翌日、女神との面会を終えた僕は丸一夜、森の動物達と過ごし。


 眩しい朝日が瞼の隙間から射し込んで目が覚めた。


『起きたならどいてくれ』


 枕代わりにしていた野生の毛深い豚にこう言われ、上体を起こす。

 そして思ったんだ、これは柊くんにドヤされる事態だぞ。


 皇帝である僕が何の連絡もなしに一昼夜国から離れるなんてさ。

 僕の親衛隊と化した柊くんやアンが今頃、その責任を追及されているかも。


『帰るの?』

「僕を心配している人たちがいるんだ」

『またね』


 ここまで案内してくれたフェネックや、枕代わりの豚にお礼を言い、森を後にした。


 昨日ここにやって来た経緯を考えれば今日の昼頃には国に帰れるだろう。


 ◇


 気持ち急ぎ足で帝国領に帰り、そのままの足取りで城下町へと入る。


「おや? ベガ様、こんにちは」

「やあ」


 城下町の入り口近くにある宿屋の貴婦人が声を掛けて来た。

 彼女がつれている六才頃の娘さんも一緒に挨拶してくれる。


「ラギさんや、アンさんが昨日ベガ様のことを探してたよ」

「やっぱり、ちょっと昨日は野暮用で国から離れてたんだよね」

「あんたそれでも一国を任された皇帝なのかい?」


 と言った彼女は朗らかに笑い、僕の皇帝としての資質を疑っているようだった。


「ラギやアンはどこにいるのかな?」

「さあ? でも探してたことは確かだよ」

「ありがとう」


 ラギやアンは昨日、僕を探すよう城下町全部を網羅したみたいだ。

 どうしようかな、昨日留守にしていた言い訳はなんと講じよう。


 二人への言い訳の内容で頭を一杯にしつつ、城へと戻る。


 エルドラード帝国の一種の象徴でもある城には、特に門番はいない。

 それは黒木くんの結界術によって守られているかららしいけど。


 昨日だけとはいえ、皇帝が失踪事件を起こしたんだ。

 なのに門番の一人すら付けないとは。


 自由奔放なお国柄が覗えていいねって思った。


「……でもさ、城の中に誰一人としていないのはどうかと思うよ」


 がらんとした城内には人の気配がなかった。

 普通ならイヴやアンがメイド達と一緒に職務をこなしているのに。


 誰もいない城内の光景に首を傾げつつ、玉座の間に向かう。


「……生きてたのか」


 玉座には義弟であるディートリヒが鷹揚に腰掛けていた。


 青毛の綺麗な直毛は、一部顔を覆うほど長くて。

 前髪に隠された瞳は兄である僕の瞳のように神秘的だった。


「他のみんなはどこへ行ったのかな?」

「義兄さんの失踪を受けて、他のみんなは隣国へ侵攻しています」

「へえ」

「驚かないのですね、実に貴方らしいです」

「領土が増えるのは問題ないよ、無暗に血を流すのはどうかと思うけど」


 どうやらみんなは僕が隣国に拉致されたとでも思っているらしい。


 どうせアビゲイル王女あたりがフェイクニュースを流し、そう仕向けさせたんだろう。


 彼女は母国を酷く憎んでいるからさ、仕方ないと言えば仕方ない。


「で、ディートリヒは何をしてる最中なんだい?」

「……義兄さんが不在となれば、次の責任者は俺だと思いまして」

「それで玉座に居座ってたのか、その椅子の座り心地はどうかな?」

「最高ですよ、控え目に言って」


 ディートリヒはそう言いつつ、長い前髪の一房を揺らしながら席を立つ。


 アビゲイル王女が忠告したように、彼は野心家のようだった。


「お兄様、帰っているのなら私に挨拶の一つでも入れてくださいませんと」


 その時、グレーテルがアルを連れて玉座の間にやって来た。


「勘弁してくれよグレーテル、僕は今疲れてるんだ」


 疲れている時に高慢な妹の相手をするのは辛い。


「兄ちゃんお帰りぃ! どこ行ってたの!?」

「アル、僕は疲れてるんだ」


 同様に、七つのわんぱくな弟の相手するのも今は辛い。


「それよりもお兄様、皇帝であらせられる貴方がいなくなったことにより、今私達は非常に困っているのですが、この責任はどう取るおつもりですか?」


 ことさらグレーテルは疲れるようなことを言うし。


「ハァァァァァ~」

「ため息吐いている場合じゃ御座いませんのよ?」

「何か遭ったのか?」

「ご覧の通り、今城はもぬけの殻で御座います」

「僕が行方不明になったからみんな隣国に向かったんだろ? 知ってるよ」


 と言えば、グレーテルは底冷えした声音で然様ですかと言い。

 彼女ご自慢の見目麗しい唇を手で覆い隠す。


 グレーテルの態度は僕への嫌悪感や不信感を露呈しているけど。

 僕も彼女のことは心の底からどうでもいいと感じている。


「お兄様、私、お腹が空きましたの」

「僕もお腹空いたー、兄ちゃん何か作ってよ!」


「はぁ? そんなの料理人に頼めよ」


 しかし、僕はこの時ある程度事情を察していたのかもしれない。


 人の気配がしない城内に。

 柊くんやアンと言った非戦闘員まで隣国に向かっているという情報。


 それはつまり、今この城にはまともな料理人すらいなくて。

 これはつまり、今この城で起きている現象は――


「義兄さん、聞きたいことがあるんだ」

「何かなディートリヒ」


 ディートリヒは長い前髪を手ですくう仕草を取りつつ、僕に尋ねた。


「昨夜、義兄さんはどこにいて、何をしていた?」

「僕はとある森の中で一夜を過ごした、たまのキャンプだよ」

「実は昨夜、義兄さんが姿を消してから城のみんなの様子がおかしくなった」


 だから彼は、その元凶を探るように僕に懐疑の眼差しを向けている。


 腹違いとは言え、弟からヘドロを見るような目を向けられた僕はつい。


 ――愉快になった。



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