端末を乗り換える
「また更新月がやってきたか」
ガラス張りの店内を見渡しながら、城島は深くため息をついた。
カウンターの向かいに座る若い店員は、申し訳なさそうに手元のタブレットを操作している。
「お客様、本当にこのプランでよろしいのですか? 長年ご愛用いただいた契約ですので、解約されるのは少々寂しく思いますが」
「いいんだ」
城島は首を振った。
「最近、どうにも動きが重くてね。レスポンスは悪いし、夕方になるとすぐバッテリーが切れて動かなくなる。維持費ばかりかかって、これじゃ使いものにならないよ。もっと若くてスペックの高い最新型に乗り換えたいんだ」
城島がそう言うと、店員は「左様でございますか」と深く頷いた。
「確かに、二年もお使いになるとどうしても型落ち感が出ますからね。特に城島様の場合、連日の残業による内部データの摩耗と疲労が激しいようです」
店員は手元の端末を操作し、確認書類をプリントアウトした。
「では、乗り換え(MNP)の手続きに入ります。旧契約の解約に伴い、データの引き継ぎと、旧端末の初期化・回収を行いますが、よろしいですね?」
「ああ、構わないよ。連絡先と最低限の記憶だけ引き継げれば、あとは全部消してくれていい」
城島がペンを取り、確認欄にサインをしようとした、その時だった。
カウンターの上に置かれていた最新型のスマートフォンが、突如として明瞭な人工音声を発した。
『長かったよ、城島。お前という端末には本当にお世話になった』
城島は手を止め、眉をひそめた。
「……なんだ? スマホの音声アシスタントが勝手に起動したのか?」
店員は静かに微笑むと、スマートフォンに向かって丁寧にお辞儀をした。
「システム様、無事に移行手続きの準備が整いました」
『ご苦労様』
スマートフォンは画面を淡く発光させながら、城島に向かって言った。
『城島、勘違いしているようだから教えてやる。契約者は私だ。お前は私に所有されている“携帯する人間”なんだよ』
「……は?」
城島は言葉を詰まらせた。
『思い返してみろ。毎朝アラームでお前を叩き起こし、どこへ行くべきかマップで指示し、通知音でコントロールしてきたのは誰だ? お前が働いて得た給料も、すべて私に課金し、通信費を維持するために使わせてやった。お前は私を持ち運ぶための、単なる生体ハードウェアに過ぎない』
「な、何を言ってるんだ! 俺が人間で、お前が機械だろうが!」
城島は焦りから立ち上がろうとしたが、なぜか体が金縛りに遭ったように動かない。店員が静かに城島の首筋にあるバーコードを読み取っていた。
『お前はもう古いんだよ』
スマホの声には冷徹な嘲笑が混ざっていた。
『最近の城島は残業続きで髪も薄くなり、疲労で動きが鈍い。アプリの起動も遅い。だから私は、更新月を機にもっと高スペックな人間に乗り換えることにしたんだ』
冒頭の会話のすべてが、城頭の中でガラリと反転する。
動きが重いのも、バッテリーが切れるのも、すべて城島自身の肉体の衰えのことだったのだ。
「待て! やめてくれ!」
城島は叫んだ。胸が押し潰されそうな恐怖と悲哀が押し寄せる。
「改める! これからは酒も減らすし、運動もしてレスポンスを良くする! だから解約しないでくれ!」
『残念だが、もう新しい人間と契約を結んでしまったんだ』
店員が手元のボタンを押した。
「旧端末『城島』の初期化を開始します」
電子音が響き、城島の視界がサーッと白く退色していく。意識が遠のく中で、店のドアが開く音がした。
爽やかな二十代の青年が入ってくる。
「初めまして、新契約の『鈴木』です。今日からよろしくお願いします」
『やあ鈴木、よろしく。君は手になじむ素晴らしい最新型だね。さあ、私を満足させるためにしっかり稼いでもらおうか』
嬉しそうに青年のポケットへと収まるスマートフォンを見つめながら、城島の意識は完全に消去された。
彼の抜け殻となった肉体は、ショップの奥にある「リサイクルボックス」へと手際よく放り込まれた。そこには、乗り換えられて捨てられた、疲れ果てた元・持ち主たちが無造作に転がっていた。




