暗闇と静寂
この工場では、人体をアウムの素材にしようとしているのだ。
その事実に戦慄しているオリオの姿に、クリストファーが気づいたようだった。クリストファーは視線をオリオに送ってくる。
(上、上、右)
小部屋の入口に、三体の作業ロボットが隠れて待ち構えている、という意味だろう。
オリオはうなずくと、室内に前転しながら飛びこんだ。そのまま仰向けになって、頭上の壁にはりついていた作業ロボットにニードルガンの連射を浴びせかける。二体はすぐに破壊されてばらばらになった。
しかし、右にいた作業ロボットに対応する時間はなかった。オリオは作業ロボットに腕をつかまれて、ニードルガンを落としてしまう。
それでも、オリオは冷静だった。
作業ロボットの腕の関節を逆にとると、脚をからめてひねりあげる。ヤマウチ家の兵士で格闘術が抜群にうまいケニチ・サトーという男から習った技だった。人の形に似せて作られたロボットだけに、関節の可動域も人と同じである。ロボットの腕から部品が飛び、肘関節のところから折れた。
ロボットのもう一方の腕も同様にしてへし折ると、オリオはニードルガンをひろいあげてロボットを撃ち倒した。
ふり返る。
クリストファーは椅子にしばりつけられていて、身動きができない状態になっていた。作業ロボットのうち一体が椅子の向こう側でなにか作業中で、残る一体がオリオに向かってくる。オリオは迷わず近づいてくるロボットにニードルガンを撃ちこみ、破壊した。
最後の一体のロボットが椅子の向こう側から出てくると、周囲のロボットアームが動きはじめる。オリオは作業ロボットをニードルガンで撃ち倒し、周囲のロボットアームにも撃ちこんだ。
そこで、ニードルガンが弾切れになった。アームの何本かは機能停止したようだったが、大半は無傷のままである。外科手術用のメスがついたアームが、クリストファーに迫っていた。
オリオはアームをニードルガンでなぐり、メスを叩き落とした。
「腕のベルトをはずしてくれ、オリオ!」
クリストファーがさけぶ。
オリオは迫りくる工具を持ったアームにニードルガンを押し付けて防ぎながら、クリストファーの腕を拘束しているベルトを解いた。片腕が自由になったクリストファーは、自分の手足を拘束しているベルトを解いて、椅子から転がり落ちるようにして逃げる。
「オリオ、おまえも逃げろ!」
クリストファーは言ったが、オリオは逃げ道がなくなっていることに気づいた。回転するドリルを持ったアームが近づきすぎていて、身動きする余地がない。
ドリルが、オリオの顔に接近してくる。精一杯顔をそらしたが、よけきれない。
オリオの目の前で、ドリルが高速回転していた。
ここまでなのか。だが、だれかを助けて死ぬならそれも悪くはないか……。
オリオが苦い思いで覚悟を決めた瞬間、明かりが消えた。ドリルの回転する音も止まる。
工場内が、暗闇と静寂に包まれた。
「おい、オリオ。生きてるか?」
クリストファーがおそるおそる闇の中から問いかけてくる。
「どうにか。なにがあったんだ?」
「味方がやったんだよ。工場の動力源を止めたんだ。俺たちの勝ちだ」
オリオは大きく息を吐くと、手さぐりでロボットアームの位置をさぐりながら、そろそろと抜け出す。
疲れ果てたオリオは、そのまま床の上で仰向けになった。
「助かった……」
オリオがつぶやくと、クリストファーが笑った。
「なんだ。死にたがりのわりには、生きのびてほっとしてるんだな」
オリオはその言葉にひやりとした。
かつて守りきることのできなかった大切な人たちがいる。守れなかった自分の弱さを、ずっと憎んでいた。悪党がのさばる不条理な世界を憎んでいた。その後の数年は、復讐に生きた。気づいたら、復讐という大義名分の中で、自分が憎んでいたはずの悪党に成り下がっていた。愚かで醜い自分は、死ぬべきだと思っていた。
しかし、心のどこかでは、やはり生きたいという思いもあったのだ。
オリオはため息をつきながら言った。
「ユイ姉に言われたからな。自分を大切にしろ、って」
クリストファーはさらに笑った。ひとしきり笑い続けてから、ようやく言う。
「……よし。じゃあ、そろそろここから出ようや。オリオ、肩を貸してくれ」
戦いを終えて、オリオの心にはわずかな変化が生じていた。
自分は、生きていてもいいのかもしれない、と。
次回、『力強い光』にご期待ください。




