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カエシビト  作者: 居留守五段
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翼竜(ワイバーン) 4

「難しいそうですよね?続きは」


時間を置いて落ち着きを取り戻した俺に、頃合いと見たエトリが訊く。


続きとは、翼竜のカエシを続けられるかということのようだ。


難しそうですよね、と遠慮がちに訊く彼女は少し困ったような顔をしている。


俺が悪臭に耐え切れず気絶したことを見る限り、作業(カエシ)の続きは無理という判断だが、それを直接伝えるのは酷なため、あくまで本人(オレ)の口から結論を出して貰う配慮をしているからだろう。


「あの。もちろん…出来、ます。出来ると思い、ます」


自分としてはこの場でお役目終了となり、ただの見物人に成り下がるのは嫌なので強がってみせる。が、また気絶して周りに迷惑を掛けてしまうことが頭をよぎり、自信無さげな歯切れの悪い返事になってしまった。


「いけますか?本当に?」


心配というより、いぶかしけな顔で念を押すエトリ。


「さっきの調子だと厳しいんじゃねえか、新入り。気を失うごとにエトリに介抱させるのか?それだと仕事が進まねぇぞ」


被せてモトイがエトリの言いづらい事を代弁するように、真っ当な意見を言う。


「う…。確かにそうですが、でも、次は倒れないようにします。やりたいんです!」


とにかく今ここで、何も役に立てなくなることが怖くて、駄々をこねてしまう。その子供じみた発言に二人は困った顔をしてしまった。


すると、さっきまで口をへの字にして気難しく腕組をしながら黙っていたユラ先輩が口を開く。


「…ちょっと邪道だけど、匂いがダメなら嗅覚を奪うというか、麻痺するやつを掛けちゃおうか?」


「エッ!そんな便利なものが?それなら手伝いが続けられる!ユラさんお願いしますっ!」


思わぬ助け船に、俺はすがる思いでユラの元へ駆け寄り頭を下げる。ところが、エトリが慌てて俺たちの間に割り込んだ。


「あ、危ないですよ!それって遮断系(インターセプション)の魔法を掛けるということでしょう!?人に使うだなんて…」


一体何を言いだすのかと、驚いた声で止めに入ろうとする彼女。

しかし、ユラ先輩は腕組みをしたまま自信ありげにこう言った。


「大丈夫よ、エトリちゃん。自分に試したことはあるのよ。でも一緒に上半身の触覚が麻痺しちゃうから、怪我には気を付けないといけないケド。あと味覚も半日は戻らない。確かに自分以外には試したことないから、身の保証は完璧とはいえないけどね。それでもいいなら…」


そこまで言いかけると、ユラ先輩はこちらに視線を送り、どうする?と、顎をクイっと上げて俺に返事を促した。


「是非もないっす!お願いします!!」


迷うことなく、ユラ先輩とエトリに向けて深々と頭を下げる。


「コゥスケさん…、でも…それは」


頭上からエトリの心配そうな声が漏れる。

必死な俺に水をさすのを躊躇っているのか、止める言葉が続かない。


「小柄なアタシで大丈夫だったから、まあイケるっしょ!そのままコゥちゃんだけ遊ばせるのも良くないし、時間も押してるし。さあさ、掛けちゃうよ〜!いったん離れて〜」


待っていても何も始まらないと、ユラ先輩はパンパンと掌を打ち鳴らすと、自分の立つ位置からへ俺たちを追い出すようにして背中を押す。


そして、周囲に何もないことを確認すると、腰のホルスターに差し込んであるウルシオールが馴染んだ樫の杖を抜き取り、右手に持つと続けざま詠唱を始めた。


閉ざす者(ロキ)

てんごうに戯れ

彼れ藪へと誘い

たちまちに模糊となれ


言い終えると杖全体が薄皮の膜を張ったように鈍い光を纏い、突き上げるような渦巻く風が彼女を中心に起こる。


その風に煽られ、緑衣の裾がバタバタと捲り上がってはためいた。


次に彼女は左の指を二本突き出し、その先端に意識を集中させる。


すると、今度は杖の光が彼女の体を伝って指へと集まり始めた。鈍かった光は収束して光量を増し、キィンと高い圧縮音のようなものを発して眩く輝く。


「よし、うまくいけそう!これ保つの難しいから、コゥちゃん早く顔出して!顔!」


「は、はい!!」


(顔を出すっていっても、どうやるんだ??)


ユラ先輩が急くように素早く手招きをするが、顔を出せといっても、どうすれば良いか判らない。


とりあえず目の前に走り寄り、ピンと姿勢良く背筋を伸ばし、直立の状態から首を前に突き出して顔だけをニュっと差し出してみた。


「ぶははっ!マヌケな感じだなオイ」


「く、ちょっと、コゥスケさん。フフっ!」


どうやらこれが滑稽な絵面になったらしく、真面目な顔をして成り行きを見守っていたモトイとエトリが一斉に吹き出した。


「ププ、顔出せっていうのは突きだせって意味じゃないんだけどね。こっちに来てと言えば良かったかな?ゴメンよ」


ユラ先輩は魔法を維持するのに意識を集中しているせいか控えめに笑うと、赤面して真っ赤になった俺の鼻に光る指先をそっと当てた。


(おわっ!なんだこのカンジは!)


発動した魔法は、まるで水が渇いた肌に浸透するような感覚をもって、光と一緒に俺の鼻先へと溶け込んでいく。


光がすべて浸透すると、たちまち顔や身体の皮膚感覚が鈍くなり始めた。


「どうかな?効いてきたカンジ?」


顔をムズムズと動かす俺にユラ先輩が効果の程を確認する。


「そうですね。なんだか神経が無くなったみたいで、喋るのも…なんだか違和感がありますね。自分の顔もなんだかここに無いみたいで。…あ、でも確かに鼻が効いてない!」


スンスンと鼻を嗅いでみるが、あらゆる一切の匂いがしなくなっていた。


「他に身体に大事は無いですか?」


心配性なエトリが俺のすぐ隣に近寄り、不安そうに顔や肩あたりをあちこちを触りながら異常がないか確かめる。


感覚が正常なら嬉々としていただろうが、感覚が麻痺しているため、触られてるという実感が全くなく残念だ。


「大丈夫っす!!確かに触られる感覚は上半身は殆どないんですが、体は動きます。これならカエシが続けれるそうです!ユラさんありがとうございます!!」


「いいよ〜、良かったね。さすがアタシ」


ユラは得意げに片目をウインクしながら応えた。

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