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夢見るアイ  作者: 玉名 くじら
第4章

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06 箱根はまだ遠い⑤


 バスの車内が騒がしくなっていくが、相変わらず静かなのはここだけだろう。


 勝手に氷の女神と言われている人見静と性別『薫きゅん』と言われている花咲薫の座る場所だ。


 池袋からここまでずっと静とお話しをしていた。

 していたと言っても静が一方的にだが。


 別に男の娘である薫に対して、どうしてこんなに『かわいい』のかとか、どこに『男』を置いてきたのか。

 そういった下世話な話題ではない。

 では、なんなのかというと……。


 「……ここの動物園ですが、こんな変わった子がいまして……」

 そう。静の持ってきたタブレットで、東京から気軽に行ける動物園、水族館の生き物の写真を延々と解説混じりで話しているのだ。


 普通の人物ならば、途中でげんなりするだろう。

 たとえ、好きなものであっても、長時間相手するのは疲れるだろう。


 だが、花咲薫という人物は、その見た目も相まって、静同様に可愛い物好きなのである。


 故に、ずっと目をキラキラと輝かせて聞いていたのだ。

 なんなら、質問までするほどの猛者だった。


 だが、一番の猛者は通路向かいの席に座る朝霞愛花だろう。

 二人の様子をメガネを曇らせながらタブレットに描き殴っていた。

 タブレットが悲鳴をあげるほどに。


 そんな様子を斜め前の席から明石・エルヴィン・湊と関隼人が引きつった顔で見ていた。

 寧々からもらったお菓子を手に持ったままなのは、口の中がぱっさぱさになっていて、喉を通らないからだ。


 そんな時、静が言った。

 「そういえば、箱根には日本で一番標高が高いところにある水族館があるんです」

 「わぁ! じゃあ今日行くんですかね」

 「ええ。是非とも行きたいですね。そこにはアザラシさんがいて、フィーディングタイムがあるそうです。時間はギリギリですが、まぁ大丈夫でしょう」

 「わぁ。楽しみです」


 それを聞いて、前の席に座る大神先生が椅子の上から言った。

 「期待しているところ悪いんだが、今回はルートに入ってないんだ」

 「は?」

 不機嫌な声を隠そうともしない静。

 薫は期待していただけに、少しがっくりとしていた。


 そんな薫の背中をさすりながら、静は言った。

 「どうして計画段階でわたくしを呼ばなかったのです?」

 「そりゃあ、お前……生徒だろ?」

 静を含めた五人はこの英愛学園の理事でもあるのだが、さすがにそこまでは入り込めない。

 もちろん大神先生も知っているが、それとこれは別である。


 「今回のルート決めをしたのは誰ですか? 学年主任の春日井教諭ですか? それともおじいちゃん先生の雲類鷲教諭。いや、地理担当の大伴教諭の可能性も」

 「その先生のためにも黙秘しておく」

 「くぅ……。アザラシさん……」

 「あぅ……」

 がっくりとうなだれる静と薫。


 そんな様子を見て、気まずそうに思ったのか、話に出た学年主任の春日井誠治が静の前に来た。


 「わたしの配慮が足りなかった。次回は是非とも考慮しよう」

 まさか、頭を下げるとは思わず、誰もがそれを見て、驚いていた。


 「いえ、わたくしも少し大人げなかったです。申し訳ありません」

 「いや、案には出ていたんだが、時間調整が出来なくてね」

 「そうでしたか」

 学年主任にまで頭を下げさせるとは、氷の女神の異名は伊達ではなかった。


 そんな空気を打破しようと、優華が静にマイクを渡した。

 「変な空気になっているから、アンタ歌ってなんとかしなさいよ」

 「ふむ」

 マイクを握ったまま、薫を見る。


 「では、薫きゅん。歌ってくださいな」

 「え?」

 勝手に選曲し、マイクを握らせた。

 「薫きゅんに一番合いそうな曲を選びました」

 「えっ!?」


 そしてそのまま、素直に薫は『Everything』を歌った。

 それは、童謡のような歌い方で、さっきまでの雰囲気が嘘のようにほんわかとした。

 バスの中も心なしかあったかい空気になった。


 「では、次はわたくしですね」

 そう言って静が歌った『ハナミズキ』は、再び車内を微妙な雰囲気にした。

 そう。上手すぎたのだ。


 数分ほど静かになり、バスの走行音しか聞こえなかった。

 誰もが拍手を忘れるほどに。

 しばらくして、まばらに拍手が聞こえると、大神先生が悔しそうに口を開いた。


 そして、「お前……ガチすぎるだろう」と呻いた。

 「ふっ。少し本気を出したまでです」

 「美月ぃ、空気変えてくれー」

 静からマイクをひょいと取り上げる。


 「え、わたしですかぁ?」

 「ああ。やってくれるな?」

 「は、はい。が、頑張ります」

 大神先生の人選は間違いだったのかもしれない。

 副担任である小鳥遊美月が選んだのは『天城越え』。

 それも、凛、静と続いて、バスの窓を割らんばかりの声量だった。

 なんならバスが傾いた気もした。


 「お前もかぁ……」

 大神先生はヘナヘナと疲れたように椅子に沈み込んだ。

 「まぁ、今日行くのは箱根なんだけどね」

 「天城越えはしないもんね」

 近くにいた湊と隼人が突っ込んだが、小鳥遊先生はどこか誇らしげだった。


 「変な空気になってますね。なんでですか?」

 小鳥遊先生が分かってない感じで言う。


 「じゃあ、わたしが空気を変えようか?」

 「春日井先生! 何を歌うんです?」

 「みんな大好きTOKYO通信だよ」

 「えっ!?」

 まさか、あの歳でそういった曲を歌うとは思わなかった大神先生。


 完璧な巻き舌と噛まない早口に舌を巻いた。

 だが、もっと驚いたのは、もう一本のマイクを渡されたままの小鳥遊先生だ。


 「小鳥遊先生ってなんでも歌えるんだね」「人は見かけによらないっていうけどさぁ」「一回みんなでカラオケに誘ってみようか」「賛成」「でもなんか、他の先生も来そうだよね」「そしたら公認ってことでいいじゃん」「なるほど」

 

 バスの中はさらに異様な雰囲気に包まれたのだった。

 もう、目的地目前だというのに、みんなで手を左右に振り出した。

 春日井先生が歌い終わると同時に、本日最初の目的地に到着した。


 後にバスの運転手とバスガイドは言った。

 下手なテレビの音楽祭よりも圧倒的にレベルが高かったと。


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