プロローグ2 森付き小屋
前回のあらすじ
結界庁を退職した翌日、失業手当の手続きで王都区役所を訪れたロイは、掲示板でフィオーレ村にある格安の「森つき管理小屋」の募集を見つける。静かな暮らしという一文に惹かれたロイは、受付を通じて村長へ訪問の問い合わせを出すことにした。
フィオーレ村からの返事が来たのは、二日目の夕方だった。厚手の封筒に包まれた書類の表面には、『森つき小屋について』という文面が書かれていた。裏返すと、封筒は蝋で封がされており、『フィオーレ村長エルド・フィオーレ』という名前が記されている。封を破ると、中からは三つに折られた書類が出てきた。開いてみると、先日見た達筆な文字で書かれた返信が入っていた。
中にはこういったことが書かれている。
『ロイ・ニルス・ヴァルト様
王都区役所より森つき小屋についてのお問い合わせを受け取りました。
フィオーレ村の村長、エルド・フィオーレと申します。
この度は当村の小屋に関心を寄せてくださりありがとうございます。
あの小屋は少し不思議な場所に立っているために、森の草木は元気が良く、放っておくと小屋の周りがすぐ荒れるんです。
森の区画に関しては、住まわれる方の無理のない範囲で手を入れていただくことになります。
また、小屋については、長く使われていなかったため、少しばかりの修繕が必要です。
ぜひ一度ご覧いただいたうえで、合わないと感じられたら断ってくださって構いませんので、お気楽にいらしてください。
ちょうど今月の十二日、王都にて予定がございます。もしご都合が合うようでしたら当村の馬車に乗ってください。
また、帰宅は翌日になると思うので、お泊まりになられるつもりでおいでください。
それでは、今月の十二日、王都時計塔の下、雲雀が鳴く頃にお会いしましょう。
フィオーレ村・村長・エルド・フィオーレ』
読み終える頃には、気が付かない間に入っていた力が抜けていくような感じがした。
わざわざ物件を見せてもらうからには、相応の利益を渡さなければいけないと思い込んでいたようだ。
断ってもいいという一文があることで、本当に見学しに行くだけの気持ちで出向くことができる。
早速手帳を取り出して、十二日に予定を入れる。『雲雀が鳴く頃』というのは、転じて『お昼に会いましょう』ということだろう。王都では日に三度、時計塔から鳥が鳴く。朝は郭公、昼は雲雀、夜は梟だ。
今日は十日なので、ちょうど二日後の日付に予定として入れておいた。
手帳をしまってから、取り出した手紙を再び三つ折りにする。そしてそのまま封筒に入れると、机に備え付けられた棚に大切にしまっておくことにした。
***
二日後の早朝、お気に入りの食堂で朝食を取った僕は、午前中をソワソワしたまま過ごすことになった。
物件の見学なんて、人生で初めてのことだ。もし服装や態度で売りたくないという流れになってしまったら、本当にいい物件だった時の落胆は大きいだろう。
そして初めて会う人物――それも村長さんだ。一つの村をまとめる長なのだから、失礼があってはいけないのではないかと考えすぎてしまった。
食事を終えたあと、帰宅してから衣装棚をひっくり返して、どの組み合わせがいいかを考える。あれよあれよと取り出して、試着して、鏡で確認してはベッドに抜け殻を投げ飛ばす。
そんなことを繰り返して、ようやく決まった服装は、結局結界庁に勤めていたときに身に着けていた落ち着いた服装だった。
白の襟付きシャツに紺色のセーター。黒色の上着を羽織って、手元には三年間通勤で使ってきた革製の上等な鞄を持っている。靴もしっかり磨き直して、美しい黒色が光を反射する。ズボンはそれらの服装と違和感のないようにと選んだ結果、やはり黒色の無難なものになってしまった。
そんなことがあって、傍から見れば、一般的な役所務めの男性だ。今日は平日ということもあって、そんな男性が真っ昼間に王都の中でもそれなりに人通りの多い時計塔の下に立っているというだけで注目を浴びてしまう。
それでもいつ村長さんがやってくるのかわからないので、視線から逃れるためにこの場を去ってしまうのも失礼な話だろう。
僕は現在無職だけど、村長さんは忙しい合間を僕のために使ってくれるんだ。これくらいの視線と時間、待つのは当然なのではないだろうか。
しばらくそうして立ち尽くしていたけど、時間が気になって時計塔を見上げてみた。すると、ちょうど雲雀が出てこようとするところだった。
時計塔の一部が内側に閉じて、そこから木彫りの雲雀が出てくる。ただの木彫りに見えるけど、魔法が施されているため本物と同じように空を飛ぶ。そして美しい音色を辺りに響かせていた。
街行く人の一部はその声を聞くために、僕と同じように見上げて、うっとりとした表情をしていた。露店の裏でつまらなそうにしていた子どもたちは、嬉しそうにキャッキャッと笑っている。
僕もあまりの精巧な技術に思わず見とれてしまった。木製の雲雀が空に円を描くように何度か回って、出てきた止まり木に再び戻ると、魔法が切れたのか、ただの木彫りの雲雀に戻った。
「いやぁ、何度見ても美しいですなぁ」
