挑戦
これほど苦戦させられるとは。
オリオは操縦桿を握りながら、歯をくいしばった。三対一の空中戦で敵二機を撃墜したまではよかったが、最後の一機には手を焼いていた。
原因はわかっていた。敵の操翼士には、オリオを撃墜しようという強い意志がないのだ。オリオの背後にはりつくことだけを目的にして、慎重に追ってくる。が、オリオが気を抜けば、すぐに攻撃をしかけてくる。
操翼士としての技量は中の上。しかし、敵は自分の役割をよくわかっている。オリオを地上の支援に回らせなければ、それでいいのだ。敵の地上戦力はソーラーカー五台とアウム三機。タコによる空からの支援がなければ、守備側にはまったく勝ち目がない。
アウムを操る技術を手に入れたアサオ家に対抗する手段は、対アウム用の兵器として開発されたタコを使うしかないのだ。
このまま手をこまねいてヤスダを落とされでもしたら、オリオがタコで戦う意味もなくなる。
やるしか、ない。
オリオは敵機を背負ったまま、地上のアウムに狙いを定めた。カズマの命を守れなかったことは痛恨の極みだが、まだソーマとリツカがいる。ここでアサオ家に屈服するわけにはいかないのだ。ヤスダは、かならず守る。
アウムの武装に機銃があることは確認している。アウム三機の機銃と背後のタコからの攻撃をすべて避けながら、標的にニードルガンを当てなければならない。
難易度が高すぎて、逆にオリオは高揚していた。
困難だが、やりがいがある。いや、困難だからこそ、挑戦したい。
「よし、やってやろうじゃないか」
「おいおい、すげぇな。黒騎士はやる気だぞ」
ノブが呆れ顔でつぶやいた。
ヒカリの目には、敵を背負ったままアウムに向かって突進していく黒いタコがはっきりと見えていた。どんな困難にも打ち勝って敵を倒す、伝説の黒騎士の姿が。
無茶だ。
でも、すごい。
その姿が、ヒカリの心に火をつけた。黒騎士ほどの男が全力を出して挑戦しているのに、自分が怖がってばかりいて、どうする。ヒカリは自身を叱咤すると、徹甲弾を装填した小銃を構えた。アウムの位置まで約五百メートル。ぎりぎり射程内だ。
「撃ちます。ノブ、タロー、反撃に注意して!」
ヒカリはゆっくりと息を吐くと、引き金を絞るように引いた。
銃声と衝撃。そして、アウムの胴体で火花。
当たった!
ダメージは与えられなかったが、この距離でも当てることができた。ヒカリは自信をつけて、もう一発撃った。
瞬間、はずしたのがわかった。
撃ち急いではだめ。落ち着いて……。
と自分に言い聞かせているうちに、アウムの反撃がきた。身近にふり注ぐ大量の機銃弾に、思わず悲鳴をあげる。
「頭を下げてろ!」
ノブが叫びながら、ヒカリ上におおいかぶさる。
「大丈夫よ。ノブに当たったら困るから、やめて!」
「俺はお前の盾になるくらいしか、役に立たんからな」
言っていることが、さっきと矛盾している。死なないために投降するのではなかったのか。悪ぶって、格好つけて、本当にバカな男。
銃撃がやんだので、おそるおそる顔を上げた。
黒いタコが機体をひねりながら上昇していく。アウムの攻撃をどうかいくぐったのかはわからないが、無傷に見える。しかし、その背後にはあいかわらず敵のタコがはりついていた。
ヒカリは、スコープでアウムの様子を確認する。
一機のアウムが、傾いて停止していた。
すごい、本当にやったんだ。
敵を背負いながらアウムにもダメージを与えた。やっぱり黒騎士は最強だ。
ヒカリは興奮に包まれたが、すぐに様子がおかしいことに気づいた。
アウムの背中が大きく開き、なにかが撃ち出されたのである。円筒状の物体で、火を吹きながら黒いタコを追って飛翔している。
……対空誘導弾。
見れば、アウムは三機すべてが対空誘導弾を発射していた。誘導弾はタコを追尾して高速で飛び、着弾すると大爆発する。
さすがの黒騎士も、これにはなすすべがない。
助けなくちゃ。
ヒカリは銃を空に向けて構えた。誘導弾は的としては小さい。それでも、黒騎士を救う方法は、他にはなかった。
ヒカリは、引き金を引いた。




