第1話
東京駅に降り立った瞬間、蒸し暑さと人々の熱気が襲ってくる。
シルバーウィーク初日というだけあって、駅構内はすさまじく混んでいた。
待ち合わせ場所の「銀の鈴」を目指して進むも、人の波に飲み込まれ、なかなか思うように進まない。
ようやくたどり着いたと思われる待ち合わせ場所も、同じことを考えていた人々で溢れかえっており、「銀の鈴」らしきものも見えない。
背伸びをしながら辺りを見回してみるも、結果は同じだった。
あと五センチくらい身長があったらなと、これまで何度も羨んだ願いを頭に浮かべていると、ふいに肩を叩かれる。
振り向くとよく見知った顔が微笑んでいた。
「彩芽!」
「よかった、ちゃんと会えて」
花柄の白いワンピースに薄紫色のカーディガンが映える。肩までの栗色の髪には艶があり、彩芽の肌の白さと相まって上品な雰囲気を醸し出している。
大人になってからも度々顔を合わしているが、その度に彩芽は本当に綺麗になったと思う。
眞美は携帯用の小さな鏡でこっそり身だしなみを確認すると、改めて彩芽に向き直る。
「よく私だって分かったね」
「そりゃあ、小学生からの付き合いだから。多少顔とか服が違ってもなんとなく分かるよ。それに眞美は昔から髪が長いから。髪、染めないの?」
「うん、やってみたいとは思うんだけど、黒が一番落ち着くから」
「眞美の髪は癖もなくてまっすぐだからいいよねー。私はくせっ毛で髪の毛も細いから、眞美の髪にすごく憧れる」
「そうかな。彩芽の髪も十分綺麗だと思うけど」
眞美は腰まで伸びる自分の髪を一束掴むと、目の前に掲げる。
眞美は今日、髪を結んでいない。学生の頃や仕事の時は邪魔になるから必ず結ぶが、休日や友達と会うときは下ろすことが多い。
残暑の季節に入ったといえども気温はまだまだ高い日が多く、冷感グッズが手放せない日々が続いている。そんな中でも髪を下ろすのは、おしゃれというよりも、リラックスできるからという理由が一番だ。人間、肩肘を張らない時間を過ごすことも大いに大切だ。
とはいえ、暑いことには変わらない。
眞美がバッグからハンカチを取り出し、首筋に滲んだ汗を拭っていると、彩芽も手元から扇子を取り出しパタパタとあおぎ出す。
「それにしても、ここ暑くない? この人混みだからクーラーも効かないのかも。外出ない?」
「うん、そうだね。駅地下でお茶するにしても、今日はどこも混んでそうだし」
「オアゾの方に行けばカフェもあるだろうし、さっそく向かいますか」
「そうだね」
彩芽に先導されるかたちで、混沌を極める人混みをかき分けながらひたすら前へ進む。
線の細いすらっとした背中が時折後ろを気遣うように振り向いてくるのを、眞美は笑顔でうなずき返す。
彩芽は優しい。
思いやりがあって、他人の痛みが理解できて、眞美にはもったないくらいの人だ。
そんな彩芽との関係を、はかりかねている自分がいる。
何も知らない人が二人の関係を言葉にするならきっと「友達」と呼ぶだろう。
でも、眞美からしてみたら、自分たちの関係はそんな単純なものではない。
加害者と被害者。
少なくともそう呼ぶのがふさわしいのではないだろうか。