すぐ近くで声がして、思わず振り返る。するとそこには、僕の身長の半分ほどの老人が杖をついて立っていた。首からは眼鏡を垂らしていて、腰につけたベルトには小物を入れるのに便利そうな小さな鞄が付いていた。
どうやら僕に対して声をかけていたようで、振り向いた瞬間に目が合った。
「何度も見ていらっしゃるんですね。僕は王都に住んでいるのに、しっかりと間近で見るのは初めてです。美しいですね」
「おっほっほっ。そうですかそうですか。王都に住んでいると忙しくしていらっしゃるでしょうから、それもまた仕方がないかもしれませんの」
老人と一緒に、僕は雲雀が完全に姿を時計塔に隠すのを見届けた。
注目を浴びる雲雀はいなくなったというのに、老人は変わらずこの場から去ろうとしない。いや、それは僕も同じで、この場から去ろうとしていないので、相手からも同じく訝しがられているかもしれない。
かといって共通の話題である雲雀は既に姿を隠してしまった。特別に話題を提供できるとも思えず、しばらく沈黙が続く。
そしてその沈黙を破ったのは、老人の方からだった。
「……もしや、『森付き小屋』の見学をされる方ですかな?」
その言葉によって、瞬時にこの老人が、フィオーレ村の村長さんである、エルド・フィオーレ氏であると理解する。
僕は少し楽な姿勢になって背中が曲がっていたのに、そう判明した瞬間に姿勢を勢いよく伸ばす。
「は、はい! 僕は、いや私はロイ・ニルス・ヴァルトと申します。もしかして、フィオーレ村の村長さんでしたか?」
「おっほっほっ。はい、私がフィオーレ村の村長、エルド・フィオーレです。いやいや、てっきりお役所の方が誰かを待っておるのかと思ってましたわい」
わははと笑いながら、杖に置いた手をパチパチと楽しげに叩いている。
やはり、はたから見れは役所人に見えていたのかと苦笑いをする。
「失礼のないようにと考えた結果、このような服装になってしまいました……。もう少しラフな格好で来ればわかりやすかったですね」
「いやいや、十分人なりがわかったので、わしとしてはありがたいよ。さて、早速なんですが、村までは半日ほどかかります。準備の方は大丈夫ですかな?」
フィオーレさんは僕の持つ鞄の方を一瞬見た。そして、それは『泊まりになるのに荷物が少なくないか』という意味になるのだろう。
「はい! 実はこれ、『底なし鞄』でして」
鞄の蓋を開けて、腕を入れる。そして中からわかりやすいものをと思って、鞄よりも明らかに長い傘を取り出して見せた。木製のステッキがはじめに出てきて、傘布についた留め金具までを取り出してみせた。
「ほぉ、これは凄いですな。一見すると上等な手提げの革鞄ですね。かなり腕の立つ職人が作られたのでしょう?」
「そうなんですよ! 王都でも人気のリーヴァル革具店のエナ・リーヴァルさんに作ってもらったんです! 学生の頃から憧れていた方の物で! 日頃から使うものを是非に作ってもらいたいとお願いしたんです! 使うほど手にも馴染むし実用性もあるし何よりも細部までこだわって作られているこの質感。最高なんです……」
うっとりして、鞄を顔の前くらいまで掲げたところで、ふと我に返る。フィオーレさんは依然として微笑んで話を聞いてくれていたようだけど、自分の好きなものになると我を忘れた熱量で話し出してしまうのは、多くの人からするとあまり好かれない行為だと思う。気をつけなければ。
謝ろうと口を開きかけたとき、遠くの方から屈強な男性二人が、大量の荷物を抱えてこちらに歩いてきた。思わず周囲から浮いた光景に視線を奪われると、こちらを向いた二人が声を出す。
「村長、買い出し終わりました」
村長という言葉にフィオーレさんが振り返り、僕はこの三人は知り合いなのだと離開する。同時に男性二人がフィオーレ村の人だということもわかった。
「おぉ、ロッソ、ロッツ。お疲れ様」
僕の身長よりはるかに高い位置に顔がある。その二人の肩には、布を丸めて縄で縛ったものが乗っていて、もう片方の手には木箱に入った紙袋が詰め込まれている。
お互いが対称的な持ち方をしているうえに、二人の顔はとても良く似ていた。まるで一人の男性が隣に鏡を置いて歩いているように、ほとんど同じ動きをしている。ただ、持っているものが似ている別物なので、完全に左右対称というわけではない。
あまりにも屈強な体つきで思わずうろたえてしまった僕は、半歩下がる。フィオーレさんは再び僕の方へと向き直った。
「紹介します。こちらロッツ・ブランツとロッソ・ブランツ。当村の貴重な力持ちですな」
「こ……こんにちは」
恐る恐るといった感じで僕がお辞儀をすると、二人は合わせたかのように小さくお辞儀をした。
「「ども……」」
僕たちの間に不思議な空気が流れる。フィオーレさんはちょうど真ん中にいて、交互に顔を見ては頷いている。
このまま沈黙になってしまうのかと思われたとき、フィオーレさんから助け舟のような発言が飛んだ。
「おっほっほっ。お互いそんなに緊張せんでいい。早速ですが、村へと向かうとしましょうかな」
フィオーレさんは軽快な足取りで杖を突きながら城門の方角へと歩き出した。




