みてたよ! ~ハッピーエンド!
これで終幕です。
リリアムの表情に、失せた感情が戻ってきた。
だが当然、それは楽しそうな雰囲気ではなく。
アンダロは失敗を悟る。
「やはり、話題選びに失敗しましたか。
申しわけない、僕はつまらないことしか話せない、面白みのない人間でして。
最近は殿下から面白いと言われるようになったので、成長したと思っていたのですが……」
気を惹こうと努力してみたのですがと、アンダロは肩を落とした。
「いえ、あの、気は引かれました、とても」
惹と引で思っていた字は違うとしても。
表情に感情を取り戻させることには、成功していた。
「それなら良いのですが。
ああ、先ほど罰などとおっしゃってましたが。
犯人は表向き、コルチカム家の使者を騙ったとされる者となってます。
殿下から王城に話を通してますから、それが公式です。
ですから」
アンダロは一旦区切り、声に力を込めた。
「あなたの望み通り、罰せられ、傷つけられる者は、誰もおりません」
一瞬、息を飲んだ後、ほろりと、リリアムの目から一滴、零れた。
「わたしが、お嬢様を止められなかったから。
わたしが、気づかず、何もしなかったから。
ケイトちゃんも、使者様の弟さんも、死なせてしまって」
ほろり、ほろり、と滴が降る。
花びらを滴り落ちるように、滴が頬を伝う。
「お嬢様を、わたしが、諫めることができていたなら。
わたしが、お嬢様を諦めなかったら」
「あなたのせいではありませんよ。
まったく、あなたも殿下と同じですか」
慌てて取り出したハンカチを、アンダロはそぉっと頬に寄せる。
「学園に来た当初、あなたはコルチカム嬢を諫めておりました。そのせいで、あなたへの扱いがますます酷くなっていったというのに、あなたは諦めなかった。
誰にでも、何度でも、僕は言いますよ。
忠言を聞かず、変わらなかった結果の責はグロリオサ=コルチカム嬢自身にあります。
彼女は、彼女自身の行動の責任を取らされただけです。
僕はちゃんと、あなたを見ていましたよ」
そして、諫めるのを止め、人形のようになってしまったこの一年。
理由はケイトだったのだろうと、アンダロは当たりをつける。
「それでも、斬鬼の念に堪えないというのなら。
そうですね。
ケイト嬢と、使者殿の弟君のお二人を救えなかったあなたは、これから何ができると思いますか。
墓の前で、何もできないと座り込みますか。
それとも。
泣きながら。
七歳を越えて八歳になれるよう、子供たちに癒しの奇跡を、これから何度、願えると思いますか。
八歳を越えて九歳になれるよう、子供たちに祝福の奇跡を、これから何度、祈れると思いますか。
これからもきっと、何度でも、泣くような出来事が起こります。
その度に、好きなだけ泣けば良いと、僕は思います。
そうしていつか気のすむまで泣いた後に、コスモスも百合も、多くの花で彩られた聖女様の花園に、胸を張って会いに行けば良いのではないでしょうか」
落ちる滴が、さらに増え。
アンダロは頬を両手で包み込むように、ハンカチを広げた。
「神殿からの騎士が、本日の午後、着く予定です。
そこで事情を話し、保護してもらうのが最善でしょう」
弟君のことも含めて、とアンダロは続ける。
しばらくして、ようやく止まってくれた涙にほっとして、ハンカチを下ろす。
実際、肉親を盾に取り、癒し手を囲い込もうとするのはよくあることなのだ。
その手の取り扱いに、神殿は慣れている。
リリアムが知らず、グロリオサとコルチカム家が隠していた事。
そして、アンダロが今、言わない事。
一言、リリアムが自分が癒し手だと。
弟が質に取られていると。
神殿に言っていれば、コルチカム家は潰され、弟は助け出されていたかもしれない。
今さらな、もしも、の話ではあるけれども。
あえて責があるとすれば、平民のリリアムの、神殿の権威も権力も知らなかったという無知であるかもしれない。
「口うるさいと思ってくれてかまいません。
ですが、これだけは。
あまり、神殿のことをご存じないようなので。
癒し手の方々は、あなたのようなお人好、失礼、お人柄ですが。
神殿「関係者」は違います。
俗世に染まった者たちです。
神殿の権威にあやかろうと、あわよくば利用しようとする者たちと思ってかまいません。
そうですね、コルチカム家の親戚のようなものと思ったら良いでしょう。
だからあなたは、専属の近衛騎士を一人、選びなさい。
それは癒し手の、正当な権利です。
その者は、あなた一人だけを主として守り、忠誠を誓う騎士となります。
