アウムの素材
「いいや。俺はここに残る」
一緒に移動しようと言ったオリオに対して、クリストファーはかたくなな表情で首を横にふった。
「なぜだ? 他のアウムがまた出てこないとも限らないだろう」
「だからだよ。ユイ姉が言ったように、工場への突入部隊の背後を守るのが俺たちの役目じゃないか。ここを離れるわけにはいかない」
オリオは唇をかんだ。
ユイを一刻もはやくチノへ搬送しなければならない。そのためには、唯一負傷していないオリオがユイをレイチェルのタコまで運ぶ必要がある。誰かがここを守るとしたら、それはクリストファーしかいなかった。
「行け。時間がもったいない。ここは俺にまかせろ。ユイ姉をたのむ」
この状況で怖くないはずがないのに、クリストファーの目は揺るがなかった。
操翼士としての腕もいい。が、それだけではなく、腹もすわっている。実にたいした男だった。
オリオはクリストファーへの感嘆の念を飲みこむと、うなずいた。
「たのむ。できるだけはやく戻る」
「うるせえ。俺一人で十分だ。はやく行け」
強がってみせるクリストファーをおいて、オリオはレイチェルが待つ場所までユイを抱いて歩いた。斜面をくだる一歩一歩の振動が傷に響くらしく、ユイは苦しそうにうめいている。ようやくレイチェルのタコまでたどり着いた時には、ユイは痛みで失神していた。
オリオはユイをタコの後部席に乗せると、タコの青いボディを叩く。
「行け、レイチェル。ユイ姉をたのむ」
「まかせて。オリオ、あなたも気をつけて」
レイチェルは短く手をふると、タコを離陸させた。あいかわらず、きびきびとして無駄のない操縦である。
思わずレイチェルの操縦技術に見とれていたオリオを現実に引き戻したのは、ニードルガンを撃つ音だった。あわててふりかえったオリオの目に、作業ロボットの群れに応戦するクリストファーの姿が映った。
通常のロボットは人を傷つけないように作られているが、アウム工場の作業ロボットは違っている。侵入者を排除するために、人を襲うこともあるのだ。
まずい。
オリオはユイを抱いて降りてきたばかりの斜面を駆けのぼった。クリストファーの姿は見えているのに、距離はまだ遠い。オリオはもどかしい思いで走り続けた。
クリストファーはニードルガンを撃ち尽くしたらしく、ニードルガンを棍棒のように構える。近づいてきた先頭の作業ロボットをなぐり倒した。二体目とはもみ合いになり、三体目とともに地面に倒れこむ。そこに四体目がのしかかった。
そして、そのまま工場の中に引きずられていってしまう。
オリオが出入り口の前まで戻った時には、すべてが終わった後だった。
また、間に合わなかった。
オリオは無力な自分への怒りを飲みこむと、薄暗い通路の奥をにらみつけた。通路の床には、クリストファーのものらしい血の跡が残っている。
いや、まだだ。
ロボットたちはクリストファーを殺さずに連れていった。それは、生きたままのクリストファーを必要とする特別な事情がある、ということである。ならばクリストファーは、もうしばらく無事だろう。
オリオは呼吸を整えながら自分が投げ出していったニードルガンの残弾を確かめ、肩にかつぎ上げた。
待っていろ、クリストファー。今、行くぞ。
オリオが入った薄暗い通路は不規則に折れ曲がっていたが、一本道だった。なんらかの理由で後から増設された通路らしい。
途中、首が折れて機能停止した作業ロボットが一体残されていた。破損の状態がまだ新しいところを見ると、おそらくクリストファーが暴れて一体破壊したのだろう。
やはり、クリストファーはまだ生きている。
オリオは足をはやめて、奥へと進んだ。
通路の曲がり角から不意に飛び出してきた作業ロボットを二体撃ち倒す。大きな音をたててしまったので、もう静かにしている理由もなくなった。オリオは大声で通路の奥へと呼びかけてみる。
「クリストファー!」
返事は聞こえなかったが、うめくような声は聞こえた。
近い。
オリオは慎重にニードルガンを構えながら前に進む。角を曲がった数メートル先で、唐突に通路が終わっていた。その先は小部屋になっていて、クリストファーが椅子のようなものに座らされている。もがくクリストファーを、作業ロボットが二体がかりでおさえつけていた。
椅子の周囲には無数のアームがあり、それぞれの先端には刃物や工具が取りつけられている。
これは……。
さすがのオリオも、思わず身震いをしてしまった。
この工場では、人体をアウムの素材にしようとしているのだ。
作業ロボットに捕らえられたクリストファー。
オリオは、今度こそ間に合うのか。
次回『暗闇と静寂』にご期待ください。




