第1話
「ライラちゃん。3丁目のおばちゃんに、お使い頼めるか?」
半年前からお世話になっている働き先のおじさんが、申し訳なさそうに顔をしかめる。
「だいじょぶですよ。ロワールおばさんのとこですね。」
私は自分の顔より大きな紙袋を抱え、お店を出た。
フィーン街の片隅にあるパン屋、sourire de l'ange。
私達は、そこで働いている。
本当は労働基準年齢が15歳だから駄目なんだけど、孤児院の責任者さんに命令されて、嫌と言えない。
だって、言えば追い出されちゃうから。
今日は帰ったら何されるんだろう 、なんて思いながらも、足はきちんと目的地に向かっている。
年長のおねーちゃんとおにーちゃんに、この辺の地図を叩き込まれたおかげだ。
ぼーっとしていると、ふと、街の人の声を耳が拾った。
「おい、聞いたか?アストランチア家の長男、まだ4歳だってのに婚約希望の令嬢らに言い寄られてるらしいぜ。」
「ああ、レインチス様だろ?王族も大変だよな。」
「レインチス・アストランチア…?」
全く知らない名前。それなのに、どこか懐かしさを覚える。
ぐるぐるぐるぐる私の頭を回る|名前《それ
》は曖昧でありながら、脳が「知っている」と叫んでいて。
ズキズキ痛む頭と、胃酸が込み上げて酸っぱく感じる喉もそれに伴う。
「…ぁ」
脳が答えを出すのと同時に、世界が眩んだ。
◇◆◇
私の前世はJKだった。
乙女ゲームなんてやったこともなくて、友達に勧められたのがきっかけだったと思う。
まあ、それからどっぷりハマって、最後にやったのが“君ありて幸福”。通称“君あり”だ。
平民である主人公リリィ(名前変換可)が魔力を解放させたことにより、プリムローズ魔法学院に通うというのがおおまかなストーリー。
攻略キャラは全部で4人。みっちゃん曰く、隠しキャラもいるんだとか。
そのうちの一人が、レインチス・アストランチア。
金髪碧眼に常に浮かべているアルカイックスマイルは、女子なら誰もが一度は夢見た白馬の王子様そのもの。
しかも本物の王子様だし。
勉学も武術も学院でトップを誇り、けれど決してそれを鼻にかけたりはしない、まさに理想の王子様。
表上は。
本来の姿は腹黒王子。
ゲームで初めて素が出たときは、「誰だお前」なんて思わず口に出ちゃったくらい表裏が激しい。
素になってからの選択肢選びは、ものすごく面倒だった。