16 夕暮れの風
「香、映画どうだった?」
劇場を出たばかりの夕方の空の下で、純一が笑いながら問いかける。
「面白かったよ」
香は即答し、満足げに頷いた。
「でも意外だったなぁ。香がコナンに興味あるなんてさ」
純一が目を丸くして笑うと、香は少し得意げな表情で言い返した。
「なんでよぉ〜。実はね、まいちゃんと前にコナン談義でめっちゃ盛り上がったんだから」
「へぇ、そんなことあったんだ」
純一は目を細めて香を見つめ、その笑顔に思わず心が和む。
話す香の表情が本当に楽しそうで、まるで少女のように無邪気に輝いて見えた。
「……こうして映画観るの、ほんと久しぶりだよなぁ」
ふと純一が呟くように言った。
「そうだねぇ」
香も同じ気持ちだったように、ゆっくりと頷いた。
「だって、純一いつも忙しそうにしてるもん。連絡してもすぐ返ってこないし」
「ごめんごめん」
純一は頭をかきながらも、香の言葉を冗談まじりに受け止める。
「でも、たまにはこういう時間もちゃんと作らないとダメだなって思った。今日、ほんとに楽しかったよ」
「私も。……また一緒に行こうね、次も」
香はふわりと微笑んで、そっと純一の腕に自分の腕を絡めた。
「香、なんか最近……変わったなぁ」
ふいに純一がそうつぶやいた。
その言葉に、香の心が小さく波打った。気づいてくれてたんだ――。
でも、すぐに嬉しさを隠すように、香は少しだけ首をかしげて言った。
「そうかなぁ……?」
けれど、答えを待たずに、純一は優しく微笑みながら続ける。
「だって今だって、香のほうから手を絡めてきたじゃん。……昔はそんなこと、滅多になかったのに。でも、なんか嬉しいんだよね。香がそうしてくれると、すごく近くに感じる」
「……普通だよ、そんなの」
そう言いながらも、香の頬がみるみる赤く染まっていく。
照れくさい気持ちを隠せなくて、でも拒みたい気持ちは一切なかった。
そんな香を見て、純一は優しく見つめて
「俺、今の香……好きだな。なんか、素直で優しくて、可愛いっていうか……ちょっと前より、もっと近くにいてくれる気がしてさ」
香は少しだけうつむいて、でも嬉しそうに笑った。
「もう……顔がどんどん熱くなるからやめて……」
と小さく抗議する声も、どこか甘えているようだった。
「でもね……実はね、きっと私、まいちゃんに影響受けたんだと思う」
香はゆっくり言葉を選びながら続ける。
「まいちゃんって、思ってることをちゃんと言葉にできるでしょ? それってすごいなぁって思ってたの。私も、もっと素直になってみたいなって思って……」
「それで……手をつないだり、甘えてみたり?」
「うん……そうかもしれない」
香は素直にうなずいた。
「……純一と、もっとちゃんと向き合いたいなって思ったの。だから、少しずつでも……ね」
「じゃあ、今朝のキスも……?」
その一言に、香はびくんとして、頬を真っ赤に染めた。
「もぉ……純一、そういうの、今言わなくてもいいでしょ……」
けれど、その声に怒りはなく、ただ照れと、甘えと、ほんの少しの幸せがにじんでいた。
香はそっと身を寄せ、純一の肩にもたれた。
そのぬくもりを感じながら、香は胸の奥でそっとつぶやいた。
「……今の私、ちゃんと好きになってくれて、ありがとう」
「なんか飯食べて行こうか、香」
「うん」
どこか春の夕暮れの風のような、柔らかく穏やかな時間がそこに流れていた。
2人の笑い声は、静かな映画館通りに心地よく響いていた。