選んだ癒し手以外の、誰からの命令も受けない独立した騎士が、癒し手付き専属近衛騎士です。
あなたの剣となり盾となる近衛騎士を、よくよく観察し、賢くただ一人を選びなさい」
「ずいぶんと詳しいのですね」
リリアムは落ち着いて興味深く聞き入った。
利用されることがどのような結果を引き寄せるか、十分すぎるほど知った。
「高位貴族ともなると、それなりに神殿とも付き合いがありますので。
そこで見えてくるものもあるのです」
アンダロが見えるものは多そうだと、とリリアムは自然と思う。
そして、ただ一人を選ぶのが、怖いと思った。
その一人が、もし間違っていたら。
それに――
考え込んでしまったリリアムに、気遣わしげに、心許なげに、視線をやるアンダロだったが。
次の瞬間、諸々が吹き飛んだ。
「あの、では、あなた様を専属近衛騎士に願ってはいけませんでしょうか」
侯爵令息で、第二王子の側近で。
グロリオサに付いて王子に会う中で。
アンダロが、リリアムを見ていたように。
リリアムも、アンダロを見ていたのだ。
――守って下さる騎士様なら、あなたのような方が良い。
「受け賜わりました」
「無理にとは言……え」
間髪も入らない、即答だった。
「殿下に暇を告げてきます。
少々、根回しが必要になります。
非常に名残惜しいのですが、本日はこれにて失礼します」
アンダロが蹴倒す勢いで椅子から立ち上がり、少し離れた場所にいる衛兵を呼んだ。
「僕がいない間、衛兵に警護を頼みます。
言質は取りましたからね、撤回は聞きませんよ」
「待って?!」
アンダロが宝物の様にリリアムの手をそっと取る。
「申しわけありません、今すぐにでも誓いたいのですが。
現在、誓いは殿下の下にありますので。
まずはそこから」
「だから待って?!」
学園卒業後にお願いしますと、リリアムは懇切丁寧に頼み込んだ。
◇ ◇ ◇
(おまけ)(会話文のみ)
「まぁ、見ていたのは、アンダロだけじゃないよな」
「控えの間にいる時、たくさんの侍女や侍従から差し入れがありましたでしょう。
コルチカム嬢があなたの食事をよく抜いていたのを皆、知っていたのですよ」
「あの、それでは、妖精みたいな、とても儚げな可愛らしいご令嬢をご存知でいらっしゃいますか?
あの方付きの侍女様から、よく茶菓をいただいていたのです。大変、気にかけてくださって」
「妖精みたいな、儚げ? 図太く逞しいご令嬢にそんなの……あ、外見と言動が見合わない令嬢なら、いたな」
「え? お声も鈴の音のような可愛らしいお声で、お言葉も大変上品でお優しいお方ですよ?」
「可憐なご容姿と、大変上品に涼やかに毒を吐くご令嬢なら心当たりがございます。
なるほど。主が世話になったと、次お会いした時には、お礼申し上げておきますね」
「あの、殿下の従者を、下りてしまっても、その……」
「ああ、構いません。従者兼学友が、ただの学友になるだけですので。従者はブレイドに代わってもらいました」
「ブレイド?」
「騎士団長の息子です。僕の代わりに、殿下付になってもらいました」
「学友、友達かー。
うん、側近とか従者より、そっちの方が俺も良いな!」
「ロサ様とも、仲良くしていただいております。
お友達だと、おっしゃってくださいました。
殿下、ありがとうございます」
「いやいや。
それより、立場を逆転させてるんだな。
主はリリアム嬢だけどアルダロ付きの侍女として、従はアンダロだけど侯爵令息として主で」
「はい、騎士様には卒業後になっていただくお約束です」
「卒業までの護りが心配なので。
学園の間だけはこの形で。
主従は違いますが、どちらにせよ近くで守れるなら、形はどうでもいいかと思いまして」
「そうか。そうかー……。
アドバイスが功を奏したのかしてないのか。
付き合ってください、の返事が、騎士になって下さい、でいいのかー……」
Fin.
恋 愛「いいんだよ。『月が綺麗ですね』と同じだ、察しろ」
ミステリ「あ゛あ゛あ゛、穴だらけでこんなのミステリじゃないとか言われるぅぅぅ!」
異世界「いいじゃねぇか、俺なんか『真実を告げる魔法』『癒し手』とか良いように使われて、終わったらポイッだぞ。どこまで便利な男あつかいだよ、けっ」
恋 愛「おまえたち、俺たちは人事を尽くしたじゃないか、胸を張れ!」
ミステリ「う゛う゛、そうだった、もう、天命を待つしかないんだぁぁぁ~」
異世界「ふんっ、だったら、最後にタグの生きざまってものをみせてやらぁ!」
異世界恋愛ミステリ「読んでいただいて、ありがとうございました」