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幸せな今

後日談後のリーゼロッテが生まれる前のお話です。

「何を見ているのだ?」

「昔つけていた日記ですよ。懐かしいなあって」


 寝る前にのんびりと眺めていた、ふるぼけた本が気になっていたらしく、ロルフ様はひょっこりと顔を覗かせては眺めております。

 別に隠すものではないので閉じたりはしませんけど、見ていても特に面白い事はないんですよ。


 実家に居た頃に、代わり映えもしない毎日であったほんの些細な変化を書き綴ったもの。

 例えば、庭のお花が綺麗に咲いた、空に虹がかかっていた、雲一つない快晴だった――そんな、とりとめもない事を綴ったものです。


 部屋から出なければ基本的に何も言われませんし、私の日々は静かなものでした。

 今では考えられない程に、陰鬱な顔をしているのでしょうね、あの時は。


 背中からくっついてくるロルフ様には軽く微笑み返して、遠慮がちに背を預けます。

 ロルフ様は承知したと言わんばかりに私を抱え直し、膝に座らせお腹に手を回してぎゅっと抱き締めます。ぴとりとくっついた体からは、一人の時は感じようがなかった、優しい温もりが伝わってきて……自然と頬が緩みました。


「この頃は、私って凄い暗かったんですよね。今が明るいとは言いませんけど」

「……大分明るくなったというか、遠慮がなくなって、朗らかになったな。良い事だ、もっと頼って甘えるが良い」

「ふふ、ありがとうございます」


 後頭部に口づけを落とされて、何だか恥ずかしいのですが……ロルフ様が触れてくださるのは、嬉しい。

 くすぐったさを覚えて身じろぎすると抱き抱え直されるので、どうやら離す気はなさそうです。


「……今ではもう日記は書いていませんけど、あの頃は酷かったです。アマーリエ様が両親に縁談を持ち込まなければ、多分今頃神と結婚して修道女になっていたのではないでしょうか」

「む、それは困る。エルは私の嫁だぞ」

「……はい。私は、ロルフ様の妻ですもの。もしも、のお話ですよ」


 多分、穀潰しだった私は、嫁の貰い手なんてロルフ様くらいしか居なかったでしょう。きっと、邪魔者だったのだと思います。


 かといって追い出して見殺しにする程両親は非道ではありませんし勇気もない。

 だから、私は俗世から隔離された修道院に身を寄せる事になるかと予想出来ます。


 そこで神に仕える事を誓い、静かに生を終えていく筈だったと思います。私は神様はあまり信じていませんけど、生きていくなら神に仕える事も辞さなかったでしょうし。


 ですので、今こうして暖かな家庭を築く事が出来て、私はとても幸せ者です。


 思えば、あの日会った方はアマーリエ様だった。

 あまり顔を見ないようにしていたし、言葉を幾度か交わしただけなのではっきりとは覚えていませんでしたが……あれが切っ掛けだったのでしょうね。

 ……アマーリエ様にも、私は救われているのですよね。


「本当に、あなたの妻になれて嬉しいです」

「そうだな。……私も、エルが妻で嬉しい。もう、エル以外考えられない」

「……はい」


 私は、ロルフ様の妻。クラウスナー家の一員。

 ヘンデル家とはもう関係ない、エルネスタです。……これで良いのです、私はもうクラウスナーですから。


 温もりを求めて抱き締めるロルフ様は、私のお腹を撫でて頬に口付ける。優しく、優しく、まだ膨らんではいない腹部を愛しそうに撫でて。


「……エル、どうせなら二人で日記でも書くか」

「え?」

「お腹の子の成長日記も兼ねてな。……毎日あった、楽しい事を書こう」


 そうすれば後で見返してあんな事があったなあと笑えるだろう、そう優しく囁いたロルフ様に、私は微笑んで静かに首肯しました。


 もう、怯える事も苦しむ事もありません。

 ……幸せな今を綴って、ロルフ様の言った通り「こんな事もあったなあ」と笑えるようにしたいな、と思います。

 いつか、このお腹に宿る子にも聞かせられる日が来ると、良いな。


 ロルフ様に嫁いで、私は幸せだったよ、って。

 これで一先ず小話はお仕舞いとさせていただきます。

 また思い付いた時にちょこちょこ更新出来ればな、と思います。

 本編である『旦那様は魔術馬鹿』発売中です、宜しければお手にとっていただければ幸いです。

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