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カエシビト  作者: 居留守五段
9/10

翼竜(ワイバーン) 3

「…ゥスケさん、…きて下さい、コゥスケさん」


微睡む意識の中、不意に体を揺すられ、心配げに俺を呼び起こそうとする声が聞こえてくる。


「…ほら…きて下さい、…大丈夫ですよ、コゥスケさん、ほら」


その呼びかけはしつこいほど何度も続き、そのおかげで俺は意識を戻し、薄っすらと瞼を開けた。


(う、ウウン…)


しかし、まだ視界は靄がかったように白濁としていて、頭はボウとなったままハッキリしない。なんとか指先や足を動かそうと試みたが動きは緩慢で、体がいうことを聞いてくれない。


ところが、意外にも嗅覚や触覚や味覚といった、いま大して肝心でない感覚は敏感に働いていて、地面傍に伏している鼻からは土臭い埃のような匂いがするし、側頭部から首筋にかけては、ゴツゴツと硬く冷たい嫌な感触が支配していた。ついでに何故か口の中が異様に酸っぱい。


せめてこの不快な頭の置き方だけでもどうにかならないかと、首を懸命に振ろうとしたところ、その気持ちを察したかのように、誰かがそっと俺の首を持ち上げ、何か柔らかい物の上に乗せてくれた。


(コレは…心地いい)


頭が移動された先は暖かく、程よい柔らかさを保っている。さらに額にはそっと優しく手が当てられ、人の温もりを感じる。


まさに手当とはこのことで、みるみる俺の体の状態が癒され、回復していくのが判る。


「ア、コゥちゃん幸せそうな顔をしてるよ」


「チッ、ニヤケやがって。現金なモンだぜ」


周りの声もハッキリと聞こえるようになり、視界が少しずつ開く。


「あ。意識が戻りました!」


顔のすぐ間近で安堵の声がして、その声のする方を目で追うと、ぼんやりとした焦点も定まってきた。


視界の前にいたのは心配そうに眉をへの字に下げたエトリだった。

しかし、やけに距離が近く、ほんの少し顔を上げれば、彼女の形良い鼻先や唇に触れてしまいそうだ。


そう考えると急に心拍数が上がり、たちまち体中の血がドクドクと巡って、意識がハッキリと蘇える。


「をを!エ、エトリさん!?ここは…??」


ガバっと上体を起こそうとしたが、彼女の顔が間近にあるので、そうは出来ずに窮する。


まるで、家族や恋人などの親近者でしか許されなさそうなこの距離感が恥ずかしくなり、俺の方が少しでも遠ざかろうと、首に敷かれた物を取り除こうと手を伸ばす。


「…ア!」


「あれ??ムニュって?」


普段から触り慣れたような、慣れないような不思議な感覚がして、鷲掴みにした物を視線で追う。


グニグニと感触を何度も確かめた手の先ににあったものは、なんとエトリのお尻に近い太もも部分だった!いや、正直にいうとあの感覚は間違いなくお尻も少し掴んでいた!!


(こ、こいつぁ…!)


「あ、あの、コゥスケさん…、ちょっと、こそばゆいです」


顔を赤くして、俺のセクハラどころか犯罪紛いの行為に必死に目を閉じて耐えるエトリ。


彼女の恥ずかしそうな声と表情により一気に脳が目覚めて、とんでもないやらかしをしていることに気付き、その罪深さに耐え切れず叫び声が出る。


「うわぁあぁあ!やってもうたぁぁあ!この手がぁ!この手の奴めぇぇ!!」


「こ、コゥスケさん!?」


()()()をした手をガツガツと地面に全力で叩き付ける。そいつが勝手にやったのだと言わんばかりに。血が滲むまで、いや、この手が削れてなくなるまで!


その様子がおかしかったのか、モトイとユラ先輩が俺を揶揄(からか)い始めた。


「お客さん、困りますねぇ。ウチはそういう店じゃないんですがねぇ」


「あ〜!コゥちゃん、ウチの一番人気に手を出しちゃったね。それで今日の日当無しだねぇ、むしろ持ち出しがあるんじゃ~?」


二人の揶揄いを他所に俺の乱心に慌てて、叩きつける手を必死に抑えつけるエトリ。


「コゥスケさん!やめてくださいっ!私は全然大丈夫ですから!!」


「ダメですぅぅ!こいつがぁぁ!エトリさんのお御足ををヲ!!」


血の涙でも流しそうな耐え難い状況の中、自分を取り戻せない俺の自傷行為はしばらく続いた。







恥の上にまた恥を塗り重ねたような一悶着は、エトリの必死な献身により何とか落ちつき、正気に戻った俺が出来ることは、正座してただひたすら心から謝ることだけだった。


「すみません!すみません!すみません!ほんっとうに、すみませんっ!!詫びます!なんでもします!」


「だ、大丈夫ですって!太ももを()()()掴んだだけじゃないですか」


俺の心の乱れっぷりを目の当たりにしたエトリが苦笑いしながら懸命になだめる。


恐らく悪気無く出た言葉だと思うが、彼女の「何度か」という含みのありそうな台詞にズキリと心が痛む。


そんな二人のやりとりを見て、ヒソヒソと耳打ちをし合って悪戯をし始めるモトイとユラ先輩。


「作業名、ブリネル硬さ検査。場所、臀部及び太もも。作業日、589年4月3日。施工者、コゥスケ=ムジ、っと。オッケー!」


「よしきた」


パシャリ!


俺の()()()を硬さ試験に喩えて作業黒板に書き込むと、それを正座して謝る俺とエトリの近くに立て掛け、状況写真を撮る。


「こら!二人とも冗談が過ぎますよ!!」


これには流石のエトリも、ムスっと眉をひそめて黒板と撮影機を取り上げる。


『へーい』


二人はオモチャを取り上げられた子供のように、ふてぶてしく返事をハモらせた。





※補足

ブリネル硬さ試験

工業材料の硬さを表す尺度の一つ。金属球を押し当てて、押し込み硬さを測定する。

(ウィキペディアより抜粋)



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